20.祝いの宴①
時間なくて、短めです!
成婚の儀から、一日置いて行われる祝いの宴。日が落ち始めた頃に始まるというそれは、帝国内の貴族たちが集まるだけでなく、有力な商人たちも招待されているという。
「今回は、俺が専属としている商会にドレスを頼んだが、もし他に気になる商会があれば話を聞いてみるといい」
宴に向かうため、ラリーサの元を訪れたアリスタルフが言う。
「このドレスも、とても素敵です」
にっこりと笑みを浮かべたラリーサが、ふわりとドレスの裾を揺らした。今宵の宴に合わせてアリスタルフが用意してくれたドレスは、蒼を基調として銀糸の刺繍やレースで彩られたプリンセスラインのものだ。落ち着いた色合いでも地味というわけではなく、〝后〟に見合う気品と華やかさがある。結い上げた黒髪を銀色に輝くティアラが飾り、胸元や耳元にはダイヤのアクセサリーが輝く。
そして、アリスタルフが身に着ける礼服は、黒を基調とした落ち着いた色合いのもので、差し色に金糸や銀糸で刺繍がされており、手首を飾るカフスには品の良い黒真珠が使われていた。
二人が並んだ姿を見れば、皆一目で気づくだろう。二人の意匠が、互いの瞳の色と髪色を元にしているのだと。
「よく似合っている」
ラリーサに右手を差し伸べたアリスタルフに、ラリーサは〝アル様も素敵です〟と微笑む。
「でも、少し残念ですね。私の瞳と髪の色が黒でなければ、もう少し華やかな装いになったのに……」
〝黒もかっこいいですけれど〟と小さな息を吐いたラリーサに、アリスタルフが〝俺は、このくらいがちょうどいいと思うが〟と笑う。
「では、そろそろ行くか」
「そうですね」
すっとアリスタルフの肘に手をかけて、ラリーサはその傍らに並び立つ。
「ご挨拶の順序は、皇太后様からでよろしいのですよね?」
「あぁ。まぁ……出席していたらの話だが」
〝最近は、この手の宴には姿を見せない〟と続けたアリスタルフが、ゆっくりと歩き出す。
「皇太后は、自分の子を……ヴェネジクト兄上を皇帝にしたかっただろうからな」
〝俺の成婚を祝う場になど、顔を出したくないだろう〟と続けたアリスタルフに、ラリーサが〝難しいですわねぇ〟と困ったように小首を傾げる。
「先々帝の〝后〟としての、プライドでしょうか」
〝私には、わからない思いですけれど〟と僅かに抑えた声で呟き、ラリーサはアリスタルフにエスコートされて自室の外に出る。
「リーサは、皇位に興味がなさそうだな」
「あら。アル様だって、皇帝など早く辞めてしまいたいのでしょう?」
クスクスと笑声を零し、〝権力に興味のない者同士が皇帝と皇后なんて、面白いですわね〟とラリーサが告げる。
「早く隠居して、肩の荷を下ろしたいものだな」
「そのために、頑張りましょうね」
にっこりと笑みを深めたラリーサに、アリスタルフが微苦笑をとともに〝そうだな〟と頷きを返す。そんな二人の後ろに付き従っていたミハイルとマルファが、同時に溜息をついた。
「お二人とも、誰の目があるかわからない場で、不用意な発言はお控えください」
「そうですよ。反皇帝派の者の耳に入ったら、どうするのですか」
〝余計にややこしいことになりますよ〟と続けたマルファに、アリスタルフとラリーサは軽く肩を竦めると〝以後、気を付ける〟と笑って返した。
◆◆◆
宴に使われる広間には、すでに皇帝皇后以外の皇族たちや貴族たち、商会の長たちが集まっている。ミハイルが先に行き、アリスタルフとラリーサの訪れを告げた。流麗な音楽が広間に流れ、二人はゆっくりと歩を進める。入口を抜ければ、一気に視界が開ける。ホールから緩やかに伸びる階段の上――広間を見下ろせるに位置立った二人に、そこにいる者たちがゆっくりと頭を垂れる。頭を下げていないのは、数名――皇太后とアリスタルフの腹違いの兄であるヴェネジクトくらいだろうか。
二人はにっこりと互いに微笑み合うと、ホールへと続く階段を一歩一歩優雅な足取りで降りていく。
「……皇太后様、いらしてますね」
こそりと小さな声で告げたラリーサに答えるように、アリスタルフの手が己の肘にかかるラリーサの手をポンと優しく叩いた。
「この度は、ご成婚おめでとうございます」
「ありがとうございます。皇太后陛下」
にっこりと笑みを浮かべた皇太后に、ラリーサはトリーフォン帝国の作法に則った美しいカーテシーを見せる。
「皇太后陛下に祝っていただけて、この上ない喜びです」
〝ね?〟と傍らのアリスタルフへ微笑みかけたラリーサに、アリスタルフも柔らかな笑みを返す。
「お二人とも、よくお似合いよ。年上の王女が嫁いできたというから、どうなることかと思っていたけれど」
〝良好な関係を築けているようで、何よりです〟とチクリと突いてきた皇太后に、ラリーサはにこにこと笑みを絶やさぬままに〝ご心配痛みります〟と悠然と言葉を返す。
「誠心誠意、アリスタルフ陛下にお仕えしていく所存ですわ。私が出来ることならば、どんなことでもお力をお貸ししたいと思っておりますの。陛下の〝后〟として、帝国をより良い国とすべく尽力致しますわ」
「頼りにさせてもらおう。私は、本当によい〝后〟を得たと思っている」
ラリーサのコメカミへ掠める程度のキスを贈り、アリスタルフは〝では、宴をお楽しみください〟と笑みを向けて、その足を少し離れた位置に佇んでいるヴェネジクトへと向けた。
「さっそく、チクリとやられてしまいましたわね」
己の傍らで面白そうに笑うラリーサが、なんとも頼もしい。
「嫌な気分にさせたな」
そう告げたアリスタルフに、ラリーサは〝あら。あの程度、なんてことないですわ〟と言って笑みを深めると、〝他にどんなことを言われるのか、今から楽しみです〟と言い放つ。
「キーラと、言われそうな言葉を予想したのですよ。どちらの予想が多く当たっているか、勝負をしているのです」
「なんだ。面白いことをしているな。次は、俺も仲間に入れてくれ」
「いいですよ。絶対に、負けませんから」
〝うふふ〟と勝気な笑みを浮かべて、ラリーサはアリスタルフの顔を見上げると〝潜ってきた修羅場が違いますわよ〟と言って片目を瞑った。




