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ファタリテクロンヌ――星の下に輝く者――  作者: 常居嗣子
第九章

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 処分の空気が学園へ馴染み始めると、不思議なことに、新入生たちの視線は少しずつ別のところへ向かい始めた。


 それは忘れたからではない。

 むしろ逆だ。

 学園がああして静かに処理するのだと分かったからこそ、胸の内でだけ持ち続ければいいものと、自分で先へ進まねばならないものとが分かれてきたのだ。


 仮寮の暮らしは続く。


 朝は鐘より先に目を覚ます者が増えた。

 食堂へ向かう列も、最初の頃のぎこちなさを失ってきている。

 上級生の顔を見れば肩を張る。だが張り方に少しだけ慣れが出る。

 七人部屋の空気にも、それぞれの生活の癖が染み始めていた。


 クレイスの大部屋では、夜更けの衣擦れの音だけで誰がどの寝台から降りたか、もう何となく分かる。

 ジェスルの部屋では、机の上の紙束の積み方にその者の気質が出る。

 最初はただの白だった日々に、ようやく個々の手触りが宿ってきた。


 それが、本寮決定の前触れのようでもあった。


 口に出して言う者は少ない。

 だが皆、知っている。

 この仮寮の白はずっと続くものではない。

 やがて、もっとはっきりとした色へ振り分けられる。


 アルケスは、その気配を朝の食堂で感じていた。


 ブローチを得られなかった悔しさは、まだ胸のどこかに残っている。

 けれど、それをただ抱えて歩く日々は長くないと分かる。

 この学園では、立ち止まって整理しきる前に、次の選別が来る。

 それを疎ましいとは思わない。

 むしろ、その速さが自分には合っているのかもしれないと、少しだけ思い始めていた。


 前へ立つ者は、悔しさに膝を抱えている時間まで見られている。

 ズヴォルタに言われた“焦るな”と“それだけを見るな”の意味が、少しずつ分かってくる。


 その朝、ズヴォルタは食卓の端で、黒パンをちぎりながら一言だけ言った。


「いつまでも引きずった顔をするな」


 それだけだった。

 けれど、それは命令というより、クレイスの生徒へ向けた当然の確認のように聞こえた。


 アルケスは何も返さなかった。

 返さなかったが、その言葉は食後もずっと胸に残った。


 ポルックスの方は、もっと早く気持ちを切り替えているように見えた。


 実際には切り替えているのではない。

 まだダミアノの警戒を手放していないし、学園がどこまで処理を進めるかも見ている。

 それでも、表面だけは以前と変わらぬ静けさを取り戻していた。


 講堂で受け取った二つのブローチは、今やもう飾りではなく、周囲の目を変える印になりつつある。

 教員だけではない。

 同級生も、上級生も、その小さな光を見て、次にどこまで期待してよい相手かを無意識に測る。


 それを、ポルックスは鬱陶しいとも誇らしいとも思わなかった。

 ただ、面倒だとは思った。


「最近、話しかけられる回数増えた?」


 ケラノスが、昼前の連絡通路でそう言った。


「少し」

「やっぱり」

「きみは」

「減った」


 即答だった。


「でも、前みたいな減り方じゃない」


 ケラノスは窓の外を見たまま続ける。


「前は、“関わると面倒”って顔で減ってた」

「今は?」

「“あいつはもう大丈夫そう”って顔」


 その違いは大きい。

 ポルックスも、それには頷けた。


 学園の処分は、ただ罰するだけではない。

 空気の流れまで変える。

 だからケラノスの周囲から、あの嫌な笑い方が消えた。

 そしてそのかわり、普通の距離が戻り始めている。


 シャムは、そういう変化を見ながら、自分の立ち位置も少しずつ変わっているのを感じていた。


 誰かを助けに飛び込む。

 傷つく。

 それだけでは終わらなかった。

 今は、あの時の痛みが、自分の言葉の置き方へ変わっていたことを実感し始めている。

 教皇側として相手を切りすぎなかった感覚も、課題が終わった今だからこそ自分のものとして分かる。


 講堂で名を呼ばれなかったことへの悔しさは、まだある。

 だがその悔しさは、少しだけ細くなった。

 代わりに残ったのは、次にどう言葉を置くかという意識だ。


 それは学園らしい変わり方なのかもしれないと、シャムは思った。


 カストルは、誰よりその“次の気配”に苛立っていた。


 まだ整理しきれていない。

 課題で届かなかったことも、講堂の結果も、ダミアノたちへの静かな処分も、自分の中ではどれも終わった形になっていない。

 それなのに、周囲はもう次へ向き始めている。

 食堂での席の空気。

 上級生の目。

 仮寮兄のちょっとした言い方。

 全部が、“本寮”という言葉をまだ口に出さないまま、その前提で動いている。


「嫌な顔してる」


 セリノスが、朝の廊下で言った。


 カストルは睨むようにそちらを見る。


「お前、最近そればっかりだな」

「分かりやすいから」


 平然と言われ、また腹が立つ。

 腹は立つが、否定もしにくい。


「本寮のこと考えてる?」

「考えてない」

「考えてる顔だよ」

「うるさい」


 それで終わる。

 終わるくせに、セリノスの“うるさく言わない”感じが、今は少しだけありがたかった。


 カストルはクレイスの仮寮で見たものを、まだ名前にできないまま抱えている。

 真正面から立つ者。

 前線へ行く者。

 そこで求められるもの。

 自分がそれにどこまで耐えられるか。

 問いは消えない。


 そしてそれこそが、本寮決定へ向かう前の一番厄介な重さだった。


 夜、寮棟の中庭へ落ちる月の光はまだ薄かった。


 仮寮生活は続く。

 鐘も鳴る。

 食事も出る。

 上級生は叱り、時に認め、また次の日が来る。


 けれど、同じ白い制服を着ていても、その白はもう初日の白ではなかった。

 勝った卓の白。

 届かなかった卓の白。

 処分の空気を知ったあとの白。

 次の選別を待つ白。

 それぞれに少しずつ意味が染みている。


 そしてその夜の終わりに、学園棟の上階で、上級生たちがいくつかの名簿を持ち運ぶ姿が見られた。


 誰もそれを大きく騒がない。

 騒がないが、見た者はみな胸のどこかで理解する。

 次が近い。

 本寮を決めるための、もっとはっきりした選別が。

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