待っている人のところへ
「帰ろう、待っている人のところへ。『汝の持ちたる謎を問う』」
遊子の身体がかたかたと震えだす。苦し気に身体をくの字に曲げて、やがてびくんとひときわ大きく震えたところで、耐えきれなくなったかのようにその紅唇が開かれる。
ためらう小さな声が。金色の瞳を通して、耳を通して2つの同じ声がぴたりとスクナの中で重なった。
「『おてんとうさまを見ると、冷や汗をかいて小さくなって、やがていなくなるのだあれ?』」
鈴鳴る声で、遊子は言った。脳裏に走る声と耳から入ってくる声は1つに重なって、重なっている分だけ、帰りたいと懇願にも似た気持ちが強い気がした。
ぐっと胸が詰まる。帰してあげたい。彼女が望むところへ。
その気持ちだけしか、今のスクナには考えられなかった。
チナミが腕を組み、たくさんある図書館の椅子に腰かけるのを目の端で見ながら、スクナは金色の瞳を見続けた。願いに揺れる、その金色を。
(おてんとうさま。太陽。太陽で小さくなる。小さくなり続けると……消える? いなくなる? なんで? 小さくなる、消える……溶ける? そう。溶けると小さくなって消える)
核心を突いたとき、金色の瞳が湖面のように潤みだすのを見た。今にも零れそうなそれをぎゅっと口を真一文字に結んで耐えている様子に、スクナは笑いかけた。
大丈夫だよ、絶対帰れるから。と心を込めて。
金色が驚いて丸くなる。それを見ながら、スクナは思考に戻る。
(太陽で溶けるのは……アイス、とか? 氷? 雪? でも『冷や汗』って言ってた。人に当てる言葉だよね? 人に近いもの。人に近い……氷……雪? 雪ウサギとか? いや、動物だし。雪……もしかしたら)
その瞳が耐えきれなくなったようにほろりと涙をこぼしたのと同時に、スクナは叫んだ。
「雪だるま!」
「『正解です』」
ふわりと紅い唇が弧を描く。花の顔がふわりと咲いた。
宙を漂っていた光が本棚や本をスクナ達を避けるように落としながら遊子へと収束する。
ごおおおおおおんと轟音が響いて最初に本棚が落ちた。それに続くようにごとごとと光という支えを失った数百冊の本たちが床へと散らばっていった。
呆然とそれを見て、とっさに振り向いてチナミが無事かを確認する。
全力で頬を引きつらせ、目を虚ろにさせて、いまだごとごとと落ちてくる本の中にチナミはいた。もちろんスクナと同様に本はチナミを避けているようだったから、ほっと一安心して視線を遊子に戻すと、ゆっくりと収束した光とともに光の粒子となり、解けていくところだった。
「ありがとうございます『スクナ』」
その言葉を最後に、遊子は最後の一粒となって消えていった。




