26.皇位継承権と皇子の養育
文武に関しては、当面の方向性は見えた。まずは、皇太后やヴェネジクトに対抗するための十分な力を得ること。そのために、早急かつ確実に足元を整える必要がある。これに関しては、一朝一夕で為せるものでもないので、地道に力をつけていくしかないだろう。アリスタルフの身の回りの安全については、今出来ることは護衛の数を増やすことくらいだ。近衛師団が、真実〝皇帝の騎士〟であるならば問題ないだろうが――様子を見ながら、騎士たちを入れ替える必要がある。少しでも信じられない騎士は、例えそれが些細な疑惑であっても、後々命取りになる可能性があるのだから。
あと確認すべきは、後継についてアリスタルフがどう考えているかだろうか。
「アル様は、ご自身の後継についてどう考えていらっしゃいますか?」
〝やはり、ご自信の血を引く御子に皇位を譲りたいとお思いですか?〟と尋ねたラリーサに、アリスタルフは〝自分の血に興味はないな〟と肩を竦める。
「現在、皇位継承権の序列一位は、俺の子であるエルモライだが……。あれが皇位を継承するに値する者に成るかは、また別の話だろう。俺は、トリーフォンを正しく導いていける資質を持つ者に後を託したい。別に、皇族の血に拘るつもりもない。資質がある者を養子に迎えることも考えている」
はっきりと言い切ったアリスタルフに、ラリーサは〝そうですか〟とすんなりと受け入れる。
「では、アル様の後継については、その方針で行きましょう。ご自身の足場を固めると同時に、その先……後継についても、種をまいておいた方がいいと思うのです」
「それはそうだが……何かやりたいことでもあるのか?」
興味を浮かべた瞳で見つめてくるアリスタルフに、ラリーサは〝あら。私にお任せくださるのですか?〟と微笑む。
「俺よりは、上手く子たちを導いてくれそうだ。年の離れた弟御四人の教育に自らも関わっていたのだろう?マルファやキーラから聞いたぞ。日々の勉学から逃げだした弟御を、王宮中を駆け回って掴まえていたと」
「まぁ。そんな話をアル様にしたのですか?恥ずかしいので忘れて下さい」
ほんのりと頬を染めて小さく唇を尖らせたラリーサの前髪にキスを落として、アリスタルフがクスクス笑う。
「侍女や護衛騎士たちに任せず、自ら走りまわるところがリーサらしいと思ったぞ」
「それは、褒めて下さっているのですか?」
「そのつもりだが?」
ニッと口端を持ち上げて笑ったアリスタルフに、ラリーサが〝褒められている気がしませんけれど〟と小さく息を吐く。
「もし、私にお手伝いできることがあればしたいと思います。やりたいことは、いくつかあるのですけれど……。ですが、私には子がおりませんし、口を出すのは出すぎた真似と言われそうです」
〝どうするのがいいかしら〟と思案顔を作ったラリーサに、アリスタルフが〝ふむ〟と己の顎をスルリと撫でる。
「リーサ、スピリドン兄上の御子の養母になってみないか?」
突然告げられた提案に、ラリーサがぱちくりと瞳を瞬かせる。
「スピリンドン様の御子様……ですか?」
「あぁ。兄上には、二人の御子がいる。一人は先ほど話にも出たルフィナ。兄上と正妃の間に生まれた皇女だ。もう一人は、イサーク。側妃を母に持つ皇子だ。出来れば、イサークをリーサに預けたい」
そう告げたアリスタルフが、悩まし気に眉根を寄せる。
「イサークの母である側妃は、兄上が亡くなられた後、イサークを皇宮に残して生家である子爵家へ戻った」
「……イサーク様を連れていかなかったのは、なぜですか?」
「彼女は、まもなく幼馴染であった男と再婚する。先帝の子であるイサークを皇族から貴族籍に落とすことに、彼女の父親……イサークにとっては祖父だな。ラランド子爵が難色を示したらしい」
〝イサークの皇位継承権の序列は第三位と、上位にあるからな〟と、アリスタルフが溜息をつく。
「なるほど。ラランド子爵は、イサーク様の外戚として力を得ることを期待していると?」
「それほど悪い男ではない。仕事も出来るとミハイルから聞いている。今は中立派であるラランド子爵を、取り込めるのであれば取り込んでおきたい。それに……派閥とは関係なく、甥に淋しい思いをさせたままにしておきたくはない」
気づかわし気に息をついたアリスタルフが、〝イサークは、まだ5歳だ〟と続ける。
「まだ、母が恋しい年頃だろう?今は、比較的歳が近いからとジャンナに預ける形をとって、3歳のエルラモイと一緒に教育を受けさせているが……」
〝教師たちから話を聞く限り、イサークにとってはあまりいい環境ではない〟とアリスタルフが眉根を寄せた。
「3歳と5歳では、理解力に差があります。イサーク様にとっては、物足りないのではないでしょうか?」
「だろうな。しかも、エルモライは座学を嫌い、逃げ回ってばかりいるらしい」
「ジャンナ様は、何も言わないのですか?」
「まだ3歳なのだからと……」
「……序列一位の皇子に対するものではありませんねぇ」
〝私の弟だったら、取っ掴まえて、椅子に縛り付けますよ〟と瞳を細めたラリーサに、アリスタルフが〝縛りつけたのか?〟と面白そうに尋ねる。
「毎回ではありませんよ。あまりにひどい時だけです」
〝ルランには、本当に手を焼かされました〟と、ラリーサが深い溜息をつく。
「ルランとは、第二王子のルスラーン殿か?」
「はい。あの子は、本当にやんちゃで……。自分は、騎士になるから帝王学など学ぶ必要はないと言って」
〝ひどい時期は、毎日王宮内で追いかけっこをしておりました〟と続けたラリーサに、ケラケラと笑ったアリスタルフが〝イサークは、そのようなタイプではないから安心しろ〟と告げる。
「どうだろうか。イサークを預かってもらえないか?」
改めて問うてきたアリスタルフに、ラリーサはニコリと微笑み〝イサーク様が、それでよろしいのなら〟と頷く。
「そうか!ありがとう、リーサ。さっそく、近いうちに顔合わせの時間を設けよう」
「ダメですよ、アル様。私との顔合わせの前に、まずはイサーク様の想いを聞いてあげてくださいませ。……もし、実のお母様の元へ行きたいのであれば、それも考えてあげて欲しいです」
〝皇族籍を保ったまま、子爵家で過ごすことも出来ないわけじゃありませんでしょう?〟と続けたラリーサに、アリスタルフが〝わかった〟と頷きを返す。
「イサークにとって良いように取り計らう」
「よろしくお願いしますね」
ホッと柔らかな息を漏らして、ラリーサは〝養母になるならない関係なく、イサーク様とよい関係が築けたら嬉しいです〟と微笑む。
「いずれ、アル様の御子も増えていくでしょうし……。皇族籍にある御子たちの教育方針について、考えておいた方がいいかもしれませんねぇ。ジャンナ様や側妃の皆様とも同じ方向を見据えて動けるといいのですけれど……」
〝ジャンナ様とミラナ様は難しそう〟と、ラリーサが苦笑する。
「まずは、エリザヴェータとファイーナとの距離を縮めてみたらどうだ?」
「そうですね。そうします」
コクリと首を縦に振った後、ラリーサがふわりと小さな欠伸を零す。
「そろそろ眠ろう。話し合いは、また明日だ」
〝明日もリーサの元に休みに来る〟と続けたアリスタルフに、ラリーサが〝よろしいのですか?〟と苦笑する。
「新婚なのだから、問題ないだろう。それに、人の目を気にせず相談が出来るのは、寝所くらいだ」
「それはそうですけれど」
〝他の妃の皆様へのフォローも忘れないで下さいね〟と、ラリーサが釘を刺す。
「後宮の平和の一端を、アル様も担っているということをお忘れなく」
茶目っ気を交えて紡がれた言葉に、アリスタルフは微苦笑を浮かべる。そして〝わかっている〟と答えると、ラリーサの細躯を抱き寄せ、その胸元に顔を埋めて瞳を閉じた。
【皇位継承権序列】
第一位 ⇒ エルモライ(3歳)。アリスタルフの子。第一皇子。
第二位 ⇒ ルフィナ(12歳)。先帝の第一皇女。正妃の子。
第三位 ⇒ イサーク(5歳)。先帝の第一皇子。側妃の子。
第四位 ⇒ ネストル(30歳)。先々帝の第二皇子。
第五位 ⇒ ヴェネジクト(23歳)。先々帝の第四皇子。
こんな感じ。




