001
とある凍える秋のこと。11月も終わりに差し掛かった鬼門高等学校には特にこれといった行事は残されておらず、このまま安全に二学期が終えられそう、という所だった。一年生の俺──山津祥太も例に漏れず、つまらないながらも穏やかな日々を過ごしていた。が、その平穏は一瞬にして崩れさることになる。
「んじゃまた」
「おう」
空田陽樹と別れた後、そのまま俺は近所の山に登った。近所と言っても家から2km離れた、高々300m程度の高さの山だ。
「ふぇえ...つかれた」
頂上についた頃には太陽はほぼ沈みかけていた。特にやることも無いので下山しようかと思ったその時だった。
「なんだ、あれ。人...?」
茂みの中に人影を見つけた。全然気が付かなかったけど、俺がここに着いた時には既に居たのだろうか?
気になったので近づいてみると、女の人が横になっていた。
服は汚れて、所々裂けている。
「え...失礼しました」
「待てよおい」
どうやら意識はあったようだ。
「普通逃げないでしょ。ね、この手錠外してくんない?」
よく見ると女の人の手足には鉄の枷のようなものが付いていた。繋がった鎖は大きな木を何周もして固定されている。
「いやぁ僕には無理だと思いますけど」
「なんでよ、そこに鍵があんの。早く」
「仕方ないですね......くっ、なんというシチュエーション」
「何を言ってんの?」
「くそ、開いてしまいました」
「ありがと。オラァ!!」
その人は片腕が開放された途端、自分の両足首の錠を殴って壊した。女性も強くなれる時代だからね。そういうことなんだと思う。
「ウワァ、スゴイデスネ〜ってええええ!!!?」
「ん?」
「あ、あんたは....!!!」
整った顔にショートボブの髪、美しすぎるプロポーション。立ち上がるまで気づかなかった...
「間違いない...消えた伝説のAV女優、円口尋だ!!」
「...」
デビューしてすぐに業界トップに登り詰めた円口尋は、それから1年もせずに引退し、以来俺の中で伝説となったのだ。
「なんでこんな田舎でも都会でもないつまらない町に?!」
「いいでしょ別に。っていうかここに捕まってたの」
「そういう企画?」
「辞めたの何年前だと思ってんの...ここに1年近く拘束されてたんだって」
土を払いながら尋は言う。錠がかけられていた手首や足首は傷になって血が滲んでいた。
「魔女狩り、聞いたことある?」
「魔女...狩り?」
魔女狩りと言えば、真っ先に思い浮かぶのは近代ヨーロッパで行われた理不尽な虐殺のことだ。魔女狩りと言うけれど被害者には男性も多くいたらしい。
「数年前に流行ってたらしいの。罠を仕掛けて女性を捕まえる"狩り"がね。私はこの山で何者かが仕掛けたカスタードシュークリームの匂いに惹かれて、まんまと罠にかかってしまったの」
「んー、よく分かんない。残念っしたね」
冬へ移ろう宵の山頂というのは、北風が吹いてそれはもう寒かった。学校の制服で耐えられる限界をもうとっくに超えている。
とにかく尋はカスタードシュークリームが好きらしかった。
「ねぇ、私だけ君の名前知らないんだけど」
「山津祥太、探偵さ」
「へぇ、改めて私は円口尋。頼みなんだけど祥太の家に住んでいいかな?」
ボケがスルーされた上に意味のわからないことを言われて混乱しそうだ。
「え、家?俺の家に?自分の家は?」
「私の家は遠くて...50億kmぐらいあるから」
「あっ、そうなんだ」
思ってた億倍は遠くて、とても送っては行けなかった。
けもの道と変わりないぐらい整備されてない道を、尋と一緒に1時間かけて下りた。あたりはすっかり暗くなっている。
「はぁ疲れた。早く帰らねぇと」
「力を貸してあげようか?」
「え、なにか出来んの?」
「私の固有スキル、《ラブ・フレイム》を応用すれば蒸気機関を超高速化できるんだけど」
「いや、チャリで来た」
「あちゃ」
蒸気で動く乗り物なんてひとつも持っていないけど、とりあえずたまたま忘れた事にして歩いて家に向かった。
「ここ?へぇーマンション」
「そ」
管理人は縦向きのアパートと言っているが、どちらにせよ俺はこの15階建てマンション『全力疾荘』の13階に住んでいる。15階建てのクセして15部屋しかないのが特徴の古い建物だ。
「ただいまー」
尋は俺が一人暮らしなのをいい事に、脱いだ靴も揃えず部屋を探索し始めた。
「おい待て!その山で修行した格好で歩き回るな」
「山篭りしてたんじゃなくて捕らえられてたんだって」
ふくれっ面で尋は言う。
しかしおかしな話だ。捕獲するために罠を張ったのに、獲物がかかっているか確かめにも来ないなんて。いや女性を捕獲するというその魔女狩り自体がおかしな話だけど。
突然、土まみれの靴下がフローリングの上に投げられるのを見て思考が飛んだ。
「じゃ、お風呂借りるよん」
俺が頭を抱えている内に、尋は服を脱ぎ終えて浴室に入ってしまったようだ。
「はえーよ...一応聞くけど服とか洗うか?」
「いやゴミでしょー」
「はいよ。上がったらそこのジャージ着てくれ」
本当に尋とこれから暮らすなら色々準備しないといけないなと、茶色の靴下をつまみながら思った。




