アースと記憶
「未香、中学三年生になったからお祝いだ」
「やった!」
未香がバグに汚染される数時間前。和樹と出会う一年前にしてアース配信から一年が経過した時だ。
彼女はこの日、両親に連れられて新発売したアースの端末を買いに来ていた。
自分の住んでいる町では三日遅れで発売されるため家族との外出も兼ねて隣町にやってきた。
そして、未香が待ちに待った時が来た。
アース端末発売当初、中学二年生ということと新しい技術に難色を示した両親の許しがなかなかもらうことができず、それを手にすることができなかった。
しかし、実際にアースを使った両親が安全性を認め、進級のお祝いも兼ねて彼女のためにアース端末をプレゼントしたのだ。
「ねっ、ねっ、開けていい?」
未香の手には小包があった。これは買ってもらったばかりのアース端末だ。
周りの友達は数カ月前に発売されたアース端末を使っていたが、未香は自分の気に行ったデザインが出るまで我慢していた。
ずっとほしかったもの。それが手の中にある。
それだけで未香の頬はほころんだ。
「いいわよ。みーちゃんはずっと待っていたものね」
優しそうな微笑みを浮かべるのは彼女の母親。
「やった」
小包の封を開けると、ブレスレッド型のアース端末が姿を現す。未香はそれを腕に通す。
「ママたちは切符買いに行くけど、みーちゃんはどうする?」
実はここに未香の家族が訪れた理由は他にもあった。期間は決まっていないが、父親の単身赴任が決まった。そこに向かう新幹線の切符を買いに来ていたのだ。
未香は母親の問いかけに答えた。
「私はアースで遊んでるわ」
「そうか、じゃあパパたちは駅に行ってくるから待ってるんだぞ?」
「来年は高校生だよ? 平気だってばっ」
「それもそうだな」
両親は駅の階段を登って行った。
未香は二人の後姿を横目にブレスレッドを指で弾いた。途端に見えている景色は一変する。初期設定を手早く進めると、視界に半透明な枠が表示された。
「すごい……」
彼女は口を開けたままその景色に視線を動す。友人たちが熱中することにようやく共感できた。アースネットワークは、今まで携帯電話しか使ったことのない彼女にとって刺激的な物だった。
「ん? 外国の子?」
ロータリーの向こう側に帽子を被ったワンピースの少女が映った。その子は手に細い何かを持ち、まるで指揮者のように空中でそれを振った。
彼女の姿を眺めていると、
「……って、あれ? 見えない。壊れちゃったの?」
未香の視界はいきなり暗転した。
これは彼女が汚染した瞬間の記憶。この後にアース端末の故障ではないことを知り、一年にもわたる治療が始まったのだ。
父親は単身赴任に向かう前日まで彼女に付き添いながら謝り続け、悔み続けた。自分が娘にアース端末を与えなければ、と。
しかし、いくら謝っても、悔やんでも、未香の笑顔が戻ることは一年先までなかった。




