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1.第一王女

本編スタートです!

 東の空が薄っすらと白み始め、夜が明けていく。王宮内の少し高台にある己の離宮。イリダール王国の第一王女であるラリーサ・イリダールは自室の窓枠に腰掛け、明けゆく空をぼんやりと見つめていた。自室の窓から見る夜明けを――美しい朝焼けを見るのが、眺めるのが好きだ。早朝の静寂の中、日の光が街を照らしていく様を美しいと思う。


 〝創造主〟の御手によってこの世界が形作られた原初の頃から存在する国――イリダール王国。小国だが、海に面しており規模は大きくないが港を持ち、それなりに商人の出入りも多い。温暖な気候にも恵まれ農作物の実りも良い方で、国民たちが日々食べるものに困らない程度には国庫も潤っている。小国ながらも安定した豊かな国――というのが、周辺国のイリダール王国に抱く印象だろう。

 その印象は決して間違っていないと、朝焼けを眺めながらラリーサは思う。この国は豊かだ。決して国土は広くはないが、小国ゆえの幸福というものがこの地には確かにある。原初の時代から、イリダール王国がその国土を広げたことは一度もない。逆に、狭めたこともない。


 イリダール王国の国政の核にあるのは「自国民の幸せを第一に考える」こと。


 国土を広げようと兵をあげれば、同時に国民を疲弊させる。最低限の軍備は整えているが、それは国を守るためであり、他国を侵略するための力ではない。そして、自国を他国の侵略から守るために、歴代の王たちは外交努力を怠ることなく続けてきた。その努力の結果として、今のところ周辺諸国とはよい関係を結べている。

 とはいえ、長い歴史の中で危機は何度かあった。それを回避もしくは退けることが出来たのは、イリダール国が他国と比べて〝創造主からの贈り物〟を宿す国民の数が多いからだろう。


 ラリーサは遠くの山々の隙間から姿を見せた太陽に、〝黒翡翠〟と評されることの多い綺麗な瞳を僅かに細める。この部屋から見る朝日がお気に入りだったのだけれど、それも今日で見納めだ。少し淋しいと思う。そして、新たに向かう地からも素敵な朝日が見えればいいと望む。〝ほぅ〟と小さく息を吐き、ラリーサは朝日から目を離すと、預けていた窓枠から腰を上げる。肩にかけていたストールの位置を直せば、入口近くで静かに控えていてくれていた侍女――己の乳母であり、今では筆頭侍女を勤めるマルファが静かに声を掛けてきた。

「もうよろしいのですか?」

 その声に〝うん〟と首を縦に振り、ラリーサは〝一番美しい瞬間は過ぎてしまったから〟と微笑む。そして、くるりと自室の中に視線を巡らせる。元々、部屋に物を置かない性質ではあったけれど、さらに淋しくなった部屋。必要なものはすでに纏められ、〝隣国〟へと出発した。今、室内にあるのは、この部屋に置いていく家具と今日身に着ける衣服とアクセサリーだけだ。

「……こうして改めてみると、結構広い」

 小さく笑って、ラリーサは鏡台の前に腰を下ろす。マルファによって用意された温めの湯で顔を洗い、あとは侍女に身を任せるだけだ。使い終わった湯をマルファが下げる。そして、代わりに数人の侍女がラリーサを囲んだ。

「……ラリーサ様の髪を梳かすのも、今日が最後だと思うと淋しいですわ」

 ラリーサの腰の当たりまで伸びた長い髪をそっと手にとり、櫛を通す年嵩の侍女が小さく声を詰まらせた。癖のないストレートな黒髪は、どんなにコテで巻こうともすぐに真っすぐに伸びてしまう。その代わり、変に絡むことはなく櫛の通りは良いのがせめてもの救いだろうか。

「髪を結うのは、私にさせていただけますか?」

 鏡台の上に髪飾りを並べながら年若い侍女が潤んだ瞳を向けてきたのに、ラリーサはにこりと笑みを深めると〝もちろん〟と頷く。どこかしんみりとした雰囲気の中、化粧の準備をしていた侍女がぐずりと小さく鼻を鳴らした。淋しくて仕方がないという感情を抑えきれないでいるラリーサ専属の侍女たちに、侍女頭であるマルファが苦笑を浮かべる。

 平素であるならば筆頭侍女の立場から注意の一つもありそうな状況だが、皆の気持ちを慮ってか、マルファは苦笑しただけで何も言わなかった。

 長く己に寄り添ってくれた仕事の出来る信用に値する侍女たちだ。そのほとんどと別れなければならないのは、ラリーサも淋しい。ラリーサの専属侍女たちのほとんどは、明日から配属先が変わる。それだけでなく、もう会えない可能性の方が高いのだ。ついには、ポロポロと涙を零し始めてしまった一番年下の侍女に、ラリーサは〝あらあら。まぁ〟と笑って鏡台の上に置かれていたハンカチを手にとった。涙で濡れる侍女の頬をそれで拭ってやれば、〝ず、ずみまぜん〟と鼻声で謝られて、つい声を零して笑ってしまう。

「出来れば、皆には笑っていてほしいのだけれど」

 そう言って、ラリーサはいつの間にか全員集合していた侍女たちを見回す。そして、ゆっくりと座っていた椅子から立ち上がると、傍にいた古参の侍女をそっと抱きしめた。

「そうね。この部屋を出たら、ゆっくりあなたたちと言葉を交わすことが出来ないわね」

 〝今までありがとう〟と告げたラリーサに、抱き締められた侍女が感極った声を震わせラリーサの名を呼んだ。


 ラリーサは今日、生まれ育った国を離れ、隣国へ向かう。連れて行くのは、専属侍女と専属騎士を合わせても二十名ほどだ。あとの者たちは、この国に残していく――ラリーサと入れ替わりで、イリダール王国に嫁いでくる隣国の皇女のために……。


 ラリーサが残していく侍女たちと言葉を交わし終えたタイミングで、マルファがパンパンと手を鳴らして〝さぁ、姫様の準備を再開しましょう〟と皆を促す。その声に気を取り直すように表情を引き締め頷いた侍女たちの表情は、己の仕事に誇りをもっている者のそれだ。

 再び鏡台の前に戻ったラリーサの顔に、数名の侍女が化粧を施していく。迷いのない動きで、丁寧に丁寧に……。化粧を終え、立ち上がったラリーサの身から寝着が脱がされ、変わりに今日に合わせて新調したドレスが着付けられていく。薄い紫色のシンプルなベルラインのドレス――大好きな朝焼けの色。自分にとって、新たな始まりとなる日にちょうどいいだろうとその色を選んだ。

 コルセットはいつもより少し緩めで、ドレスを身に着けたラリーサが再び鏡台の前に戻り、先ほど〝髪を結わせてほしい〟と申し出た侍女がその背後に立つ。

「今日は、どのように致しましょうか?」

 侍女の問い掛けに、ラリーサは〝シンプルなものでいいわ〟と答える。

「馬車に乗って移動するだけだし」

 そう続けたラリーサに、マルファが〝ダメですよ〟と嗜める。

「民たちに、姫様の出立日は告知されていますから。少なくとも、城下を抜けるまでは見送りの民たちが途切れないでしょう」

 〝少し華やかになるように結いましょう〟と告げ、マルファが事前に選んでいたダイヤモンドの周りに白い真珠があしらわれた髪飾りの傍に、小ぶりの真珠のついたピンの束を置く。マルファの意見に、ラリーサが〝それでいいわ〟と興味無さげに答え、ラリーサの黒髪に触れた侍女がいつもと変わりない二人のやり取りに小さく笑う。 

 癖のない真っすぐな髪は扱いにくいだろうに、侍女は迷いのない手つきでラリーサの髪を結い上げていく。高い位置から編み下ろした髪を一つに纏め、鏡で位置を確認しながらダイヤと真珠のついた髪飾りやピンで飾り立てていく侍女に、ラリーサが〝もうその辺で〟とストップをかける。

「まだ、真珠のついたピンが残っていますよ」

 不満そうな侍女に〝全部つけなくちゃいけないわけじゃないでしょう〟と笑って、ラリーサが残った真珠のピンを手に取り立ち上がる。

「私からあなたたちに下げ渡すのは、これが最後ね」

 ニコリと笑って、ラリーサは手にした小ぶりの真珠のついたピンを残していく侍女たちへと手渡していく。そっと手のひらに乗せられた真珠のピンに、再び侍女たちの瞳に涙の膜が張る。

「大事にしますっ」

 ぎゅっとピンを抱き締めて声を詰まらせる侍女たちに〝ありがとう〟と笑みを深めて、ラリーサは己の手の中に残った真珠のピンの本数を数える。そして、足りない分を鏡を見ながら己の髪から抜くと、〝これは、護衛騎士たちの分ね〟と言ってマルファに預ける。

「騎士たちには、出立の時に渡したいから、騎士団長と調整するようにキリルに伝えてちょうだい」

 ラリーサから真珠のピンを預かったマルファが〝かしこまりました〟と一礼する。それに小さく頷きを返して、ラリーサはほっと一つ息をつくと〝しておきたかったことは、一通り済んだかしらね〟と心の中で独り言ちる。そして、ぐずぐずと鼻を鳴らしながら片付けを始めた侍女たちを見守りながら、〝さて、そろそろかしら〟と自室の扉の方へ眼をやった。


 コンコンコン。


 タイミングよく扉がノックされる。ふわりと笑みを深めたラリーサが、〝来たわね〟と扉の方へと歩み寄る。侍女によってゆっくりと開かれた扉の向こう側に現れた四つの顔に、ラリーサは〝うふふ〟と笑みを深めると〝あらあら、まぁ。今日は全員で来たの?〟と己をエスコートするためにやってきた年の離れた弟たちへ声をかけた。



ある程度ストーリーが進むまでは、頑張って更新頻度あげていきます!

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