1-37 エド達と老師の軌跡
俺たちは老師の狭い部屋のテーブルに広げられた地図を見ながら話をしている。
「エド達はガウンドワナ大陸の西回りで
ガウンムア王国に入ってから北の大陸ローレルシアに渡ってきたのかな?」
「ええ、海峡が狭まる中央の半島から渡しの船が出ていたんです。
ここからパールバディアに入国し陸路でルド王国入りをしました」
「さようか。ガウンムアやパールバディアに助力は要請しなかったんかいの?」
「まずガウンムアは助力を請えるほどの国力はないと判断しました。
正直言うと文明度は低いと感じたんです。
パールバディアは国防軍は陸軍海軍共に立派な軍がありましたが
50年前のルド王国との戦争に負けて以来、
他国への宣戦布告はしないと宣言してます」
「なるほどのう、よく調べた。
わしは東回りのルートで来たのじゃが、ちょいと寄り道をしてきたぞ」
「と言いますと?」
「魔人の国に寄ってきた」
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老師は東回りの海岸沿いルートでスフィーアを脱出した。
こまめに空を使い海岸沿いの街も見てきたが
他の魔人部隊に蹂躙された後だった。
老師の空は見える範囲ならかなりの距離を移動できる。
空中に出口を開き落下地点に入り口を開く。
高度を調節しながら繰り返すと長距離を短時間で移動できるのだ。
大陸の中央を目指し空中の移動を繰り返すと開けた場所が見えてきた。
耕作地帯の端にある森の中に降り立つ。
森から出ると舗装されてない道があり近くの集落につながっていた。
歩いていくと途中農作業をしていた老人に話しかけられた。
「見かけない顔じゃの。どっから来なすった?」
「街内じゃよ。たまには空を使っとかんと忘れそうでな」
「そうかい。元軍人さんかね?」
「そうじゃ。元上級佐官じゃぞい」
「ほー、幹部だったんかい。魔王様の完全復活も近いと聞いておるが
この辺までは噂が入ってこなくての。街内ではどんな噂かの?」
「すまんのう、元軍人なもんで知ってても言えんのじゃ」
「ほうじゃった。無理言ってすまんの。気をつけて帰りなされ」
「そしたらの」
老師は空間を繋ぎ集落を抜け街道を目指した。
魔王の完全復活?もうそこまで来てるのか。
その日は森の中で野宿した。日が昇ると同時に体を起こす。
収納バッグから手鏡、ハサミやカミソリを取り出し
髪を切りそろえ髭を全部剃る。
魔人の国では一般的な平民服を取り出し着替えた。
街は相変わらず殺風景だった。
土魔法で作り上げた建物はどれも真四角で装飾の類はない。
魔法が発達しすぎているが故に発達が遅れている部分もかなりある社会だ。
魔法を取り上げられたら火を起こすことすらままならないだろう。
商店街をうろつき値札を見る。
40年前とさほど変わっていない値付けだ。
通貨も変わっていない。
かつて老師が持ち出した手持ちの分で数日は滞在できるだろう。
果物屋でリンゴを一つ買う。
小さなクラブアップルはすっぱかった。
果物屋の店主が言うにはスフィーア陥落の知らせは
すでに市井に広がっているという。
「さて、ワシの同期達は皆くたばってるじゃろ。
もっとも顔など合わせられないが」
若い頃とは顔かたちが変わっている。
すれ違っても老師の正体を見破れる者などいないだろう。
宿屋で酒場でそして公園の掲示板で情報を集める。
人々の生活は驚くほど変わっていない。
二日滞在し大まかな様子はわかった。
軍は拡大し権力も増している。
魔王の復活が近いこともあり北の大陸に攻め入る準備が着々と進行しているようだ。
魔王城の近くまで行ってみる。
野次馬が人だかりを作っているのでそこに紛れ込んだ。
集まった住人達は口々に噂をしている。
「人間の国を一つ滅ぼしたそうだ。なかなかやるなウチの軍は」
「おい、来たぞ凱旋だ」
馬に乗った集団が魔王城に向かってゆっくりと進んでくるのが見える。
先頭に居るのはクレイグだった。
人々は熱狂している。
これだけ興奮した感情の渦が巻きこれば気配を察知されることもあるまい。
クレイグ率いる一団は魔王城の門の奥へと入っていった。
「もういいじゃろ。行くか」
公園の掲示板を読み終わり立ち去ろうとすると一人の老婆に声をかけられた。
「もし。失礼ですが・・・・いや他人のそら似でした。
とっくに亡くなっているはずなんで。大変失礼しました」
老婆は謝った。
「ほう、ちなみに知人の名はなんと申す?」
「ハリエクさんです。もう40年も前に行方知れずになった方です。
生きてはおられますまい」
老師は老婆の顔をじっと見た。しわくちゃの顔だが面影がある。
近所に住んでいた一つ年下の女性か?
確信はないし名前も思い出せない。
「40年も忘れられてないとはたいした色男じゃの」
「ええ、素敵な方でしたよ。
軍に入ってからも大出世で私らの年代の女の子は皆噂してましたっけ。
ただ・・・・・」
「ただ?」
「金髪だったんですよ」
「ああ、なるほどね」
今の老師は見事なロマンスグレー。
元が金髪か黒髪かの判断はつきにくい。
だから話かけやすかったのかも知れない。
老婆にサヨナラを言い公園を離れた。
歩きながら当時の事を思い出していた。
「ワシ、実はモテてたんじゃなかろうか?」
今となっては知るよしもない。
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「それからガウンムアに入り東の半島からツイーネに入った。
ここはルド王国ほどではないがそれなりの規模の
陸軍海軍を擁する発展した国じゃった。
この国に居る間に噂を聞いたのじゃ」
「どんな噂ですか?」
「魔人が北の大陸に渡ってきているとの噂じゃよ」
老師は噂を確かめるべく黒髪のそれらしき人間を見かけては
後をつけ魔石持ちかどうかを確認した。
「噂は本当じゃった。ツイーネでは奴らに感づかれて
戦闘騒ぎもおこしてしまったので海沿いに
北へ逃げルド王国に入ってきたのじゃ。
王都までやってきて色々調べているいる内に
この国もかなり侵攻が進んでいる事がわかった」
エドが聞き返す。
「具体的にはどんな?」
「魔人共は大規模な精神操作の魔法をしかけ、
この国の第一王子にクレイグを据え置くことに成功していたのじゃ」
「クレイグ殿下が、・・・魔人?」
「そうじゃ。そして奴こそがスフィーアを滅ぼした張本人じゃ」