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調査

放課後……といっても、今日は真上に太陽が輝いている。授業は創立記念日ということで昼前には切り上げられた。

 大半の生徒が足早に校門を出て行くのを眺めつつ和樹は呟いた。

「遅い……」

 髪の毛に太陽の熱が集められて少しだけは背が噴き出る中、和樹は一人で約束の校門前に来ていた。大知はアース研究会に立ち寄ってからこちらに向かうと言っていたが、かれこれ三十分近く待ちぼうけの状態が続いていた。未香もまだ来ない。

 遠くからはヘリコプターのプロペラ音が聞こえた。そんなものにまで耳を傾けてしまうほど暇なのだ。もういっそのこと一人で駅に向かってしまおうかと考えていると、未香が小走りをしながら手を上げていた。

「ごめん……って、あれ? 赤城くんは?」

「さあな、また涼川辺りにでも絡まれてるんだろ」

「ああ、鈴さんね」

 未香は得心といった感じに頷き、手を叩く。

「随分と急いで来たな」

 制服は汗で貼りつき、髪も乱れている。スカートの下に覗く膝上には汗が滴っていた。

「私のクラス終わるの遅くってね。待たせるのも悪いじゃない?」

「肝心の言い出しっぺが大遅刻だけどな」

 補助端末でその人物から連絡が来ていないかを確認する。着信通知ゼロ。大知からの連絡は入っていなかった。

 こういう時はアースを使えれば便利と感じてしまう。こうしてポケットやカバンに手を入れなくても意識をすれば、連絡の有無などを把握することができる。

「そっちには連絡入ってないか?」

 念のため、和樹は手で風を扇いでいる未香に訊ねた。

 彼女は目を右斜め上に動かして首を振った。

「ダメ、来てないわ」

「いつまでここで待てばいいんだよ」

 正直なことを言えば彼がいなくても現場検証ぐらいはできるはずだ。

「置いて行こうかな……未香もそう思うだろ?」

 ふと思ったことが口から漏れた。

「っわ、私は遅れてきたから赤城くんを非難できないわ」

 補助メモリである指輪をくりくりと指で回しながら、未香は視線を逸らす。

「あいつのアース端末に強制呼び出し機能でも付けるか……」

「あんたが言うと冗談に聞こえないからやめてよね。ところで、さっきクラスの子が噂してたんだけど、アース端末でネットワークに精神を送ることができるって本当なの?」

 未香は興味に満ち溢れた視線を向けてくる。都市伝説に興味がわくのは当然だろう。

 自分を開発者だと知っている人間に嘘をつく理由もない。

「特定の端末はな」

「それって私の端末でもできるの?」

「普通の端末じゃあできないよ。精神と体が分離しないように作られたものがユーザー端末や技術者端末だからね」

「結局精神を送るってどういうことなの?」

 未香はさらに質問を投げかけてきた。

「今日はやけにアースのこと聞くな?」

「当たり前でしょ。もう私もアースを使えるんだもん」

「そうか。まあ、正しい知識を覚えておくことも大切だからいいか」

 和樹は嘆息をして彼女の質問に答えた。

「アースの中には自分の情報的実体があるのは授業で習ったよな?」

「うん。それを通して人間はネットワーク上の情報を知覚するのよね?」

「そうだ。情報的実体は人間の精神でもあるから意識だけをネットワークに送る時は脳内から意識情報を抜き取るんだ。これが精神をネットワークに送るということだ」

「……?」

 説明になっているかも妖しい和樹の解説に未香は首を傾げた。

「んー、つまり、幽体離脱ってあるだろ? あれは人間の体から意識の塊が抜け出すものだけど、精神を送ることができる特定のアース端末にはその意識の塊を情報化してネットワークに繋ぐパイプみたいなものがあるんだ。まあ、それが痛覚の原因なんだけどな……」

 目を丸くした未香は指輪を見下ろした。

「って、ことは今の私も精神が送れちゃうの?」

「まあな。でも、それを外さなければ精神がネットワーク上に投げ出されることはないから安心しろ」

「そうなんだ。他にも精神を送る端末はあるの?」

「俺が知っている限りでは二つだな。俺の持っている時計型端末ともう一人の開発者に渡したペン型端末。ちなみにこの二つにも特徴があって、俺の端末にはアースを構築するプログラムの上書き、追加、修正ができるんだぜ」

 鼻高らかに自慢げな表情を浮かべる。アースに関する全権限があると言っても過言ではないのだ。つまり、構築者特権というもの。

「さすが開発者端末ね……もう一人の端末は?」

「ペン型端末には追加の機能しか与えてないな。プログラムのことは苦手だったからな、あいつ」

「アースはほとんどあんたが作ったものなのね」

「そうでもないさ……」

 和樹は昔の片割れのことを思い出して複雑な心境になる。

懐かしいような、苛立ちのような……。そんな奇妙な感覚の答えを教えてくれるものなど誰もいなかった。

 和樹が一人で悩んでいると、

「ふはは、待たせたな!」

 凄まじい風圧と共に辺りにエンジン音が響き渡る。大知の声はそれと混じり、真上から聞こえてきた。

 未香と和樹が太陽の日差しを手で遮りながら空を見上げると、そこには大きなプロペラを持ったものが飛んでいた。

 そう。ヘリコプターだ。

「とうっ!」

 そこに乗っていた大知は五メートルはあろうかという高さから飛び降りて地面に着地をした。

 部活をしていた生徒や下校途中の生徒まで動きを止めて彼を見ていた。

 颯爽とした登場。決まったと言わんばかりに歯を見せる大知。

 なにが起こったのか理解できなかった二人はお互いの顔を見合わせて、視線を彼に戻す。

 そして、

「なにをやってるんだ!」

和樹は轟音にも負けず劣らずの大きな声で叫んだ。

「見上さんの駅が言った駅は遠いからな。時間短縮だ」

 大知の背後にヘリコプターは着陸をした。風の強さによって校庭の砂が舞上げられた。

 となりに立っている未香はスカートが捲れないように片手でそれを抑えていた。

 和樹がそちらに顔を向けていると、チラチラと下着が見え隠れしていたが、そのことを教えるとまた怒られそうなのでそっと視線を外した。

 ヘリコプターはプロペラの回転数を徐々に下げて停止していく。

「もしかしてこれからヘリで向かうのか?」

「そのつもりだ。時間が惜しいのは和樹もおなじだろ?」

「いや、そうだけど……」

 あまりにも度が過ぎている。さすが次期社長のやることは違う。

「では、行こうか」

 大知はなんでもないかのように機内に入っていく。

「私、ヘリコプターって乗るの初めてだわ」

「安心しろ、俺も初めてだ……」

 和樹たち三人を乗せた機体は再びエンジン音を轟かせて目的の場所に向かって飛び始めた。

「すごいな、こんなのにいつも乗ってるのか?」

「まさか。これよりも静かなヘリに乗っているさ」

和樹は無言で窓から地上を見下ろした。

「……」

数メートル下の校庭では馬場先生が怒鳴っているように見えた。



件の駅に着いた和樹と未香はベンチに座って放心状態となっていた。

「揺れすぎだろ……」

「あんたも酔ったのね……」

 電車で来るよりも時間短縮できたのは良かったが、まずは休憩を取る必要があった。

 ヘリコプターに乗ってから数分は機内からの景色を楽しみ、飛ぶ鳥を眺めて種類などを言い当てたりもしていた。

 それも束の間、すぐに酔いが回り今に至る。

「ほら、水を買って来たぞ」

 地面との見つめ合いを続けていた二人に、大知はペットボトルの水を差しだした。

「ありがとう……」

「私ももらうわ……」

 和樹と未香は重たい頭を持ち上げてそれを受け取った。

 水を口に含んで立ち上がると、目の前には銅像の横に置かれた案内板があった。

「未香の記憶を頼りに当日の検証をしてみるか」

「僕は辺りのネットワークの環境を調べてくるよ」

「そうか、ならば先に行ってるぞ?」

「調べ終わればすぐに向かうよ」

 ひとまず大知とは別れて検証だ。まず、和樹は紙を取り出して駅構内の見取り図を未香に見せた。ここは路線が六つあり、ホームはそれぞれ三か所、その上に改札や切符売り場などがある通路が建設された立体型の駅である。

 未香は紙を見下ろすと、駅の前にある円形地帯の道路を指さした。

「ここよ。このロータリーの前にあるベンチで異常が起こったの」

「向かい側だな……とりあえず、駅の反対側まで歩くか」

 和樹たちは駅の中に入って歩道になっている場所を歩き始めた。

「ところで前に、未香は、外国人風の少女が前を通り過ぎてからアースの調子がおかしくなったって言ってたよな?」

「えっ、うん。外国人かと思ったけどどこか日本人みたいだったわ」

「外国人風の日本人か……」

 彼女の話を聞き、和樹の頭にある一人の人物が思い浮かぶ。

 ――この町でそんな人間はあいつしかいない。でも、あいつは『ボク』って言っていたよな?

 しかし、和樹の知っているその人物の性別は彼女が話している少女ではない、少年だったはずだ。

「その子、すごかったわよ。私よりも身長が低いのに大人びてたの。白のワンピースも似合ってたし、隣町にあんな子がいたなんて私自身も驚いたわ」

「そんなに可愛いのか……」

 ポツリと和樹が呟くと、それが気に喰わなかったのか、未香は頬を膨らませた。

「っふ、ふん。私はどうせ可愛くないもんねっ!」

「なにをいきなり切れてるんだよ……」

 女心と秋の空とはよく言ったものだ。和樹には彼女がなぜ不機嫌なのかを理解することができなかった。

「別に切れてないわよ。ただ何でもかんでも外国産がいいってのもどうなのかしら?」

「いや、だからなんの話をしているんだよ……」

 いつから輸入物の話しに変わったのだろう?

結局、和樹が彼女の怒っている理由も見つけられないまま、駅の向かい側に着いた。

 円形のアスファルトを囲う様にして歩道が整備され、花壇が道沿いに並べられている。

 色とりどりの花の先には一つのベンチがあった。周りを見渡してもそれ以外にベンチは見当たらない。

 和樹はその場所に指の先を向けた。

「あのベンチか?」

「ええ」

 汚染場所に着いてからは真剣な表情の未香。

「あの時はここに座っていたの」

 彼女はベンチに座ると、記憶を紡ぐように話し始めた。


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