第20話「心が暴かれる」
陸斗はすでに自覚していた。
心は鈴華に惹かれてしまっていると。
人を疑う事なく、陽の光のあたる場所で笑って生きてきた鈴華。
人を信じる事が出来ず、暗いジメジメした場所で生き抜いてきた陸斗。
陸斗にはないあたたかくて優しい明るさに、心は惹かれた。
だからこそ、受け入れてはならないと自戒した。
鈴華を傷つけることしか出来ない愚か者。
傷ついた表情の鈴華が頭から離れてくれない。
だがそれでよかった。
お互いのためにも、これでよかったんだと陸斗は自分に言い聞かせていた。
「陸斗!」
強く名前を呼ばれて振り返ると、そこには表情を険しくさせた秀一がいた。
ズンズンと大股に近づいて来たかと思えば、肩に腕を回され足元が一瞬不安定になる。
「おい、アブねぇって秀―……」
「最近鈴華ちゃん来ねぇし、なにかあったのか?」
陸斗の返答を待たずに秀一は強めの口調で詰め寄ってくる。
いきなり核心部分に触れられ、陸斗は気まずさに目を反らす。
疑問を抱くのも無理はない。
これまで毎日来ていた鈴華が突然来なくなり、同時に陸斗が心ここにあらず状態なのだから。
違和感を抱いているのは秀一だけではなく、他の同僚も気にかけてはいる。
しかし余計なことは詮索しないよう、職場として一定の距離はおいていた。
とはいえ、全員がヤキモキしているのも事実。
この現場で働く者たちにとって、鈴華の存在はオアシスのようなものだった。
「……アイツはもう来ないよ」
「はぁ? 何だよそれ、ちゃんと説明しろよ」
理解できるはずもなく、秀一はカッとなって肩にまわしていた腕で陸斗の背中を叩く。
いつもならばウザイなり、なんらかの毒舌が飛んでくるのに今日の陸斗は虚ろで静かだ。
秀一にとっては不満でしかない。
「言ったとおりだ。アイツはもう来ない。拒絶したからな」
「拒絶って……意味わかんねぇよ。お前、鈴華ちゃんを振ったということなのか?」
陸斗は肯定の意を表し、首を縦にふる。
その瞬間、秀一は陸斗の胸ぐらに掴み掛かり、怒りを抑えきれずにワナワナと震えだした。
「鈴華ちゃんを振るとかふざけてんのか!? 何で振ったんだよ!?」
「そんなの一つしかないだろう? 迷惑だったからだ」
秀一がキレるのは筋違いだ。
陸斗の選択に、秀一が鈴華の味方をするのは下心でもあるから?
いや、秀一は下心を隠せる人間でもないので疑う必要はないだろう。
ならば純粋に鈴華を応援していたがゆえに、陸斗の選択がショックで仕方ないのだ。
秀一が気にしてくれるのは嬉しさもあり、ありがた迷惑であった。
――どうせ秀一の期待にも応えられない。
鈴華のことが好きだ。
その自覚はとうに生まれており、出来ることならば告白を受けたかった。
だがこれまで生きてきた陸斗が否定する。
過去の陸斗が今の陸斗の首を締めてきて、息を出来ない領域に連れ込もうとした。
”あの父親と同じ血を引くお前に、本気で誰かを守れると思っているのか”
悪魔のように脳内にささやかれ、陸斗は汗を握る。
女性に暴力を振るうようなDV野郎で、憂さ晴らしにギャンブル依存症に陥った父。
その血を引く自分が、本当のことを知られて愛されるはずがないと思っていた。
何かが起こるくらいなら、はじめからいらない。
傷つけてしまうくらいなら、最初から近づかないで。
なのにいざ愛をぶつけられると、中途半端にしか突き放せない。
心が動きそうになっては泥水を被って冷静になる。
愛される恐怖を知り、何も守れないと戒める。
幸せに出来る保証もないのに、愛しているだなんていうことは出来なかった。
今は恋愛すべき時ではない。
それがいつまでかは答えを出せなくても、恋愛をすれば否応なしに陸斗の事情に巻き込んでしまう。
優先してあげられない。
千里の回復を願い、未来が安心して生活できるように。
たとえ鈴華が裕福な家庭のお嬢様だとしても、そこにお金の関係が発生した時点ですべては壊れる。
なおさら鈴華を突き放したい理由でもあった。
依存しない。
甘えない。
最低な人間になるくらいなら、身を粉にして願いを叶える。
母・千里が陽の下で未来を抱きあげる未来を実現するために。
「陸斗はいつも自分を幸せにしようとしない。確かに状況は楽なものじゃないし、無理するのもわかる」
「だったら……」
「でもお前、本当にそれでもいいのか? 今の陸斗はただただ辛そう――「おーい! 秀一、こっち手伝ってくれねーか!?」
「あ、了解っす!! ――じゃあな、陸斗」
金属がぶつかる音。
石を削る音。
マシーンに電流をとおして火花を散らせる激音。
それらに負けない大きな声で秀一は返事をすると、陸斗の背中を叩いて仕事に戻っていった。
残された陸斗は舌打ちをすると、いったん頭を冷やすために現場外に出る。
自動販売機で冷たい缶コーヒーを買うと、一気の喉に流し込んだ。
「俺には遠い……」




