15.衣装合わせ
「まぁ」
「とっても素敵ですっ」
婚礼の衣装を着たアリスタルフとラリーサを前に、侍女たちが頬を赤らめ感嘆の吐息を漏らす。白を基調とした礼服は、アリスタルフの銀色の髪と相まって、凛然とした雰囲気を醸し出している。これで、髪をしっかりとセットすればその静謐さはさらに増すだろう。
「もう少し、刺繍の金が濃くてもよかったかもしれませんね」
興味なさそうな表情で鏡の前に立つアリスタルフの姿を頭の天辺から爪先までをじっくりと確認し、ミハイルが顎に手を添えて小さく唸る。
「これで問題ないだろう」
〝成婚の儀まで、一ヶ月を切っているだぞ〟と些か面倒くさそうに溜息をついたアリスタルフに、ミハイルが〝そうは申されましても〟と渋い表情を作る。
「正妃を迎えるのですよ。完璧なお姿で挑んでいただきたいではありませんか」
そう言って、ミハイルはアリスタルフの専属の針子たちと相談を始めてしまう。
「あまり無茶ぶりはするなよ。俺は、満足している」
見知った針子たちに〝よい仕事をしてくれた〟と労った後、アリスタルフは隣に立つラリーサへと視線を向ける。ラリーサが身に着けているのは、マーメイドラインの純白のドレスだ。どちらかというと長身で、すらりと手足の長いラリーサにとてもよく似合っている。あまり人前で肌を見せるのもよろしくないだろうという気遣いからか、デコルテ周りから手首の当たりまでレースが使われており、まるで地肌に刺繍が施されているようだ。そして、そのレースは後ろに長く裾を引くスカート部分まで続き、惜し気なくたっぷりと使われている。ラリーサが動くたびにキラキラとドレスが煌めいて見えるのは、宝石の欠片が縫い付けられているからだろうか。
「少し地味ではありませんか?」
ラリーサを取り巻く侍女たちが些か物足りなそうに告げるのに、ラリーサは〝そうかしら?〟と苦笑する。
「このくらいの方が、陛下からいただいたアクセサリーが映えると思うのだけれど」
こてんと小首を傾げたラリーサに、互いに互いの顔を見合わせた侍女たちが〝それもそうか〟と頷き合う。
「では、陛下もいらっしゃいますし、アクセサリーも選んでしまいましょう!」
「髪型も決めてしまいたいです!」
「陛下!もう少しお付き合いいただいてもよろしいでしょうか?」
やる気満々といった様子で意気込む侍女たちの勢いに押され、アリスタルフが〝あぁ、構わない〟と首を縦に振る。それに〝よっしゃ!〟とでもいうように気合を入れた侍女たちが〝アクセサリーを持って参ります〟と筆頭侍女であるマルファとその補佐をしているカルロッタを残して退出していった。キャッキャッと楽しそうな侍女たちの間には、すでにイリダールだのトリーフォンだとのいった壁はないように見える。
「よく纏め上げたものだな」
関心するアリスタルフに、ラリーサが〝何がですか?〟と小首を傾げる。
「侍女たちだ」
端的に答えたアリスタルフに、ラリーサが〝あぁ〟と小さく頷き、マルファとカルロッタへ視線を向ける。
「マルファとカルロッタが頑張ってくれました」
微笑むラリーサに、二人は〝恐れ多いことでございます〟と頭を下げる。
「ラリーサ殿下の元は、働きやすいと皆が理解したのだと思います」
カルロッタが口元に笑みを浮かべ、〝殿下は、私共をよく気遣ってくださるので〟と続ける。
「ほぅ。どのように気遣っているのだ?」
〝興味がある〟と、アリスタルフがラリーサを見やる。
「大したことはしていませんよ。お休みをしっかりとってもらうとか、休憩時間にはお茶とちょっとしたお菓子を用意するとか……くらいでしょうか?」
「ふむ。茶と菓子、か……」
〝それは、嬉しいものか?〟と、アリスタルフがカルロッタへ尋ねる。
「侍女には、若い娘が多いですから」
「ご参考までに。護衛騎士たちには、訓練時に軽食と飲み物を差し入れておりますよ」
「そうか。例えば、相手が文官であったなら、貴女は何を差し入れる?」
「文官たちですか?そうですねぇ……」
アリスタルフの問いに、ラリーサは頬に手を添えて軽く首を傾げると〝侍女たちと同じでしょうか。菓子の種類は少し変えると思いますけれど〟と答える。
「どんなに忙しくても、休憩は取った方がいいですよ。その際に、お茶とお菓子を出します」
〝短い時間でもリフレッシュは大事ですよ〟と続けたアリーサに、アリスタルフは〝なるほど〟と頷いて針子との話し合いを終えて戻ってきたミハイルを見る。
「彼女の意見を取り入れたいと思うが、どうだ?」
「三十分程度でよろしければ」
「まずは、それでいい」
〝それ以上の時間を休憩に当てるほどの余裕が、今はないからな〟と苦笑を浮かべたアリスタルフが、ラリーサに〝貴女が正妃となる日が待ち遠しい〟と告げる。
「まぁ。それは、早く執務を手伝ってほしいという催促ですか?」
クスクスと笑いながら告げたラリーサに、アリスタルフが〝いや……すまない。今のは、失言だったな〟と苦い笑みを浮かべ、ラリーサの肩にかかった髪をそっと後ろへ流す。
「確かに、貴女の助力を期待していないといったら嘘になる。だが、貴女と夫婦となり、ともに過ごす日々が楽しみだということも伝えておく」
〝貴女は面白い〟と続けたアリスタルフが、〝先日の貴女との打ち合いも楽しかった〟と笑う。
「私も陛下との打ち合いは楽しかったですわ。また、御手合せをお願いしたいです」
「こちらこそ。しっかりと鍛錬をしておかないと、貴女に負かされてしまいそうだ」
〝貴女の剣の腕には恐れ入った〟と微苦笑を浮かべたアリスタルフが、ラリーサへと手を差し伸べる。
「侍女たちが戻るまで、座って話でもしないか」
「喜んで」
にこりと笑みを深めて、ラリーサがアリスタルフの手に己の手を重ねる。礼服やドレスに変な皺がつかないようにミハイルやマルファたちに気を遣われながら二人掛けのソファーに座り、アリスタルフとラリーサはにこりと柔らかな笑みを交わし合った。
◆◆◆
「後宮の私室の方は、整ったのか?」
アリスタルフの尋ねに、ラリーサは〝はい。なんとか〟と頷く。
「しかし……本当に、家具の新調をしなくてもよかったのか?」
僅かに眉尻を下げたアリスタルフに、ラリーサは〝新品だからよいという事もありませんでしょう〟と笑った。
ラリーサは、後宮の部屋を整えるにあたり、アリスタルフに一つお願いをした。過去の正妃たちが使用していた家具がもし残っていたら、見せてもらえないかと。歴代の正妃が使用していた家具のいくつかは、皇宮の蔵に眠っていた。ラリーサは、その中から己の好み合う家具を選び出し、それを後宮の部屋へ運ばせたのだ。結果、今回新調した家具は一つもない。
「歴代の正妃の皆様が使用していた物ですし、格としては問題ありませんでしょう?それに、皆様とても大切に使われていたようで。保管状態も悪くありませんでしたし」
「貴女は、欲が無いのだな」
「あら。そんなことはありませんよ」
〝私にだって、人並みに欲はございます〟と、ラリーサが笑う。
「例えば?」
「そうですねぇ。帝都で人気のパティスリーの新作ケーキとか、食べてみたいです」
〝皇宮のフェフの作るスイーツも美味しいのですけれど、それはそれとして〟と言って、ラリーサが胸の前で手を合わせる。
「というわけで、お忍びで帝都を視察してみたいです」
「お忍び?」
「はい。お忍びで」
ニコニコと笑うラリーサに、アリスタルフがぱちくりと瞳を瞬かせる。
「陛下は、お忍びで帝都に遊びに行ったりはしないのですか?」
「……姫様。本音が漏れております」
〝視察〟ではなく〝遊びに〟と言ったラリーサを、マルファが溜息交じりに窘める。
「あらあら、いけない。つい」
パッと口元を右手で隠したラリーサが、〝ふふふ〟と誤魔化し笑いを見せる。
「お忍びで〝視察〟か……」
〝それは、楽しそうだな〟と呟いたアリスタルフの背後で、ミハイルが嫌そうな顔をする。
「止めて下さい」
「なぜだ?」
「あら、なぜ?」
止めに入ったミハイルに、アリスタルフとラリーサの声が重なる。
「帝都の様子を直に見るのは、重要よ?」
「ラリーサ殿もこう言っているが?」
「……必要な情報は、私が集めて参りますので」
「雰囲気を直に感じることが大切なのよ?」
「こう言っているが?」
「……マルファ様」
じっと見つめてくる二人の視線に耐えかねたミハイルが、マルファに助けを求める。しかし、それにマルファは諦めとともに首を横に振る。
「下手に止めて、勝手に抜け出されるよりマシですよ」
〝ラリーサ様は、本当に抜け出されますからね〟とどこか遠い目をしたマルファを、アリスタルフが面白そうに見つめる。
「そうか。ならば、貴女が抜け出す時は、俺にも声をかけてくれ」
ニヤリと悪戯っ子のように笑ったアリスタルフに、ラリーサが〝もちろんですわ〟と笑顔で請け負う。そんな二人に、ミハイルが僅かに顔を引きつらせて〝絶対にやめてくださいっ!〟と声をひっくり返した。
昨日は、体調不良にて更新できませんでした……。




