出会い
目が覚めた時、一瞬何が起こっているのか理解ができなかった。
そよ風が揺らす木々の音。その隙間から眩いくらいに照りつける太陽の光と、瑞々しさすら感じる青空。
数回瞬きを繰り返しても、その景色は変わらず。
草花の香りが胸を膨らませ、どこかから聞こえる川のせせらぎのような音が耳に心地良い。
ここは……?どこ……?
寝そべる身体は何故か酷く痛む。外に倒れていたからだろうか。無理矢理身体を起こしてみると、はらりと肩口から黒い髪の毛が垂れた。
怪我でもしているのかと全身を見てみるけれど、特別目立つようなものは何もない。
だが、オフホワイトのTシャツやジャージのズボンには砂汚れなのか泥汚れなのか、所々黒くなっていた。
一体ここはどこなのだろう。辺りを見渡してみるものの、そこは一面深い森の中。どこを見ても、目に映るのは生い茂る草木だけ。
どうして私はこんな森の中にいるのだろうか。
「あ、あの……誰か……」
誰かいないか。声を出してみるものの、長く眠っていたのか声が掠れてしまう。
そういえば喉もかなり乾いている。数回咳払いしても、乾燥しているのか大きな声が出ない。
ここで誰かが来るのを待つ? それとも、人を探しに行く?
考えたものの、こんな森の中に人が来るとは思えない。とにかく、森を抜けるか広い道に出ないと。
そう思い、痛む身体に鞭を打ち立ち上がる。目が覚めた時に川のせせらぎが聞こえたことを思い出して、ひとまずその音を頼りに川を目指すことにした。
慣れない道を歩くのは苦労したものの、川は比較的すぐに見つけることができた。
ゆっくりと崖のような坂道を下り、川の水を手で掬う。匂いを嗅いで、色を見て、舌で少し舐めて。
川の水を飲むなんてお腹を壊すかもしれないけれど、この状況で背に腹は変えられない。
手で掬った水を少しずつ飲むと、
「おいし……」
その澄んだ味に驚きながら手の甲で口を拭く。
幼い頃、おばあちゃん家で飲んだ山から引いた湧き水のような。そんな味がしてもう一口だけ飲んだ。
……そんな時だった。
グルルルル、という獣特有の呻き声が聞こえて、反射的に振り向く。
そこにはドス黒い狼のような獣が二匹もいて、私を威嚇しながらジリジリと距離を詰めてきていた。
「う、うそ……なに……?」
お腹の奥底に響くような呻き声にごくりと喉を鳴らす。
こういう時って、どうするんだっけ。
死んだふり? 目を逸らさないように後退り? それは熊だったっけ。狼ってどうやって逃げるの? しかも二匹って。
っていうか、日本の狼って確か絶滅したはずじゃ……!? じゃあこの生き物は何……!?
「こ、こないで……」
パニックになる頭。呼吸が浅くなって、一歩後ろに下がるとその獣も一歩足を進めてきた。
数回後退りすると、右足がボチャンという音と共に川の中に滑り落ち、一瞬意識が持っていかれる。
……あ。
そう思った時にはもう遅く、獣の目の色が変わったのが見えた。
それはまるでスローモーションのようで、そのまま大きな口が開き、鋭い牙が見える。私を頭から噛み砕こうとしているのか、勢い良く飛びかかってきた。
あぁ、私はここで死んでしまうんだ。よくわからない森の中で、見たこともない獣に食べられて死んでしまうのか。
……せっかく、みんなを守ったのになあ。
無意識にそう思った時、突然頭の中に忘れていた記憶が蘇る。
園児たちとのお散歩。赤信号は渡らないんだよと教えながら信号待ちをしていた時に、飛び込んできた暴走車。
ガードレールを飛び越えてくる勢いに、一瞬のうちに近くの子どもたち皆を必死に抱きしめて自らが盾になった。そんな記憶。
……そうだ。私はあの時、子どもたちを守って車に撥ねられて……。
思い出した頃には獣は私の目の前にいて、私は恐怖で固まる。襲いかかるであろう痛みに耐えるように、無我夢中でぎゅっと目を瞑った。
……しかし、いつまで経っても痛みは襲って来ず。
「っ大丈夫か!?」
「……え?」
焦ったような声にうっすらと目を開けると、
「え!?」
目の前で血を流して倒れている獣が二匹。そして、その側で私を心配そうに見つめる男の人が二人いたのだった。




