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運命の糸。



 豪華で黒く大きな部屋に、黒いベビードールはよく似合うのではないだろうか。そんな現実逃避をしてみる。

 すると、クアロルプスがワイシャツを脱いで、私にかけた。


「久しぶりだな、貴様ら。オレ様がいなくなって何日経った?」

「クアロルプス様! 三十日と三日です! 一体何処にいらっしゃったのですか!?」

「ふむ。やはりな」


 時間の経過は同じ。

 答えたのは、アッシュ。癖っ毛の緑色の髪と吊り上がった瞳の美形のヴァンパイア。クアロルプスの忠実な側近。


「ほらやっぱりぃ。女といたじゃん」


 赤毛で糸目のニヤけた顔のヴァンパイア。右肩を露出して、手を隠すほどの長い袖の服を着ている。腰の細い美形。名前はルル。


「人間の女……?」


 その隣に立っているのは、美少年のヴァンパイア。金髪で顔を隠すほど長い前髪とローブの姿。名前をネビア。


「オレ様の女だ。手を出すなよ、貴様ら」


 チュッと呆然と彼らを見ていた私の唇に、口付けをしたクアロルプス。人前で口付けをされた私は、頭がショートしかける。


「もう放さないぞ、遊陽」


 クアロルプスは、今までで一番嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 何故こうなったんだ。

 ちょっと待て。

 異世界トリップの心の準備なんてしていない。


「おい、アッシュ。使いを出し、半端者と占い師を呼び出せ」

「! ……はい、クアロルプス様」


 アッシュは納得いかないと言った表情をしたが、大人しく従ってこの場をあとにした。

 半端者とは、漫画の主人公であるスズのことを指している。そして占い師とはスズの仲間であり、ヒロインポジションであるミミという名の女の子だ。


「なっ……スズとミミに会えるの!?」

「……面白くない反応だな」


 漫画の主人公とヒロインにまで会える。クアロルプスに問い詰めたら、なんか怒らせたみたいだ。笑顔のクアロルプスに、鷲掴みにされて頬を潰された。


「あの占い師なら何かわかるかもしれん。……そうだ、お前にドレスをやらないとな」

「ドレス? ……ちょっと待って、離れないでよ。離れないって言ったじゃん」

「ちょっと待っていろ。大人しくいい子でいるのだぞ、オレ様の陽だまり」


 白過ぎる腕を掴んで引き留めたけれど、頭を撫でられて言われてしまう。何その子ども扱い。そりゃクアロルプスからすればいい赤子も同然だけれども。


「ルル。ネビア。その女を見ていろ」

「はーい、キング」


 ルルは長い袖を振って返事をした。ネビアは静かに私を見据えている。


「おい、ルル」


 クローゼットの中から純黒のローブを取り出して着たクアロルプスは、すれ違う際に釘をさす。


「触れるなよ」

「……はーい、キーング」


 そんなやり取りを見て、私はなおさらクアロルプスから離れたくなくなった。

 でもクアロルプスはローブをはためかせて、廊下の先を行ってしまう。プルプルと唇を噛み締めて震える。戻ってきて、私の王様。


「ふふーん。キングのお、ん、なかぁ」

「ちょっとルル。触るなって言われただろう」

「触んなければいいんだろ、うっせーな」


 ルルが袖を揺らしながら、近付いてきた。

 びっくーんと震え上がては、強張る。


「名前はなんだって? オレはルル」

「わ、私は遊ぶ陽だまりって書いて遊陽」

「んー? 遊陽ねぇ? 変わった名前」


 精一杯の笑みを浮かべた。引きつりそう。

 ルルは、ニコニコしてベッドに顎を乗せる。そんなルルは、血を浴びることが大好きな狂人気味ヴァンパイア。だからぶっちゃけ怖い。クアロルプスの命令だけが、私を守っている。


「ボクはネビア。異世界に行ってたって陛下は言っていたけれど……事実かい?」

「あ、はい。事実です」


 そのルルの後ろに立つのは、ネビア。少年の姿でも、三百年生きたヴァンパイア。冷静沈着な美少年。

 じーと見つめられて、私は居心地悪い。

 この部屋も落ち着かない。

 あのみすぼらしい部屋に戻りたい。ホームシック。

 意味がわからない。この現象。

 お酒を飲んで寝たら、隣にクアロルプスが出てきたから、その行動をすると思いきや、キスの最中にフッとトリップした。

 もうクアロルプスと口付けを交わしたことよりインパクトありすぎて、口付けは後回し。後回しだ。

 この現象のパターンを、誰か、誰か説明して!

 ミミちゃんだけが頼りだ。お願い、占い師様!


「何か喋れよー遊陽ぃ。引っ掻いちゃうぞ」


 ビクン、と震え上がる。このヴァンパイアの引っ掻き攻撃は、カマイタチと等しい。サクッと人間を引き裂けちゃう。


「な、何かと言われましても……」


 何を話せばいいのだ。


「陛下から聞いたけれど、ボク達本の登場人物だって本当?」

「あ、はい。私の世界ではマンガ……物語として描かれています」


 ネビアから質問してくれた。クアロルプスが前に話したのだろう。


「物語の登場人物なんて、おかしな話だよなぁ。持ってねーの? その本」

「あいにく……何も持っていません」


 ベビードール姿だけで、私は何も所持していない。それを示すために、手を見せた。


「なーんだよ、つまんねーなぁ……」

「ごめんなさい」


 笑って見せる。ご機嫌を損なわないといいけれども。


「何をしている、ルル、ネビア。それはクアロルプス様の所有物だぞ」


 そこで声を掛けてきたのは、戻ってきたアッシュだった。

 それとか、所持物とは、これまた言い方が。


「触るなって言われただけだしぃ?」

「だからと言って、クアロルプス様の部屋に居座るな」


 鋭く注意をするけれど、ルルは気に留めていない。

 そんなことは慣れたもので、アッシュも深くは言わなかった。私を凝視している。見張っている。むしろ睨んでいる。


「遊ぶ陽だまりと書いて遊陽です。どうも、アッシュさん」

「……」


 自己紹介をしたのだけれど、話してくれない。

 仁王立ちで私を見下す。


「……その噛み跡」


 やがて口を開いてくれた。視線の先は私の首元の噛み跡。


「合意の上だろうな?」

「あ、はい。この一ヶ月、クアロに血をあげていました」


 つい、クアロルプスの愛称で呼んでしまった。


「ぶっは!」


 ルルが吹き出す。アッシュとネビアが睨む。


「キングを気安く呼ぶとか……何様?」


 赤い瞳を開いて、ルルは殺気立つ。

 ゾッとした。寒気がするのは気のせいじゃない。空気が凍り付いた。


「ーーオレ様の女だ」


 そう答えたのは、救世主。違くて、私の王様。クアロルプス。

 戻ってきたから、ベッドから下りて駆け寄る。


「なんだ? そんなにオレ様が恋しかったのか?」

「離れないでよ! まじで!」


 がしりと腕にしがみつく。


「着替えろ。フィリス、フェリス」


 私の頭をなでなでして、一言。

 左右に構えていたメイド服のヴァンパイア。双子のフィリスとフェリス。左右対称、鏡のような、瓜二つの少女。無表情だけれど、戦闘になれば鬼強い。


「フィリスちゃん、フェリスちゃん! 可愛い!」


 メイド服、可愛い! ヒラヒラのフリルスカート!


「採寸をさせていただきます。遊陽様」

「部屋を出てください、野郎ども」

「あんだとメイド風情がっ!」


 双子ちゃんとルルは不仲である。

 でも喧嘩なんか始まらない。ルルは悪態をつきつつも、クアロルプスの部屋をアッシュ達と出ていく。

 私はワイシャツを脱いで、その部屋でフィリスちゃんに採寸された。その間、フェリスちゃんはクアロルプスの着替えを手伝う。


「え!? メイド服を着るの!?」

「今ある服はそれしかない。ドレスが出来上がるまでそれで我慢しろ」

「ま、まじですかっ」


 採寸が終わると、フィリスちゃんが見せたのは黒のメイド服。クアロルプスは、これに着替えろと言ったのだ。

 ベビードール姿でいるわけにもいかなくて、私はいたしかたなく、いたしかたなく、いたしかたなく! メイド服を着ることにした。というより、フィリスちゃんに着ることを手伝ってもらう。

 私とクアロルプスの着替えをすませると、メイド双子ちゃんは頭を下げて部屋をあとにした。

 私はクアロルプスと二人きりになる。


「ほう。これはいい趣向だ」

「!?」


 引っ張られたかと思えば、ベッドに腰をかけた正装のクアロルプスの膝の上に乗せられた。


「奉仕をしろ、遊陽」

「な、何言っているの!」

「何を恥ずかしがっている?」

「やめて!!」


 クアロルプスの手が、なめらかな動作で私のスカートの中に滑り込んだものだから、蹴り上げる。顎に当たったけれど、ダメージなし。


「ほら、オレ様の陽だまり」

「な、なにっ」


 私の頭を両手で掴んだかと思えば、引き寄せられた。

 唇が重なる。押し付けるだけの口付け。


「んーっ!」

「何か言いたいのか?」

「なんでこんなことになった!?」

「不満か? 好きだろう、この世界が」

「好きだけれども! 漫画の話!」

「不満か? 好きだろう、このオレ様が」

「好きだけれども! 何度言わせるの!?」


 そう言えば告白もしたのだった。思い出してしまい、私は赤面する。


「クアロルプス……仕事とか、どうしてくれるの」

「一生この世界に留まればいいだろう。仕事しなくていいぞ」

「ダメ人間になるっ……!」

「ならオレ様の奉仕をしていろ」

「それは断る!」


 じたばた暴れるけれども、クアロルプスは放してはくれない。ご奉仕とはなんだ。いかがわしいメイドになるつもりはない。断じて!


「ふぉわ……少し眠るか」

「起きたばかりでしょ」

「本来なら眠っている頃だ」


 私を抱き締めて、ベッドに横たわった。

 本来なら朝に眠り、夕方に起きる。あっちの世界では私に合わせて生活してくれていたから、朝に起きて夜に眠っていた。


「でも、ミミちゃんを呼び出したのでしょう?」

「ここに来るまで馬を使っても一時間はかかる。眠って待て」


 そうなのか。私は大人しくクアロルプスの胸の上で少し目を閉じることにした。

 って、眠れるわけがない!

 こっちは異世界トリップしているのだ。クアロルプスは我が城に帰れて安堵しているのだろうけれども、私は冷静ではいられない。早く来て! 主人公くんにヒロインちゃん!


 その一時間後、きっかりに起きた。双子ちゃんが起こしてくれたからだ。

 恋人繋ぎでクアロルプスに連れられたのは、王座の間。とてつもなく広い。ところどころにある燭台のロウソクに火が灯っている。だから、不気味な薄暗さがあった。ザ・魔王の城って感じだ。

 かつてここは人間の小さな王国だったらしいけれど、ヴァンパイアで滅ぼして乗っ取った。それをやったのは、クアロルプス達だ。百年前のことだと言う。

 その玉座に座ったクアロルプスに、膝の上に乗せられた。

 それから、双子ちゃんが大きな大きな扉を開く。


「よく来たな、半端者」


 よく来たな、勇者。ってか。

 こんな形で会うなんて、私は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。


「クアロルプス……良かった、捜し回ったんだぞ」


 そう胸を撫で下ろすのは、漫画『ダンピール』の主人公スズ。黒髪の短い髪にオッドアイ。いたって普通の少年に見えるが、半分ヴァンパイアの血が流れている。

 どうやら、かつての敵を心配してくれたらしい。


「ふん。オレ様の心配など、相変わらず生温いな貴様」


 私の髪の毛を右手で弄びながら、クアロルプスは冷たい声をかける。


「占いでも、あなたが世界の何処にもいないとわかって、その……」

「なんだ、占い師。このオレ様が殺されたとでも思ったのか? 馬鹿らしい」


 ミミと言う名の占い師が、口を開く。クアロルプスは、嘲る。

 ミミちゃんは、魔法使いのような白いローブを着たオレンジ髪の美少女。瞳は大きなオレンジ色。

 ヴァンパイアのほとんどを支配下に置く王様的存在のクアロルプスがいなくなったとなれば、困るのはヴァンパイア戦を終えたはずのスズ達だ。ヴァンパイアが暴れかねない。よく一ヶ月持ったものだ。

 二階の廊下から、アッシュ達が見下ろしていることに気が付いた。何か起きないか、見張っているのだろう。


「話がしたいので、許可をください」

「よかろう。テラスに来い」


 ミミちゃんが言えば、クアロルプスはあっさりと許可を出した。腰を上げて、また恋人繋ぎで歩き出す。


「あ、あの、私は遊ぶ陽だまりと書いて遊陽と言います」

「オレはスズ、よろしく遊陽」

「私はミミです」


 クアロルプスに引っ張られながらも、私は後ろをついてくるスズくん達に挨拶をした。交友的に笑みを向けられて喜ぶ。そしたら、グイッと手を引っ張られた。ちょっと痛かったんだけど。

 テラスは当然のように陽射しを浴びていた。

 そこにテーブルと椅子があったから、そこに座る。でもクアロルプスだけは、テラスには出なかった。陽射しで火傷を負うからだ。

 座る際にクアロルプスは影から、念力で椅子を引いてくれた。紳士。

 限られたヴァンパイアだけが、念力も使える。


「えっと事情を説明した方がいいですよね」

「あ、そんなかしこまらなくていいよ。オレ達より歳上でしょ?」

「じゃあお言葉に甘えて……説明する」


 えへへ、『ダンピール』の主人公とヒロインとタメ口。


「最初にクアロルプスが消えた時、私の世界の私の元に来た。私の世界ではスズくんが主人公の物語が本になっていて、それでクアロルプスが異なる世界から来たってわかったの。二人ともお酒を飲んでベッドに入ったという共通点から、試しに飲んでベッドに入れば戻った」

「最初に一日いなくなった時だな」

「うん。そして二回目、一ヶ月と二日は私の元にいたの。何故かはわからないけれど、留まり続けた」

「原因はわかっている」


 私の説明の次に、クアロルプスが言った。


「オレ様と遊陽の気持ちだ。一度目は遊陽がオレ様を求めたから起きた現象。二度目はオレ様と遊陽が互いに求めて、起きた現象だ」

「!?」


 互いに求めて、なんて言うものだからギョッとしてしまう。


「そして、オレ様が望んだから、あちらの世界から遊陽を連れてこられた」


 威張って言い退けた。わざとか。わざとだったのか。

 それで私から気持ちを引き出したのか。


「そのようですね。気持ちが原因で起きた現象のようです」


 未来を予知する占い師、ミミちゃんが微笑んで言った。

 占い師のお墨付き!


「その原因はずばり」

「ずばり……?」

「……」


 一同が、ミミちゃんに耳を傾けた。


「クアロルプスさんと遊陽さんが、運命の赤い糸で結ばれているからです」


 笑顔でミミちゃんは、言い放った。


「ぶふっ」


 私は危うくを吹きかける。両手で赤くなる顔を隠す。


「やはりな」


 見ればクアロルプスは、嬉しそうにニヤついている。


「はい。お二人が赤い糸で結ばれているからこそ、こうして世界を越えて出逢えたのです」


 まるで神のお告げを伝える神父みたいに、笑みで告げるミミちゃん。


「そ、それは……ミミちゃんの推測とかじゃなくて……」

「事実です」


 ミミちゃんは、あっさりと頷く。

 ミミちゃんが言うなら、事実は事実だ。

 私は頬が熱くなるのを感じた。


「だそうだ。放さないぞ、オレ様の運命の女」

「っ!」


 椅子が後ろに引っ張られたかと思えば、影の中。クアロルプスは私の手を取ると、そこに口付けた。

 公衆の面前で恥ずかしげもなく、キザなことを言う。

 私はその手を振り払って、テーブルに戻った。すると念力でまた椅子を動かしてくれて、私はそこに座り直す。


「ミミちゃん……今のはぶっちゃけないで欲しかった……」

「えっ、あっ、ごめんなさい……」

「いや、いいんだ……悪気はないってのはわかるよ……でもお姉さん、恥ずかしい」

「あっ、ごめんなさい……!」


 項垂れる私に慌てて謝るミミちゃん。いいんだよ。


「つまり、運命の赤い糸で結ばれているから、この現象が起きたと?」

「厳密に言えば……気持ちです」

「……気持ちって……運命の相手を求めてる気持ち?」


 クアロルプスも言っていたことを思い出して、目を丸めて身を乗り出す。


「最初はそうです。遊陽さんが求めたから、クアロルプスさんが現れた」


 最初の出逢いの前日に、クアロルプスに会いたいと酒に酔いながら強く思ったことを思い出して、ギクリとする。後ろを振り返れない。


「二回目はクアロルプスさんも遊陽さんに会いたいと願ったから、もう一度出逢えた」


 クアロルプスも私を思い出して会いたいと思いながら、眠って起きたら私のベッドの中にいたと話していた。


「それからクアロルプスさんがあちらの世界に留まったのは、彼自身遊陽さんのそばにいたいと思ったからなんです。遊陽さんもまたクアロルプスに居てほしいと思ったから、彼は留まっていたんです」

「世界を越えるほど強く愛し合っているってわけか。おあついねぇ」


 ミミちゃんの解説とスズくんの茶化しに、私は必死に掌を扇いで熱くなった顔を冷やそうとする。


「じゃあ、じゃあなんで私来ちゃったの!? クアロルプスが帰っちゃう予感がしてたけど、なんで私まで!?」

「それは遊陽さんの帰したいという気持ちとクアロルプスさんの帰りたい気持ちが一致したからです。そしてクアロルプスさんが────連れ帰りたいと願ったからだと思います」


 ピタリと手を止めた。


「じゃあ奴のせいであたし来ちゃったの!?」

「お持ち帰りってやつだな」

「わっ笑わないで! スズくん!」


 原因はクアロルプス。

 私は激しく怒りが沸いてきた。


「先程クアロルプスさんが言ったように、クアロルプスさんはあなたを放したくないのでしょう」


 ミミちゃんがにこやかに言うものだから、また顔を赤くする。


「運命の相手同士、求め合ったからこそ、この奇跡が起きたのですよ。遊陽さん」

「…………」


 パタパタ、と両手で扇ぐ私は俯く。


「異世界から連れ帰るくらい、クアロルプスの気持ちが強いってことか」


 スズくんの呟きに、また恥ずかしくなって俯く。


「気持ちっていうか……愛だな」


 クアロルプスに愛されていることを本人に強調されて、嬉し恥ずかしい。嬉し恥ずかしいと思っていることが、さらに恥ずかしい。


「……大丈夫?」


 スズくんが心配して声をかけた。


「うん……うん……その……なんか突拍子すぎて……ちょっと一泳ぎしようかな」

「水ない水ない!!」


 よろよろとテラスの手摺に行き、風に当たって呟く。プールも湖もないのに飛び降りようとする私は、スズくんが止めてくれる。


「異世界の運命の相手が強く願ったから連れてこられた……まぁ、なんて素敵なラブストーリーなんでしょう」

「現実逃避!?」

「シンデレラと不思議の国のアリスが混ざったみたい」


 遠い目をする私を激しく心配するスズくんがオロオロ。私は自嘲するように吹き出してから突っ伏する。


「彼女が帰る方法はないの?」

「おい、遊陽に触るな」


 スズくんがミミちゃんに訊いた。

 私の背中をさすってくれたスズくんは、念力で頭を殴られたのか、すぐに頭を抱えて蹲る。


「願えば帰れると思いますよ」

「ほんと!?」

「クアロルプスさんと遊陽さんがそう願えば、きっと」

「……きっと願ってくれない……」

「放さないと言ったであろう?」


 放さない宣言したクアロルプスが帰してくれないと、わかりきっている私は落ち込む。


「あ……そうなると、喧嘩して……帰っちまえ! って思えばフッと消えちゃうのかな」

「それはわかりません……ですが二人が願ったのなら、多分」

「留まり続けることは出来るのかな?」

「はい、クアロルプスさんが居てほしいと思っているので」

「じゃあクアロルプスが私を嫌いになったら、私は戻されるかな?」


 思い付いて私は、ミミちゃんに問い詰める。

 すると、頭に衝撃を食らった。念力で殴られたみたいだ。

 きょとんとするミミちゃん。


「嫌いになったりしませんよ」


 優しい笑みを浮かべて、ミミちゃんは答えた。


「他に好きな人が出来るかもしれないし、飽きるかもしれな……ぶふ!?」


 また頭に衝撃を食らう。地味に痛い。これが運命の女にする仕打ち!?


「それもないでしょう。あなたがクアロルプスさんのたった一人の運命の相手ですから」


 純真なミミちゃんがそう言ってくれるが、私は笑みを歪ませる。


「心変わりは有り得るでしょう? 元々あたしはこの世界の人間じゃないのだから……いつかは帰らなくちゃいけなくなるでしょ?」

「……」


 困ったようにミミちゃんは、視線を落とす。


「……遊陽さんが思うほど、彼の気持ちは弱くありません」


 やがて顔を上げて、優しい微笑みで静かに言った。


「おーい!」


 そこで聞こえてくる男の人の声。

 見てみれば、テラスの下から見上げている男の人がいた。スズくんの仲間の一人である、お兄さんポジションのトレイン。茶髪で長身。大きな十字架を背負っているけれど、それは剣。



「まだかかるのか?」

「待ってートレイン。まだどうするか決めてねぇんだ」


 トレインさんとスズくんが話した。


「どうするって……私人間なのに退治されるの?」


 スズくんのお仕事、というか使命はモンスター退治だ。


「いやいやそんなつもりはないって! ただオレ達が保護しようかと思って……」


 ザッキン! スズくんの言葉を遮るようにテーブルが両断された。私達は影にいるクアロルプスを向く。


「殺すぞ、半端者」


 第二回ヴァンパイア王戦が開催される!?


「わ、私は……ここにいるよ」

「そう? ……んー、うん。気が変わったら言って」


 スズくんは仕方なさそうに肩を竦める。それからミミちゃんを抱えて、テラスから軽々と飛び降りた。ミミちゃん、慣れた様子だ。


「いつでも大歓迎だからな! 遊陽さん!」


 スズくんが馬に乗る。当然のように、ミミちゃんと二人乗り。手を振ってきたから、私も手を振り返す。


「あ。遊陽さん」

「何、ミミちゃん?」

「あの、遊陽さん。心変わりの話ですが……」


 スズくんの背中にしがみ付きながら、ミミちゃんは私に告げる。


「……確証はないのですが、遊陽さんがクアロルプスさんの運命の相手だからこそこの世界にいるので……遊陽さんがクアロルプスさん以外の人を見ることは出来ないと思います」

「好きにならないってこと?」

「恐らく……。……もしも浮気をした場合、命に関わるかもしれません」

「デンジャラスだね!?」


 クアロルプスの運命の相手としてこの世界に呼ばれているため、他の相手は好きにならない。

 もしも浮気をしたのなら、命に関わるなにかが起きる可能性がある。

 この世界にいる限り、クアロルプスしか選べないということだ。


「そっか……気を付けるよ……ありがとう」


 今度こそ、ミミちゃん達は帰っていった。


「陽だまり。食事の時間だぞ」

「! 朝ご飯まだだった!」


 クアロルプスの声を聞いて、今更お腹が空く。

 きっと双子ちゃんが用意してくれたに違いない。

 城の中に戻ろうとしたけれど、その前にお日様を浴びておく。吸って吐いて、背伸びをした。


「提案なんだけれどね、王様」

「却下だ」

「お願いだから帰らせて!? せめて仕事場に辞表を出させて!」

「却下だ。放さない」


 私は当分、このヴァンパイア王様の元に居ることになりそうだ。






一度完結です!



20170828

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