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13.顔合わせ

足固めの第一歩

「そもそも。姫様に〝お飾り正妃〟など、土台無理なのですよ」

 アリスタルフの元から戻ってきたラリーサと随行していったキリルから話を聞いたらマルファが、溜息を付きながら〝やれやれ〟と首を横に振る。そんなマルファの態度に、ラリーサは不服そうに唇を尖らせる。部屋に戻るや否や靴を脱ぎ捨ててソファーに座ったラリーサへ、キーラが〝新しい侍女と騎士の一覧です〟と数枚の書類を手渡した。

 当初、ラリーサに新しく付けられる侍女と護衛騎士との顔合わせは分けて行われる予定だったのだが、アリスタルフとの面会が優先的に予定にねじ込まれたため、同時に行うことになったのだ。

「私だって、謁見の間で投げつけられた言葉をそのまま表したような性格の方だったら、〝お飾り正妃〟に徹しようと思ってたのよ」

 〝でも、そうじゃなかったんだもの〟と、ラリーサは受け取った書類に目を通しながらほんの少し頬を膨らめる。


 己の意に添わぬ王妃を下に見て、人ひとり尊重も出来ないような男であれば、形ばかりの〝お飾り正妃〟に徹することにしていた。皇帝の求める〝正妃〟を演じ、それ以下でも以上でもない〝正妃〟として、のんびりとした日々を過ごすつもりでいたのだ。

 しかし、アリスタルフはそうではなかった。謁見の時の発言を素直に詫び、己の非を認めて頭を下げてきた。皇帝となるべく育てられたわけではない王子が、皇帝として国を治める。そのプレッシャーたるや相当のものだろう。前もって皇帝となると決められていたとしても、己の肩に国の全てが圧し掛かってくると思えば尻込みもするものだ。そして、そのプレッシャーを感じない者は〝為政者〟には向かないとラリーサは考える。


「迷いながら前に進もうとしているって、わかっちゃったのよ。私に手伝えることがあれば、手を差し伸べたくなるじゃない」

 〝一応、政務のノウハウはお祖父様たちに叩き込まれてるし〟と続けたラリーサに、マルファが〝お人よしですねぇ〟と苦笑する。

「リーサ様は、年下に頼られると弱いですよね」

 クスクスと笑声を零しながら、キーラがラリーサの足元に靴を置く。

「うまく利用しようとしてるのではないですか?」

 リンマが〝まだ信用は出来ません〟と告げる。それに〝別に、利用されることくらいなんとも思わないわよ〟と、ラリーサが手元の書類から顔を上げた。

「うまく利用してくれるなら、どんどん利用してくれていいのよ。一応、〝正妃〟として嫁すのだし。それで国が上手く治まれば、問題ないでしょ」

 一通り目を通した書類をキーラへ返し、ラリーサは一つ息を付きながらソファーに背を預ける。

「何はともあれ、まずは足元を固めないとね」

 そう言って、ラリーサは部屋に集まった――イリダールから連れてきた侍女と護衛騎士たちを見やる。

「うまく関係を構築してくれないと困るわよ」

 にっこりと笑みを深めたラリーサに、侍女たちが〝畏まりました〟と頭を垂れ、騎士たちが胸に拳を軽くぶつけて目礼する。

「とはいっても、トリーフォン側に壁作られたら、どうしようもなくないですか?」

 キーラの懸念に、ラリーサは〝あら。私の筆頭侍女と筆頭護衛騎士は、生粋の人たらしだと思ったのだけれど〟とコロコロ笑う。

「……その言い方には、少々悪意がありますよ」

 小さな溜息をついて告げたキリルに、ラリーサは〝頼りにしてるわね〟と笑みを深めた。


◆◆◆


 顔合わせをする人数が増えたため、謁見の場はラリーサの部屋ではなく、それなりの広さがある離宮のエントランスを使うことになった。マルファやキリルたちイリダールからの従者たちを連れて、ラリーサはエントランスに続く階段をゆっくりと下りていく。眼下では、アリスタルフとミハイルが選んだのであろう侍女と護衛騎士が整然と並んで頭を垂れて待っていた。人数は、ラリーサが連れてきた者たちの倍ほどはいるだろうか。

 〝あまり人数が多いのもいろいろと大変なのだけれど〟と、ラリーサは内心で溜息をつく。とはいえ、少なすぎるのも正妃としてよくないのも理解している。アリスタルフからは、合わないと思った者は入れ替えてもよいと言質をもらっている。成婚の儀までの半年で、いくらか篩にかけられるだろうか。

 トンと最後の一段を降りきったリーサが、数歩前へと歩み出る。その背後、左右に分かれるようにしてイリダールの侍女と護衛騎士が横並びに立った。

「皆様。どうぞ、顔を上げてくださいな」

 ニッコリと笑みを作り、ラリーサはトリーフォンの者たちへ声をかける。ラリーサの許しを得て、ゆっくりと顔を上げた侍女と護衛騎士たち。ラリーサを見つめる瞳には、ラリーサを窺うような――自分たちの主として仕えるに値する者なのかどうなのか値踏みするような色が浮かんでいる。まぁ、それも当然だろう。隣国からやってきたばかりの王女を、最初から信用しろという方が無理な話だ。顔を上げた者たちの顔をゆっくりと丁寧に見回して、ラリーサはふわりと笑みを深める。

「ラリーサ・イリダールと申します。陛下にお願いして指南役を付けていただくことになっておりますが、トリーフォンの作法にはまだ慣れておりません。何か間違いがあれば、都度教えてくださいね」

 〝よろしくお願いします〟と続けたラリーサに、皆が〝畏まりました〟と一礼する。

「ありがとうございます。私の侍女、護衛騎士として、イリダールもトリーフォンも関係ないと思ってますので、皆様、〝仲良く〟お願いしますね」

 ニコニコと笑みを絶やさぬままに〝仲良く〟を強調して告げたラリーサが、己の両側――一歩引いた位置に佇むマルファとキリルを見やる。ラリーサからの視線に軽く一礼して、二人が一歩前へ進み出た。

「二人は、私の筆頭侍女のマルファと筆頭護衛騎士のキリルです。私は、今後も〝筆頭〟を変える気はありません」

 はっきりと言い切ったラリーサに、トリーフォン側の侍女と護衛騎士たちが戸惑ったように互いに目配せをする。

「これは決定事項です。アリスタルフ陛下にもお許しをいただいております」

 トリーフォン側から異論が出る前にと、ラリーサは先手を打ってアリスタルフの名を出す。時間は有限だ。やることは詰まっているのだ。余計な口争をしている暇などない。

「オーケンソン伯爵夫人」

 ラリーサは、トリーフォン側の中で一番年嵩の侍女の名を呼ぶ。

「はい。ラリーサ王女殿下」

 不満気な雰囲気はあるものの一歩踏み出して膝を折った侍女――カルロッタ・オーケソンへ、ラリーサは〝数名侍女を選んでください〟と告げる。

「この後、成婚の儀で着るドレスの仮縫いがあるのです。トリーフォンとイリダールから、数名ずつ侍女を連れて行きます。護衛の騎士も2名ずつ連れて行くことにします」

 〝護衛騎士は、皆で意識の共有をしておいてください〟と続けて、ラリーサはゆっくりと踵を返す。

「では、選ばれた者は、一時間後に私の部屋に来てください。それまでは、皆で交流を持つように。マルファとキリルは、皆を纏めてください」

 〝キーラとリンマは、私についてきて〟と告げたラリーサに、キーラとリンマが一礼する。それにニコリと笑って頷いて、ラリーサはゆっくりと踵を返すと先ほど降りたばかりの階段に足をかけた。

トリーフォン側は、不満いっぱい。


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