第三十三話:SHIN
泣いていた少年に翡翠は近付く。幼い少年はとても可愛いらしくギュッと抱きしめてやりたい気持ちになった。だが、その顔を見て気付いたことがある。
「ねぇ、君の名前は?」
「僕? 僕はSHIN」
翡翠に声を掛けられたことに安堵したのか、SHINは泣き止んでニッコリ微笑んだ。そして、その表情に翡翠はハッとした。
「快……」
「その通りよ。その子は社長と夢乃さんの子供、そして快の弟」
翡翠は後ろから聞こえた女の声にバッと振り返ったが、その姿を見て安堵した。
「陽子ちゃん、脅かさないでよ」
あまりに普段と違った空気を纏っていたため翡翠は驚いたが、それも任務ならば充分有り得ることだとすぐに思考を切り替えた。特に陽子は影に関わっているなら尚更だ。
しかし、今回その予測は全く違っていた。彼女の瞳は仲間を見るものではなかったのだ。
「翡翠、死にたくなければその子を見たことを快には言わないで」
「えっ……?」
次の瞬間、恐るべき殺気を陽子は二人に叩き付ける。
「陽子ちゃん!?」
翡翠はすぐにSHINを庇った。SHINもその殺気に当てられ、翡翠の服を掴んで怯え出した。
「翡翠、そこをどきなさいっ! その子はここで造られた快の弟よ! このまま成長すれば間違いなくTEAMの災厄になる! それに快にその子を見せたらどれだけあいつが傷付くと思ってるの!」
「造られていても人間なんでしょ! この子からは確かに人としての意思を感じる! だったら私はどかない! 絶対に守る!」
治療兵として、人としてどくわけにはいかなかった。何がなんでも守らなければならないと思ったのだ。
「だったら……!」
陽子は翡翠に斬り掛かる! だが、それを止めた人物は現れた。
「まさかお前が裏切るなんて思わなかった、陽子!」
修は冷たい目を向けた。それは初めて仲間に向けられたものだった。
「覚悟しろよ。俺は仲間でも裏切りを許すお人好しじゃないんだ」
「修ちゃん、違うよ! 陽子ちゃんは!」
翡翠は必死に陽子を庇おうとしたが、もはや二人にかける言葉もなかった。
「修、やっぱり社長から私は疑われていたのね。私がSHINを破壊しようとしていたことが洩れていたとは思ってたけど」
陽子は悲しい笑みを浮かべた。
「ああ、細胞バンクの情報はしっかり盗ませてもらった。この子が八年前、社長夫妻の子供として生まれてくるはずだった子供なんだろ?」
「えっ……!!」
翡翠は混乱した。生まれてくるはずだった子がどうして少年として成長しているのか、そして何故こんなところにいるというのだろうか?
「その通りよ。八年前に死亡した胎児の細胞と快の遺伝子情報を組み合わせてその子は先日完成した。だけどここの科学者達はさらなる力を求めた。翡翠も見たでしょう? 人体実験をしている馬鹿達」
周りの視線は未だに翡翠達を見ていた。さっきまで殺されそうになっていた人々、そして自分の足元に倒れている医療兵達。
「このクズ達は社長の細胞を核にして多くの力をSHINに取り込んでる。修、ここから先は影の管轄よ。あなたは翡翠を連れて戦線離脱しなさい。邪魔はさせないっ!」
陽子は力を解放した。




