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不条理の修復者  作者: 麿枝 信助
第一章 ガラスの欠片に君の魂を
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4 バンド系女神のお節介


 本来ならば、このような状況に対して人間はパニックを起こし、思考能力が乱れるだろう。


 自分の中の生存本能が喚きたて、自分の身の安全が何よりも優先される。その事は人間、いや生物なら当たり前でありなくてはならない機能である。

 

 (そうなんだ。そうなんだがなぁ…どうにも、俺はそうは思えないらしい)

 

 思わない、ではなく思えない。そう思うことができない。キャント。

 

 良く言えば、どんな状況も冷静に分析できる能力。焦らず、落ち着いて対処できる。しかし、悪く言えば危機管理能力がない。それはとても人間らしくないのだ。

 

 見方にもよると思うが、災害などの危機的状況の時に心の底から焦っていないという『人間』はいないであろう。そういった状況下で落ち着いている人は、そう見せているか、あるいは先の事や別のことを考えて視点を逸らしているかのどちらかだ。

 

 だが、この男は本当に心の底から焦ってはいなかった。何故、と聞かれれば本人も口を濁すだろう。


 焦っても行動力が鈍るだけ、命の危険という実感がない、そもそも心配事がない、等理由ならいくらでもつけられるが、果たしてそれらが本当の理由なのかわからないからだ。幼いときからそうだった。やれお前は非道だ、人の心がわからないだとよく言われた。

 

 つまり、急に世界が変わり、人が消えるとかいう現象に対し彼は、特に取り乱しはしなかった。この状況が異常なのは確かだが、危機的状況かどうかも分からない。

 

 (……とりあえず、人探すか)

 

 ここに同僚の愛海がいたなら絶対に職員室の外に出るな、と叫んで止めていたが不幸なことに彼女はここにはいない。彼は無意識に副担任を任されている彼の教室へと向かった。

 


 そんな彼の視界に異物が紛れる。

 


 それは熊に似た何かだった。体長は三メートルを越え、毛の色は緑。もう関節の数が異なる手が四本ある時点でこの世の熊ではないことが確かだが、それに臆する彼ではなかった。

 

 が、生憎熊(?)の対処法を彼は知らない。めっちゃ涎垂らして睨んでくるのは何かを伝えたいからなのだろうか。

 

 「ふしゅるるる……」

 

 「あ、どうもこんにちは。祓間です」

 

 とりあえず挨拶してみた。

 

 

 ○○○

 

 

 「なんだよなんだあれ!めっちゃ追ってくるんだけど!!」

 

 「知るかボケェ!とにかく逃げろ!!あんな蛇見たことねぇ!!」

 

 このように廊下を全力疾走していれば先生の注意を受けることは間違いないのだが、今は状況が状況である。

 

 校舎内に蛇が出るとはこの学校のセキュリティはもう一度見直されるべきなのではないか、と割と真剣に考える燎平であるが、そんなことを考えている場合ではない。なにせこの巨大蛇、結構速いのだ。

 

 階段を使ったりかなりの角を曲がったはずだが着実にこちらの跡をついてきている。


 ピット器官が働いているかどうかなんてもはや関係なく、しっかり肉眼で捕らえているらしいのでこちらとしてはたまったものではない。


 おそらく体力、速度でいえばこの若さが全盛期なのだがそれももう切れつつある。次第に呼吸が荒くなると同時に、心の底に焦りの色が見え隠れする。

 

 さらに二人の恐怖を引き立てるのは、明らかにこちらを威嚇している金切り声と、その巨体がうねると同時にに展示物やら窓やら蛍光灯やらが破壊されていくことだ。その破壊音が耳に届く度に、これは夢ではない、紛れもなく現実だ、と二人の心に刷り込まれる。

 

 持久走でどちらが先に息がきれるかの勝負しようぜ的な同世代特有の謎のプライドとかはもうとっくにそこらに捨ててきた。


 息も絶え絶えになり始め、二人とも段々と辛さを隠せなくなる。そろそろ顔面が面白くなってきた頃合いに、二人の天運が尽きた。

 

 「のわっ!?」

 

 「あべしっ!?」

 

 足元には光沢。それが意味するところはワックス。それによる現象は転倒。新入生が入る際に、廊下にワックスがかけられているのは普通のお話。

 

 そして、そんな好機を見逃す程奇妙な蛇は慈悲深くはなかった。盛大にバランスを崩し勢いに任せて床にダイブした二人にゆっくりと近づく。


 ひっ!と二人の表情が恐怖で歪むが、蛇にとっては構うことではなかった。全身が筋肉の体で獲物に巻きつき、絞殺するもよし。猛毒の牙で毒殺するもよし。三つに別れた尻尾でなぶり、撲殺するもよし。


 生け捕りという(・・・・・・・)指令が出てはいるが(・・・・・・・・・)、加減をすればいいだけだ、と完全に捕食態勢に入った蛇はどう獲物を調理するか少しの間考えていた。

 

 時に、人は何かと勝利を確信した瞬間が最も隙ができるという。この蛇にもそれが当てはまったのか、目の前の二人だけに集中し、索敵や感知など他の部分をおろそかにしていた。

 

 原因はそれが一つと、数秒の間、思考で動きを止めていたこと。二人をすぐに処理していれば、このような結果にはならなかった。

 

 つまり、

 

 

 「――震犯波マイクロ

 

 

 一声。

 

 それだけで、三メートル超の奇妙な蛇の怪物は絶命した。

 

 正確には、高出力電磁波が蛇の脳を焼いたのだ。


 俗に言うマイクロ波、という周波数 300MHzから3THzの電波である。レーダーや衛星テレビ放送で使われているが、最も身近な例で言えば電子レンジが妥当であろう。

 

 要するにこの蛇は、特殊な波で脳を電子レンジで暖められたようにチンされたのだ。

 

 簡単な話脳を丸焼きにされてしまえば、流石に殆どの生物は死に絶える。もちろん、この蛇も例外ではなかった。

 

 「な……、にが……?」

 

 かすれた声が口から漏れる。極限状態にいた二人は何が何だかわからなかった。


 状況は分からないが、現在の自分の状態は分かる。無事。助かった。

 

 そして、その状態を作った立役者の影がへたりこんでる二人の背後に。


 彼らを天は見放したかもしれないが、一人だけ、お節介な神様がいたらしい。

 

 その光の声は、

 

 「にっひひ、間一髪だったネ、遅刻君♪」

 

 燎平にとって、入学式で恥をかかされた盲目クソビッチお花畑女だった。

 


 

 ○○○

 


 

 「全く、間一髪だったな」

 

 「……ええ。まさか襲われるとは思いませんでした。助けてくださりありがとうございます」

 

 「……というか、よくあの状況で襲われる以外の選択肢が浮かんだものだな。身の危険を感じなかったのかね、君は」

 

 「ええ…そこの辺りは少々疎くて」

 

 「全く…早死にするぞ」

 

 「はっはっは、いやぁその通りで」

 

 良くできた愛想笑いだ、とお叱りを受けた。あのとてもこの世のものとは思えない熊に襲われた時、颯爽と現れ撃滅してくれた彼。

 

 印象としては、まずチビ。そしてデブ。おまけにハゲという中年の叔父様だった。

 

 そんな彼が今朝、マイクの前で随分とハッスルしていたこの学校の長であることは疑いようもない。

 

 「それにしても、さっきのあれ。すごかったですね…何やったんですか?あの巨体が錐揉み回転しながら窓にダイビングヘッドした後現世からもご退場されたのを肉眼で見ては、いささかこの世の理から外れてるとしか思えないのですが……一応物理を教えている身でもありますし」


 「君の感性と表現力には驚かされてばかりだが…そうだな、あの怪物は『異怪エモンス』。そして私が先程行使したのは『異跡エイナス』というのだが……いや、今は一から説明している時間はない。とりあえず祓間君、私と一緒に来たまえ。説明ならば後からでもできる。この状態で一人でいるのは危険だ。君の場合は特にな」

 

 「はぁ…では何卒宜しくお願いします」

 

 「…少しの動揺もなしか……全く。まぁ良い。この状況ではそれに越したことはないのだからな」

 

 良くわからないが、自分のこの性格は、今の状況下では何故か適しているらしい。普通の人ならば、パニックになってもおかしくはないというのだろうか……。

 

 しかしおかしい、という点であれば別の観点で自分だっておかしいと感じることはある。しかも本人は自覚していないらしい。こればかりは性格がどうとかではなく、倫理の問題であるため彼の為にも指摘する。

 

 「あ、あと校長。ずっと気になってはいたのですが」

 

 「…?何か」

 

 「そのファッションはないと思います」

 

 「そういう君はそろそろ服を着たらどうだ?」

 

 

 ○○○

 

 

 「お、お前は……」

 

 「あー、命の恩人に向かってお前呼ばわりだなんて。そこらへんどうかと思うよ?遅刻君。薫高感度デクレッシェンド~」

 

 そう彼女は人指し指を立て、口を尖らせる。

 

 「あー、悪い。コイツの口の聞き方がなってなかったな。後で俺からきっちり言っておく。そして助かった。ありがとうな。俺は黒澤来飛。よろしくな」

 

 「!!??」

 

 「おっ、隣のアンタは分かってるねぇ♪……それに高身長、イケメンな部類。中身もきっちりしてそうだし、薫高感度クレッシェンド♪ライト君ね、覚えた。遅刻君も彼の事を見習いなよ~?」

 

 「!?!?!?」

 

コイツ、俺を出汁にしやがったッ!?と燎平が気づく頃には、隣の馬鹿イケメンは勝者の笑みを浮かべる。


 彼は自分の命が天秤にかかった直後でも見事に流れに乗り、この女子の高感度をクレッシェンドしたのである。環境の順応性と判断力、コミュニケーション能力全てにおいて燎平は敗北した。

 

 (あの来飛に負けた…だと……?)

 

 がっくりと燎平が項垂れているのと対極に、隣の来飛は勝者の笑みを浮かべる。


 そもそも見た目だけで言えば燎平は来飛に勝てる要素はない。彼は来飛の馬鹿さがボロに出るとでも思っていたのだろう。


 逆を言えば来飛は服装を整え、黙ってさえいればいい男なのだ。二人を助けた彼女が細かい事を気にしないタイプなのも要因の1つでもあろうが。


 「あと遅刻君はやめてもらえますか…俺にも佐倉燎平って名前がきちんとあるんスよ」

 

 「サクラリョウヘイ?ふーん。普通な名前だね」


 「へぇ……まぁそうっスね……(うるせぇ!!)」


 薫、物覚え悪いから忘れたらゴメンね、とケラケラ笑う。


 コイツ……、と燎平は内心に怒りを貯めるが、今さっき命を救われたのだ。それを口に出すほど彼は恩知らずではない。そんな間に、彼女は指をパチパチと鳴らしながら訪ねる。


 「んー、取り敢えず二人とも怪我はなさそう…かな?」

 

 「何とか、まぁな。ところで、えっと……」

 

 「あぁ、自己紹介がまだだったね。あたしは夜葉やばかおる。学年は二年。この学校の生徒会書記で、一応アンタ達の先輩だよん♪気軽にかおるんって呼んでもいいんだぜ?」

 

 「えっ……二年!?」

 

 燎平は目を見開く。確か、この女子は入学式の時には燎平の隣にいた。しかも生徒会ときた。


 本来ならば違う席に座り、一般生徒とは違う仕事をしなければならない役職である。

 

 「…むっ!今この身長で?って思ったでしょ!?」

 

 「いや、っていうか…一年の俺の隣に座ってましたよね?席、違うんじゃ…」

 

 「あーあー、そういう細かいことはいいのいいの!世の中気にしちゃいけないことだってあるよ!うん!」

 

 明らかに誤魔化されているが、彼女の苦笑いはそれなりに事情があるものと見た。


 ここで深追いしないのも礼儀だろう、と彼女の機嫌を損ねないようささやかながら来飛への対抗心がちらついた。

 

 「ところでいつ着替えたかは知らねぇが、その服、似合ってるな。どことなくセンスを感じるぜ」

 

 「えっ!?そう!?やっぱりっ!?にっひひ~、実はこれ薫のお気に入りなんだぁ~!格好いいでしょ!」

 

 「ああ、あとそのオレンジっぽい髪も染めたのか?それもいい感じに決まってる」

 

 「ええっ!?ほんと!?そんな誉めても何も出ないよぉ!ってか男の子にこんな素直に誉めてもらうの初めてかも!薫好感度フォルテクレッシェンド!」

 

 ……なんだこれは、と燎平は半眼になる。俺の親友がちびっ子先輩を誉めちぎっている。


 それにつれ機嫌が段々と上がっていくかおるん。勿論来飛がミニマムな先輩のハートキャッチできてるお陰は案の定ギャルゲーの知識である。


 かおるんの嬉しそうなかん高い声という、選択肢が正解の時のブザーが鳴る度にドヤ顔を決めてくる来飛がウザいのは確かではあるが、そろそろ突っ込む頃合いだ。

 

 「いやいやいや!待て待て!見た目もそうだけど何なんスかさっきのは!今の状況も多分あなたが一番理解してますよね?ちょっと説明してくれると非常に助かっちゃうんですが…」

 

 まず彼女が何をしたのか、そして彼女の見た目も燎平にとっては問題だった。入学式で見た彼女と今の彼女は全く印象が異なる。

 

 まず焦げ茶色に染められた髪は橙色オレンジに、左側にあった髪束が右側にももう1つ増えており、ゴムのアクセサリーもチェリーから髑髏に。そして前髪の上には、ヘアバンドのようなものが巻かれている。

 

 そして服装も制服からチェンジ。肩が出る仕様のジージャンに、薄い黄色の丈の短いスカートからは生足が延びているのではなく、太ももの半分ほどまでのジーパンが覗いている。加えて 左腕と右足につけている独特な模様のアームカバーとハイソックスも特徴的である。

 

 燎平からすれば、今の彼女の印象は背中に背負っているギターケースも手伝って完全にバンドか何かのステージ衣装にしか見えなかったが、身長が150cm前半なので小学生がコスプレをしているような違和感があった。

 

 「あ~、それなんだけど……、多分薫が説明してもわかんないと思うよ?薫、説明とかあんまし得意じゃないからさ♪あ、副会長がそういうめんどくさい系の得意だから今度聞いてみるといいよ!」

 

 「は、はぁ…」

 

 「にっひひ、とりあえずこの薫ちゃんがついてれば今のところ安心だから!なんか来ても薫のスーパーウェーブでやっつけちゃうから!……それに、今はそういうのおいといて、移動した方がいいかも。薫レーダーがここにいるとさっきみたいのが来ちゃうかもだから、ね」


 急に顔と口調が真面目になる。そのギャップに一瞬ドキリとする二人だったが、さぁ!とりあえずれっつごー!という陽気な声に戻る彼女の小さな背中を追う以外、安全性の高い選択肢は無さそうだった。



燎平「それにしてもすげぇ衣装ッスね…どこで買ったんですか?」

薫「ん?これ?にっひひ、いいでしょ!どこで買ったか…は、そりゃお店だけど?」

燎平「いやまぁそうですけど…でもそんな服、普通売ってないでしょ」

薫「あぁ、そりゃそうだよ。だってこれは薫用に作って貰ったからね。世界に一着しかないの!」

燎平「へぇ、誰にッスか?」

薫「んー、ファンキークソババア?」

燎平(何そのパワーワード……)

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