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第21話「愛してるを貫くパワーですわ!」

どれだけ働いても先は見えない。


母が退院する日は来るのか。


未来が家庭の事情を理解するようになったら笑顔が曇ってしまわないか。


自分のことで精一杯のため、まわりを傷つけていても気づけない可能性に鳥肌が立つ。



母親を病院に縛り続けることしか出来ていない。


幼い妹の傍にもいてやれない。


好きな人も傷つけることしか出来ない。



思い出すのは鈴華の繊細な瞳を揺らした姿。


しなやかな体つき。


波打つピンクブラウンの髪。


桜色のやわらかな唇。


そっと自分の唇に指を滑らせて、最後に触れたやわらかさを思い出す。



何故、あの時キスをしてしまったのか。


愛しさを自覚した直後、触れたいという衝動が勝手に鈴華を求めた。



期待させるだけさせて、最低に突き放す。


わかっていたこと。


こうして振り回してしまう割に、寂しい想いをさせてしまう。


だったら最初からいらない。


償っても償いきれないくらいなら、自分が苦しいままでいい――。



「なんで……そんな遠いところにいるんだよ、鈴華」


くしゃり、と前髪を掴む。


歯を食い縛って、仕事に戻ろうと空になった缶をゴミ箱に入れた。




「――っ陸斗!!!」



不快音の混ざる土埃だらけの世界。


白い壁を横に歩いていくと、突き当たりから陸斗の名を呼ぶ声がした。


顔をあげて足が止まる。



「鈴華……」



幻覚?


いや、あの震える声は生々しい。


触れればわかるか?


――なぜ、戒めは解ける?


身体が勝手に鈴華を確かめたくなって、歩幅は大きく、スピードは速くなっていた。




会いたいくせに手を伸ばせなかった鈴華が目の前にいる。


抱きしめたくて、触れたいという衝動にかられる。


いつのまにかこんなにもいとおしい存在になっていたなんて――。



「陸斗! 私……!」


「……っ帰れ」


バカ野郎!


一度突き放したじゃないか!


一時の気持ちの浮上で今までの我慢を無駄にするな!


時間が経って、夏が終われば熱も冷める。



「……いやですわ」


「迷惑だと前に言ったはずだ。さっさと帰れ」


笑ってほしいのに傷つける。


矛盾だらけの言動、行動がもどかしい。


口から出る言葉は冷たい、暴言のようなもの。


近づこうと足を前に出そうと考えても、鈴華との見えない距離に気が遠くなった。




「陸斗」


これだけ突き放しているのに、なぜ鈴華は折れないのだろう?


一途なまなざしの向こう側に怯えを秘めているくせに、それも含めてぶつかってくる。


凜とした声が耳に届いても何も返せなかった。


歩けない陸斗の代わりに鈴華は前へと踏み出して、三歩目で足を止める。


手の届く距離になって、鈴華は触れないギリギリのところまで腕を前に突き出した。



「私にはもう何の戸惑いもありませんわ。陸斗にどれだけ拒絶されても、私は私の想いを突き通させていただきます」


「なっ……!」


「陸斗と私の間にある距離、それは今歩いた三歩だけですわ。あるとすれば陸斗が自ら作った壁だけではないでしょうか?」


まるで陸斗の心を見透かしたような発言だ。


鈴華との間にあった距離は三歩だけ。


どこかの物語で聞いた言葉が現実の陸斗に突き刺さる。


でも鈴華はわかっていない。


目に見えない距離というものはたしかに存在する。


陸斗から鈴華の立つ位置までの距離は遠いんだということを、誰も指摘しないから穴に気づけない。



「鈴華はわかっていないよ」


「何がですか?」


「目に見えない距離はあるんだよ」


「それはちがっ──」


「何が違うんだっ!」


工事現場の近くにある小学校からチャイムが鳴り、直後に工事の音も退いていく。


お昼の合図もあったが、絶妙なタイミングで音が消えて夏のねっとりとした風が頬をかすめた。


チラホラ人通りのある歩道で向き合う男女を、通り過ぎる人々は尻目に眺めていく。


ショート動画の撮影か、と思える不審な組み合わせを誰もが映りたくないとそそくさと過ぎていった。



「そもそも釣り合うはずがなかったんだ。鈴華は正真正銘のお嬢様で俺は貧乏人……あきらかな身分違いだ。それだけでどれほどの距離があると思ってる? 相容れるはずがないんだよ!」


「相容れないだなんて誰が決めたんですの?」



ゾクッと……低くなったと疑う声に陸斗は目を見開く。


揺らぐことのない瞳は先ほどよりも鋭さを増し、意志の強さを示していた。


問われたその言葉に答えることが出来ずにいると、咎める眼差しが陸斗の罪悪感を射る。



誰が決めたか。


誰かが脇から陸斗にささやいたか?


頭の中を支配する言葉はどこからか拾ってきただけのもので、現実に差し出された言葉ではない――。



「決めたのは陸斗で、身分違いなんてありませんわ! 距離だって私は遠ざかることなんてしてません! 遠ざかろうとしているのは陸斗の方です!」



言葉を言いきらないうちに歩道のコンクリートを叩く足音。


土で汚れた身体が甘いやわらかな香りに包まれる。


頭の中で何度も想像した鈴華の温もりに触れ、陸斗は息をのんだ。



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