第10話 お納めください、お嬢様
また意図せず出会ってしまったことに空いた口が塞がらないユリカを一目見ただけで、古賀は「うわっ……」というようなあからさまな表情を浮かべた。
何でいるんだよ、とでも言いたげな口元をしている。それはこっちの台詞だというのに。
「今日はバイト休みって昨日言ったじゃん!
五十鈴こそ、今日バイトって……」
そんな表情に気がつきもしない鈍い修斗はなおも古賀に詰め寄る。いや待って、と古賀が手で制した。
「誰から聞いたんだよ、それ」
「え、朝日」
「俺も朝日」
同じ名前を確認すると、一拍置いてから2人は息を合わせたように、今度は別種の音ゲーの台に集中している彼を見た。
「え、ナニ。どういうこと?」
賢いユリカでも状況がよく分からない。このメンツの中で唯一まともに話せそうだと判断した岳の顔を見る。
「まぁ要は、朝日は五十鈴とユリカ様が仲直りできるようにしてくれたってコト」
「ハァー!?」
『フルコンボ!』と言う機械音声が、ユリカの声の後に続いて聞こえてくる。
一試合終えたと言った表情で、朝日は静かにこっちを見た。相変わらず、微動だにしない彼の表情筋。
「……五十鈴がこれ以上人から恨まれたら、俺たちまでめんどくさいことになる」
初めて彼の声を聞いた。
なんというか、妙に舌が回った喋り方だ。
アニメとかに出てきそうな特徴的な声、とでも言おうか。
「ねー五十鈴ちゃーん、コレ取ってよー!」
修斗が古賀の腕にしがみつく。
「何だよこれ。お前が欲しいならお前が取れよ」
「ユリカ様に取って差し上げようと思ってサ」
ぴた、と古賀の動きが止まる。
ゆっくりと、彼の目線がユリカの顔まで動いていく。
修斗が付け加える。
「ホラ、五十鈴ちゃんの今までの行いを色々謝罪しようという意思も込めて……ねーユリカ様!」
「何でここで私に振るのよ!」
この男、ほんっとに空気読めないな!
そういうことかと理解した古賀は、またもや不機嫌そうに眉を寄せる。
「だから、こないだのは、えっと……」
その言葉の続きを待つように、ユリカは古賀をまっすぐ見つめる。
毅然とした彼女のオーラに、古賀が若干後退りを見せていると、近くの壁にもたれかかっていた岳が口を開く。
「ユリカ様、五十鈴はすっげぇ上手なんだよ、UFOキャッチャー。
修斗なんかの比じゃないくらい」
「何だとー!?」
「余計なこと言うなっ」
2人が一斉に反発するも、彼は楽しそうに笑っている。
煽りスキルが高いというか、人を焚き付けるのが上手いというか……
案の定修斗は両替したばかりの100円玉をまたぶち込む。
「マジで、ほんとに、ガチで、次で取るから!ちゃんと見てて!」
「はいはいはい分かったって……!」
もはや、みにかわは彼個人の負けられない戦いのステージにされていた。
1回、2回、3回……給料日前の姫山修斗のなけなしの100円が吸い取られていく。
暴走する修斗の背中を、古賀はしばらく黙って見ていた。
だが、あまりの腕の悪さに耐えきれなくなったのか、
「あーっ、もう!貸せ!」
と、遂に台をひったくった。
古賀の財布からは、何枚もレシートがはみ出している。
「うわ汚っ」
思わずユリカの口から声が漏れた。
「うるせ」
100円玉を入れると、何の迷いもない手つきでアームを操作していく。
「えっ、そこでいいの?」
ユリカが覗き込んで尋ねると、古賀がガラス越しに指差した。
「こんなバカでかい頭を掴もうとするからミスるんだよ。
こっちのタグの方に足を上手く引っ掛ければ、多分いける」
大きい手で、小さいレバーを器用に動かして位置を調節しているこの光景は、何だか妙に面白い。
「……好きなの?クレーンゲーム」
「いや、別に。やり始めたのは高校入ってから」
「……の割には随分手慣れてるようだけど」
「才能才能」
ここだ、と言って『つかむ』ボタンを押す。
アームが降りてきて上手いことタグに接近するも、あと一歩のところでアームの足にタグは引っ掛からなかった。
「うわーっ、惜しっ!」
修斗の時よりよっぽど手応えのあるその様子に、ユリカは不覚にもテンションが上がってしまった。
「あー、分かったわコレ。次で取れる、ガチで」
分かりやすく悔しそうな表情を浮かべたまま、古賀はもう100円投入した。
「……こないだのことだけど」
ぽつりぽつりと、話しだす。
「色々言って、悪かった」
目線は真っ直ぐアームとみにかわに向けられたまま、手元と口元だけを動かして続ける。
「クラスのヤツらが、何で知ったのかは知んないけど、あのコンビニの出来事の話してて。
それで……アンタと俺がどーのこーのって言われて。
……イラついて、アンタに勝手にぶつけた。
ごめん」
─────『ごめん』。
その言葉を、彼の口からはっきりと聞いた瞬間、あの時の、教室での自分の発言が脳裏に呼び覚まされる。
─────『昨日は実は、古賀くんがコンビニで万引きの疑いをかけられているところにたまたま居合わせたの』─────
そうだ、そういうことだったのか。
……私が、勝手に喋ったせいだ。
「待って、嘘、謝らないで!
……それ、私のせいだ。
私が、良かれと思って勝手にベラベラ喋って────」
その時、彼がボタンを押した。
今度はアームの足にぬいぐるみのボールチェーン部分が引っかかって、そのままアームが上がりきったかと思うと、見事取り出し口に落下した。
「うおー取れたぁああ!」
修斗たちが集まってきた。
古賀は一瞬、満足げに口の端を釣り上げた。
屈んで落下した青いみにかわを取ると、両手で丁重にユリカに差し出す。
「良ければ、お納めください」
「あ……ありが、とう」
彼の手のひらから小さいぬいぐるみを受け取ると、ユリカは苦味を噛み締めるように呟いた。
「……ごめんね。私が勝手に喋っちゃったの。
万引きが濡れ衣だったって知ってもらえれば……古賀くんがそこまで悪い人じゃないって、みんなに思ってもらえるかなって」
「そこまでって」
「いやっ、まだ断言できないから!
私あなたのことあんまり知らないもん」
「だいじょぶだいじょぶ!
ユリカ様、五十鈴は犯罪にだけはゼッタイ手を染めないから!」
と修斗。
「みんなが言ってるほど何もしてない、俺ら」
と、朝日がスマホをいじりながら付け加えた。
「……にしても、授業をサボるのは感心しないわ。
ちょっとは真面目に勉強しないと留年するわよ、あなたたち全員」
「あー、学年1位だっけ?ユリカ様は」
古賀があんまり興味がなさそうに言った。
「1位は島津くんね。私は2位です」
「島……ああ、あのバスケ部の」
こんなに人に興味なさそうな顔してるくせに、意外だった。
人の顔と名前を一致させる能力は、ユリカより古賀の方が上かもしれない。
彼は続けて言う。
「学年2番?のお嬢様は早くお家に帰って家庭教師とお勉強したほうがいいんじゃねーの」
「あーそうよ、私テスト勉強しようと思ったんだった!
元はと言えばっ!あなたのせいよっ!」
「うぉおおっ、ユリカ様凶暴!暴君!暴力反対!」
首を掴まれ、揺らされた修斗が呻く。
「じゃー、ユリカ様と五十鈴ちゃんのわだかまりも解けたことだし、プリでも撮るか!」
「何でそうなんのよ」
比較的普段真面目そうな岳の発言にたまらずツッコむ。
……そうだ、そんなにゆっくりしている時間もない。家のことも気になるし、早く帰らなくては。
「あー、もう帰らないと。さぁ、私を駅まで送りなさい!」
「じゃあその光栄な役目はこの姫山修斗が……」
「五十鈴ちゃんにやってもらえば?」
「やだよめんどくせ」
肩に回された岳の腕をウザそうに振り解く古賀を横目に、1番上の弟に『遅くなってごめん』『隣町まで来てて』『今から帰るね』とメッセージを送った。




