2 眠れる部屋の美小女
-―――「はぁ…」
自分の妄想に思わず頭を抱え溜め息をつく。パターン③の無限ループ展開だけは絶対に遠慮したいところだが…。
実際、最終的に今後の話に繋がるようであれば、どんな展開であれ構わなかった。
仮にみあの性格がとんでもない悪女だったとしても、彼女を放りだすという考えだけは俺には浮かばない。
『お前、そんなに小さい子とのトキメキ☆ライフを味わいたいのかッ!?』とドン引きされるかもしれないが、そこまでしてみあを預かろうと思う理由がきちんとあるとだけは言わせて欲しい。
俺は、千智さんに一生分の借りがある。
「ん…んぅ…?」
全力で妄想を繰り広げていた俺だが、不意に聞こえてきたみあの声に現実に引き戻される。いよいよ眠れる部屋の美小女が目を覚ましてくれるようだ。
パターン③でないことを祈る…っ!
「大丈夫?」
様々なシミュレーションの結果、まずはようやく目を覚ました彼女に気遣いの言葉をかけることにする。何が起こるか分からないので、不用意に近づくことはこの場合避けよう。クッションでもあたるとちょっと痛いし。
「ここ、は…?」
自分の所在と声を掛けてきた主の存在を確認しようと、みあは寝ぼけ眼のまま視線を動かす。妄想通り急に起き上がられて、またソファーに逆戻りされては現実としては敵わないので、俺は彼女にそっと右手を差し出した。
みあと視線がぶつかる。
その途端、つぶらな瞳は大きく見開かれ、小さめの口はすっ、と息を吸い込――――え?
「ちょ、待…!」
「ひゃあ…っ!?」
「っと、まだ無理しないで」
妄想の中よりも控えめな悲鳴であったことに胸を撫で下ろすが、妄想通り勢いよく弱った身体を起こした彼女は、案の定新たな眩暈に見舞われることになった。咄嗟に傾きかけた背中を支えてやると、小さな手で俺の腕にきゅっとしがみついてくる。
しばらくその体勢のままでいたが、立ち眩みが治まったのか彼女は俯いたまま俺から手をさっと離した。この俊敏な動き、どうも猫を連想させる。
「治まった?」
「はい。あの…すみません」
「大丈夫なら良かった。顔、あげてくれる?」
おずおずと上げられた顔にはだいぶ血色が戻ったようで少し安堵した。小柄な背中や小さな手が伝える呼吸や脈拍も、どうやら安定しているようだ。
「顔色もさっきに比べれば随分いいね。気分は悪くない?」
「平気です。あ、あの…」
せっかく真正面から視線が合ったというのに、みあは口籠ってまた俯いてしまった。気のせいか、髪の間から覗いている耳が少し赤くなっているように感じる。触れている背からは、発熱は感じられないんだが…。
「どうかした?」
「あ、あの…もう大丈夫ですから、その…手、離して下さい…」
「あ。えっと、ごめん」
「い、いえ」
「じゃあ、代わりに後ろに寄りかかっていいから」
「ありがとう、ございます」
なんとまあ初々しい反応。
やはり男性が苦手というところに繋がるんだろうけど、恥じらう姿が微笑ましくかつ可愛らしく思えてしまうあたり、やっぱり俺も年相応のオヤジなのかもしれない。四捨五入したら30代になる年になっちゃったしな、俺…。10代から20代になった時もそうだったけど、20代前半と後半って響きからしても何か差があるように思う。
さて、恥ずかしそうにそろそろとソファーから足をおろしたみあは、改めて俺の方に向き直った。こうして対面すると、彼女の全身から迸る緊張と警戒がこれでもかという程伝わってくる。
と、唐突にみあが深々と頭を下げた。
「あの、いきなり迷惑かけてしまってすみませんでした…っ!」
「いや、大丈夫だよ。こっちこそ、緊張してたのに配慮が出来てなくてごめんね?」
「いえ…!あの、お布団までかけて頂いたみたいで…!」
「ホントはベッドで寝かせてあげたかったんだけど、ちょうど君のお母さんから連絡を貰ってね。結局ソファーから移動させられなくて」
「い、いえ…!それで…あの、私がここに来た理由は…」
「全部聞いたよ。君を宜しくと言っていた」
「そうですか…」
「みあちゃんは…いいの?こんな状況に従って」
彼女の瞳が嘘や虚勢を潜ませていないか、俺はみあの顔をじっと見つめる。
交差する俺とみあの視線。
瞳に映る確たる決意は、つい先程まで視線を合わせることさえ躊躇していた少女のモノとは思えなかった。みあは俺の瞳を正面から捉え、ゆっくりと口を開いた。
「私は…従ったわけじゃありません」
「え?」
「私は…選んでここに来ました」
「みあちゃん…ごめん、聞き方が悪かった」
「い、いえ!生意気なこと言ってすみません…!…えっと、上手く言えないですけど…その、母に強制されたとかお願いされたとか、そういうわけじゃないんです」
「うん」
「これからのことを母に提案されて、どうしたら母にとっても私にとっても一番いい形になるのかなって考えて…決めました」
そう告げるみあの表情はとても穏やかで、迷いは見当たらなかった。俺が考えていたより、みあはずっと精神的に強い子なのだろう。
けれど、たとえ心が強くても本当はこんなに短い言葉で話が済むほど簡単な決断ではなかったに違いない。彼女の決断は真意だとしても、突然倒れてしまうくらいの不安を小さな胸に抱えているのだ。
「そっか。…不安なことがあれば、遠慮なく言って?今日から俺達は…家族、みたいなものだからさ」
「は、はい!不束者ですが、宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しく」