国盗り武闘大会
「国盗り武闘会と雨ノ国の歴史……ですか?」
「数百年前から行われている。社会の授業で習わなかったかね?」
「少しだけ習いました。10年ごとに開催されてて、その優勝者が国長の地位に着くって」
「その通りだ。……その本にも書いてある通り、前回は極めて異例だった」
「異例……ですか?」
眉根を寄せ、腕組をしながら重々しく頷くチナミに、スクナはきょとんと幼い顔をさらした。
勝ち抜き戦で最後に前回の勝者である大総統と戦うという単純なシステムであるはずの武闘会に、何が異例だったと言うのか。身体ごと傾けて全力で疑問を呈するスクナに、チナミはふっと力を抜いた。
何を思ったのか、その花のかんばせをスクナに近づける。ふわりと甘い匂いがした。
「前回は現大総統が現れた瞬間。すべての挑戦者が彼に降伏したと言われている。結果、彼はその実力を見せることなく大総統の地位に納まったと」
「何が起こったんですか?」
「わからない。ただ、そこに居たものはこう語ったよ」
「なんて?」
「あれは悪魔だ。まるで食われるように支配された。とね」
「悪魔……ですか」
声をひそめながら言うチナミは、まるで怪談でも語っているかのような密やかさでスクナに囁いた。
それから顔を離し、にぱっと明るく笑って見せると、まあ一部の意見だからねと口に人差し指を当てた。
さっきまでの態度との差に目を白黒させているスクナを置いて、チナミは自分のデスクへとぎこちなく踵を返す。その後姿にどこまでが冗談だったのかと頭を捻るスクナ。十数歩で自分のデスクについたチナミは、ぎいいいいと重い音を立てて椅子にゆっくりと腰かけ、スクナを振り返った。
「それ以来、ほぼ独裁的と言ってもいい政治体制らしいぞ。不満者が表立っていないのがおかしいところだが……今年も武闘会は開かれるが、彼の独壇場だろうと言われている」
彼自身、かなり人気があるらしいぞ。どこか含んだような笑みでチナミは言う。それが本当かどうかは、すぐにふわとあくびをかみ殺す様にフリルたっぷりの袖で口元を覆ってしまったためスクナにはわからなかったが。
ただ疑問点を、チナミに向かってぶつけてみる。
「悪魔って、何でですか?」
「瞳がね、金色だったらしい」
「それって!」
「ああ、たぶん遊子だろうと私は睨んでいるが。君、人の成り立ちの神話を知っているかね?」
「はい、一応。創造主様は右手で人を、左手で悪魔を生み出したんですよね?」
「そうだ。互いを抑止力として生み出したはずが、人は悪魔にそそのかされ知恵の実を食べ、戦争を起こすようになった。そのそそのかした悪魔の瞳が」
「金色、だったんですよね」
「そうだとも。故に悪魔だと言われているのさ。」
頭の固いその方はどれだけ私が言っても悪魔だと譲らなくてね。くすくすとチナミが笑う。どこか含んだような笑い方気になったが、スクナにはまだそこまで踏み込む勇気はなかった。
だからせめてチナミにそんな顔をして欲しくなくて。ただほんやかと笑いながら、スクナはチナミへと違う話題を返した。




