第三十五話:弟
その場にいたものは呆然と立ち尽くす。こんなところで快が出て来るなどと予測していたのは修だけだった。
「全員無事か?」
「一応な」
修は苦笑いを浮かべる。情けないことに本気の陽子相手に力を制御できるほど修に余裕はなかったのだ。いくら恋人でも影に属している以上、戦闘に躊躇いなど持たない相手には違いないのだから……
「陽子、SHINを殺す必要はない。SHINは間違いなく人間だ」
「だけどっ……!」
快は陽子の頬を打つ。女の顔を平手打ちにしたのは初めてだった。
「だからってお前が人殺しになってどうするんだよっ! 何が起ころうとTEAMは負けたりしない!
確かにお前の言う通り、SHINは人間兵器として扱われた場合にはTEAMの災厄になる。当然これからSHINを狙う奴も出て来る。
だけどな、それでも俺の弟なんだよ! いくら仲間でもSHINに危害を加える奴には容赦しない!!」
快は本気だった。陽子もこの展開を予測していた、だからこそ会わせたくなかったのだ。
「快、社長からの任務は細胞バンクの破壊とクローンの消去よね?」
「ああ、表向きはな」
そこで陽子はハッとした。義臣は最初から自分をただ泳がせていたのだ!
「俺達の本当の任務は陽子がSHINを殺さなければならない状況に追い込んだ奴らのあぶり出しと始末だ。だからあえてお前を一旦フリーにした。
まっ、いくら天然迷子でも翡翠がここに迷い込んだのは想定外だったが……」
呆れた顔をしながら快は翡翠を見た。彼女も面目ないと項垂れる。
「そして、お前と修が闘えば必ず漁夫の利を狙ってくる奴は来る。だよな、TEAMの裏切り者」
快が見据えた場所から一人の女が現れる。
「香……!!」
「あらあら、さすがは社長の息子ね。いつから気付いていたのかしら?」
白衣を着た女が、陽子の兄達を殺した女がすっと姿を現した。
「最初からだ。とはいっても、あんたの思惑程度なら最初から親父が全て見抜いていたさ。もちろん、それで犠牲になった陽子の兄さん達には申し訳なかったが……」
「えっ?」
陽子は何のことなんだか分からなかった。三年前、自分達に下った任務は細胞バンクの調査とデータ回収だったはずだ。香の裏切りも予測していたというのか。
「そう。だったら今頃、社長達は私達のアジトに侵入してる頃かしら。だけどさすがの篠原義臣でも殺されるかもね。相手が相手なんですもの」
香は笑った。それに答えるように快も笑う。
「ああ、確かにまずいかもな。だが、出来損ないのクローンなんかに親父は負けたりしないさ。普段はグウタラでも最強といわれてるんだ。
何より、TEAMにいたなら記憶しておけよ? 親父だけは敵にまわす馬鹿はやるなってな!」
快は一気に力を解放した。




