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2-6 覚悟 十字を背負え

微かな記憶を辿って、力の感覚を思い出そうとした。

ランは強く眩しい光に包まれ、床に伏せたままとてつもなく大きな圧力に耐えていた。

「…何です、この光は…!?」

近くにいるはずのパージの声が、遠くに感じる。

力が欲しいと願った。

今度こそ、受け入れようと思った。

この光は…己の能力だと、ランはわかっている。

だけど制御ができない。

このままだと自分の力に押し潰されてしまう。

それだけではなく建物ごと破壊してしまいそうだ。

(どうすれば…いい?)

ランの能力が解放されても、今までそれは全て爆発を引き起こしてきた。

「…頼むよ、暴れ…ない、で!」

ランがそう呟いた時、彼女を押し潰そうとしていたその光が一層大きく発光した。


開いた眼に、映る部屋。視界はもう白くない。

先ほどまで血の流しすぎでクラクラしていたランの身体は、不自然に軽くなっていた。

(出血が、止まってる…?)

ランは伏せたまま、左腕を見る。

流れていた血はもう固まり、腕にこびり付いている。

新しい血は流れていない。

「目くらまし…かと思ったら、そうでもなかったです、ね…」

立ち上がったランはパージの方を向く。

彼は片腕が黒く焼け焦げていて、こちらを睨み付けていた。

「お嬢さん、能力者だったんですね。貴女から発せられた光に触れたかと思ったら電流みたいに痺れましたよ」

おかげさまで腕が焦げてしまいました、とパージは言って、その焦げた腕を見つめた。

途端、その腕を切り落とし、投げてきた。

「!?」

「差し上げます。どうせ使い物になりませんから」

「…それであんたも銃を埋め込むの?その腕に」

「そうですね…僕は銃はあまり好きではないのですが、そうした方が良さそうですね」

残った方の掌をぱきぱきと鳴らし、パージは平然としている。

この魔族は痛覚が鈍いのだろうかと、ランは思う。

もう光は治まっている。

不自然に軽い身体と止まった出血が、自身の光の能力を解放させたことを意味しているのだろうか。

「能力者なら、少し厄介ですね」

パージはそう呟いて、勢いよくランに飛び込んでくる。

ランはすかさず棒剣でその腕の攻撃を防ぐが、反撃しようにも相手の繰り広げてくる攻撃に防戦一方になる。

能力を使わない限り攻撃は当たらないだろう。

今は一時的に傷を塞いでくれているのは解放の反動だろう。

ランは自分の傷は癒せない。移し替える対象がないからだ。

爆発、電撃。制御しきれていない今、手放しにそれを放つのは危険だ。

――――ならば。

「防ぐのが精一杯ですか?能力者とはこのようなものなのですか!?」

パージの言葉に反応するよりも、意識を己の内側に集中させる。

放つより、具現化だ。

イメージするんだ。

(受け入れてやる、もう怖くない)

銀色に光る棒剣が、パージを弾いた。



**********



ランの首から下がる、黒い十字架が揺れる。

大聖堂の住人たちは皆ロザリオを下げているが、黒い十字架を下げているのはラン以外には教母ユヅキと、ランの兄の3人だけである。

それはユヅキから与えられたものであり、左腕の十字の刻印と違って、疎ましいと思ったことは一度もない。

「十字架で、裁きますか」

「…聖職者だからね」

細かい装飾が施され、鈍く銀に光るランの身の丈ほどの棒剣は、通常はその名の通り棒状である。

今、その棒剣の上部、横に垂直に走る光の刃。

電流のような、ただの光源のような、細かく振動して不安定に形状を保っている。

それは、大きな十字架だ。

ランの棒剣は具現化した光の能力によって十字架に変化している。

「光の能力は…浄化する力でもあるって言ってたっけ」

昔、力を封印したときにユヅキから教わったことだ。

魔の力を裁き、浄化する。

ランは棒剣を振るい、パージを壁に飛ばす。

スピードが、増した。棒剣が軽い。

壁に叩きつけられたパージの身体が一部、十字に溶けているのがわかる。

「その十字は、我らを邪と判断しましたか…!」

パージが叫ぶ。

十字が浸食して、皮膚が溶け、ただれていく。

「思いあがるなよ、人間!神にでもなったつもりですか!」

ついに冷静さを失ったパージはランの目の前に一瞬で移動し、彼女の喉元に鋭い爪を立てる。

しかし浸食が止まらず、立ち上がるのもままならないのか跪いたような体勢をとる。

「貴女方人間は神になどなりえない、神は我らを見守っていらっしゃる!」

パージは今にもランの喉を刺しそうだが、指はそこから動かない。

「今に"あの方"がおいでになる!その前座としてこのサリヤスは再び血の海となるがいい!」

血の海、その言葉に反応してランは棒剣の十字が交わる角をパージの首にかけるようにして床に拘束する。

パージは焦点の合わない眼で宙を見上げている。

「そんなことは、させないよ」

ランがそうパージに告げた時、目の前のその魔族の様子が変わったのにすぐ気付いた。

動揺しているような、狂ったような叫び声をあげる。

「ああぁああぁぁあ!!!!そんな、まさか…!!!!」

十字の浸食は胸元から始まっていたが、今はもう顔まで広がっている。

――――パァンッ!

パージの、頭が破裂した。

ランは、何もしていない。棒剣で拘束していただけだ。


「安心して。君のせいじゃないよ」


窓の外から声がした。

闇の底から聞こえるような…不気味な声だ。声色からは、男のようだ。

「その役立たずはおしゃべりすぎてね。いらないことまで話しそうだったから僕が今潰しちゃったんだ」

「誰だ!」

ランは開いた窓に駆け寄り、外を覗いて声の主を探すが、誰もいない。気配もない。

「君がなかなか封印を解放しないから焦っちゃったよ。解放しないなら村を壊そうかと思ってたんだけど、もういいや。君の能力は見れたし、もう欲しい技術はもらったしね。サリヤスからは手を引いてあげる」

「出てこい!」

「まだ、駄目だよ。君をまだ殺すわけにはいかないからね。じゃあね、神に愛された…聖なる娘」



**********



ランは窓際に駆け寄ったまま、外をぼーっと見ていた。

部屋の中は散々だ。

崩れた壁、倒れた本棚、血溜り、魔族の死体。

いつの間にか存在を忘れていたロットは執務机の陰で気絶している。

「ラン!」

部屋の扉が勢いよく開き、剣を担いだジルが飛び込んできた。その姿は血と泥にまみれている。

怪我は、なさそうだ。

「うわ、こいつもか!」

ジルは床に伏せている魔族…パージの死体を見つけ、驚いた。

「こいつも?」

「俺達が屋敷の外で相手した2人の魔族いるだろ。とどめは刺さないで縛りつけといたんだけど…さっき突然頭が破裂してよ」

「それ、きっと…」

ランは先ほどの不気味な声についてジルに話した。

その声が言っていた、サリヤスから手を引く、ということも含めて。

「なるほどな…」

ジルはポケットから煙草を取り出し、火を付ける。

『神に愛された聖なる娘』その言葉がランの思考を占める。

神?

彼女は聖職者であるが、属する大聖堂教義は神の存在を認めていない。

己の心を信じる、そんな信仰だ。

神とは、何だ?

そしてパージの言っていた"あの方"とは。

大聖堂を襲ってきたあの魔族が言っていた"あるお方"と、何か関係があるのか。

(私の封印の解放を待っていた…?)

わからないことだらけだ。


「なあ、その十字架…何だ?」

ジルが棒剣を指さして聞く。

「あ…封印、解いたから。能力」

「覚悟、したんだな」

「まあね。そのおかげで気になることが増えたけど」

「考えるだけ無駄だろ。今は進むしかねえよ」

なるほどそうか、ランは妙に納得した。

とりあえずはここでの用事を済ませなくてはいけない。

ロットを締め上げるだけの予定だったけど、まさかこんな酷い有り様になるとは思わなかった。

ランはロットの執務机の上に腰掛け、その上に置いてある電話の受話器を取る。

記憶しているダイヤルを回す。

「ラン…?真夜中だぞ?」

「大丈夫、絶対出るから。あ、そいつ縛りあげといて」

時間を心配するジルにランは微笑み返し、ロットに脚を向ける。

能力の解放によって一時的に傷を塞いでいる彼女は、意識を集中させないと今にも倒れそうだが先に用事を済ませることにしたのだ。

ジルはどこから取り出したのかロープで楽しそうにロットをぐるぐる巻きにしている。

『…誰だ?真夜中だぞ』

「あんたの元飼い犬だよ」

『ああ…ランか。何の用だ、薬が切れたか?』

「人をジャンキーみたいに言わないでよ。仕事だよ」

『お前に頼んだ仕事はないはずだが…』

ランは受話器の向こう側に向かってけらけらと笑いながら話している。

ロットを縛り終えたジルは黙って煙草を吸っている。

「サリヤスの駐在担当が魔族と手を組んでいたのをたまたま見つけてね。軍の支給品の銃を奴らに回してたみたいなんだよね。今すぐ連行してよ、あと新しい駐在担当も用意して、ちゃんとした人を。…え?担当の軍人も魔族達も縛りあげてあるよ。ただし魔族は死んでるけど」

『殺したか?』

「私じゃない。そのことは今度話すよ。だからすぐに人を寄越して」

『わかった、すぐに手配しよう』

「頼んだよ。あー、あんたは来んなよ。大佐!」

ランはそう言い放って乱暴に受話器を置いた。

ジルはランの方を向いていた。

「…大佐?」

「元上司。中央の軍に連絡したから、朝には来ると思うよ。このことを処理してもらわなきゃなんないからね。まあ、ロットは確実に除籍だね。いや…牢屋かな」

そう言った後、ランは集中力が切れ、力が抜けた。

再び傷口から血が流れ始めた。

「ランお前、その傷!」

「今頃、気付いたの?ちょっと血が足んないんだよね…」

「つーかやばいだろ!え、ちょっと…カナーン!!」

「やだよあんな胡散臭い科学者…改造されそう…」



**********



「いいの?」

「もうこの村には用はないよ。あの娘が能力を解放したから、復活にまた一歩近づいた」

「刻印を持つ、聖女ね」

「そう…対極の存在にして、一番強い繋がりを宿した娘。まあ、本人は何も知らないんだけど」

「あたしも何も聞いてないわ」

「知らなくていいことさ。今では僕と…ユヅキだけが知っている。彼女にとっては悪夢だろうけどね」

「あなたにとっては?」

「知る必要のないことだよ」

ふたつの人影は、山の頂上付近でふもとの村を眺めている。

「僕も質問しよう」

「何かしら?」

「君にとってあの村は?」

「…知る必要のないことだわ」

片方の人影がくすくすと笑う。

「裁きの十字架か。"彼女そっくり"だな」

人影は、闇に…溶けていった。



**********



ジルによってアグネス邸に運ばれたランは、カナンの治療を受けた。

どうやらカナンは科学者でもあるが、医者としての多少の知識と技術は持ち合わせているらしい。

2日ほど寝込んだ彼女が起きて早々に心配したのは改造されてないか、だった。

それに対するカナンの返答は「そんなぁ、まだしませんよ」というものだったので、その場にいた全員がその笑顔に少しの恐怖を覚えたのは言うまでもない。

ランをカナンに託した後、ジルは魔族の死体をひとまとめにし、駐在の軍人も3人合わせて縛り上げて駐在所に置いたままにしておいた。

朝になって到着した中央からの軍人たちを出迎えたのはアグネス卿だったらしい。

卿はランが寝込んでいることを伝え、ジルから聞いた事の顛末を伝えた。

その後重要な証拠として魔族の銃が埋め込まれた腕の写真を数枚撮った後でその死体は厳重に葬られた。

おそらくこれでようやく、6年前の事件は終わったのだろう。

ジルに復讐するために村の近くに潜伏していた魔族の兄弟とロットが手を組んだ。

それが、全てだ。


「だーかーら、何にも必要ないってば!」

「しかし…エイミアード中尉!」

「もう中尉じゃないっての」

「聖母さま、メルシャーナまでお送りしますので、乗ってください!」

「別にいいってば。自分の足があるんだから」

「しかしハルコート大佐のご命令でございます!」

「それなら…」

サリヤスの村の入口付近で、濃紺の軍服の男達と言い合いを繰り広げているのは灰色の神父服を羽織ったランだ。

彼女の左肩と脚の包帯はいまだ取れていないが、もう十分に休養はしたといってサリヤスを離れることにした。

2日間寝込んだ後、5日はベッドに拘束されていたためランは不機嫌極まりない。

カナンによると、能力の封印を解いたことによって自然治癒能力が高まり、治るスピードは常人よりもぐんと速くなったという。

といっても酷く重傷だったランは胡散臭い科学者の治療を受けざるを得なかったのだ。

彼女は濃紺の軍服たちに向かって睨みを利かせている。

「乗ってくださいますか!?中尉…いえ、聖母さま!」


「絶対、嫌」


不機嫌な彼女は、挙句の果てに軍人のひとりを蹴り飛ばし、その場を離れた。

向かった先には黒いロングコートを着たジル、そしてサラ、シュウ、アグネス卿。エリィとカナンもいた。

ランは手荷物のトランクを持ち上げ、棒剣を担ぐ。

「もう治療は受けないからね」

ランはカナンを睨んで言う。

当のカナンは煙草を吸いながら微笑み、にやりと笑う。

「だったらもう怪我しないでください。次こそ…改造しますよ」

その言葉にエリィはくすくす笑っている。

そして無邪気に笑ってランの腕を掴む。

「ラン、またね」

「僕らも、研究と…準備が終わったら、合流しますね」

カナンとエリィの2人の能力者は、それだけ伝えて屋敷へ戻って行った。

「さて、行くか」

「思ったより長居したからね」

煙草の煙を吐きながら、家族に手を振るジルの表情が固まった。

目線は、遠くだ。


「ジル…兄ちゃん!」


「セン」

思わず咥えていた煙草が落ちる。

「…行ってらっしゃい!!」

少年の声が響く。

しばらく呆然と立ち尽くしていたジルは、屈託のない笑顔で手を振った。

変人科学者の治療によって不機嫌だったランの心も、少し晴れた。


覚悟は決まった。

もう、迷わない。

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