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不条理の修復者  作者: 麿枝 信助
第二章 舞い咲く恋慕は蝶の如く
41/67

13 新入生合宿1日目 Ⅴ 『波乱』


 現在地、露天風呂。


 女湯が見える穴が壁にあるという情報を聞きつけ速攻で駆けつけた燎平、来飛含むサウナ組の男子共。

 

 複数名の先客を発見した瞬間、その情報が真である事が色濃くなった。

 

 「オイ!女湯ってマジ!?」

 

 「待て静かにしろ、バレたらどうすんだお前」

 

 おっと、と来飛が慌てて自らの口を手でふさぐ。

 

 それはもう立派で大きな竹を並べて和風を醸している壁が立ち塞がるように目の前にあるのだが、欠点があるとすればひとつだけ。

 

 端。よく目を凝らさねばわからないようなホンットに端の部分に、小さな割れ目が確かにあった。

 

 全長は七センチほどで、膝下あたりにうっすらと線が見える程度のもの。割と竹は厚いため自然に出来たものとは考えにくい。おそらく、誰か前にここに来た戦犯これを彫ったとなれば筋が通る。

 

 「…すまねぇ。で、どうだ。ケツくらいは見えんのか」

 

 「うーん…それがな……俺も見たんだが湯気が仕事しやがってよ」

 

 「遠くでなんか動いてるっぽいんだけどなぁ…畜生、何でこの世界はブルーレイ仕様じゃねぇんだ......」

 

 そう言いつつも覗きをやめない先客、江口。彼の周りに集まっている者たちも一通り視察したらしいが十分な戦果は得られなかったようだ。

 

 報酬を得るには、ホエールウォッチングと似ているようにあちらが近くに来るまで辛抱強く耐えなければならないのである。

 

 しかもこの場合外で全裸で、だ。時間が経つほど体の熱は奪われていき、膝は震え、歯が鳴り出す。

 

 「オイ…一回湯に浸かったらどうだ」

 

 「いや…まだ……ッ、俺はやれる……ッ!」

 

 一度食いついた獲物を離さない獣のごとく強い執着心を見せる江口。同じ男として気持ちはよくわかる来飛であったが、ここで体調を崩しては元も子もない。

 

 「お前はもう十分に頑張った。……ゆっくり休んでろ」

 

 「でも……おっぱいが……ッ」

 

 「いいから交代だ、後は任せろ。……心配するな、何か見えたら真っ先に譲ってやるからよ」

 

 「黒澤……」

 

 「来飛でいいぜ。身体温め直して来い」

 

 彼のカリスマがそうさせるのか何なのか、一つしかない椅子をかけて争いが起こりうるこの状況を見事緩和し、ごく自然に特等席を勝ち取った来飛。

 

 (なんかいい感じになってるけど、来飛が作った流れに流されてる事に皆気づいてんのかなぁ…)

 

 側からその流されている一員となっている燎平はそう思っていたが、確かに彼は何かとグループの中心に入るのが上手い人間であった。

 

 本人は自由気ままに動いているのであろうが、来飛が言うなら、と気づいたら皆に一目置かれている事が多い。特に理論や順序立てて意識的にやっている素ぶりはないため、そういう意味では天然な才能なのだと燎平は思う。

 

 見事味をしめ覗き込む来飛。そういう天運を彼が持っているのか何なのか、早速数秒後に事は起こった。

 

 「…………ッ!」

 

 いつになく真剣な目。無事覗ければ同級生の女の子の裸体という最高級のお宝が拝める。だが、もし万が一バレでもすればその覗いた男子生徒への評価は底辺に落ち、今後三年間一切女子生徒全員から口をきいて貰えなくなるのは必至。

 

 人生で華の高校生活。そんな貴重な時期に覗きをするという事は、そこに女子による彩りが加えられるかられないかの瀬戸際に立つ事と同義。そりゃいつもおちゃらけてる来飛も真剣になるというもの。

 

 「誰か…いる……!」

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 「ほあー、すっごいねぇ…」

 

 いざ露天風呂に出ると、そこには絶景が待っていた。

 

 暗くなりかけているが、十分遠くまで見渡せるほどの高度。その高度故に感じる空気と広がる緑の数々。もし自分に翼が生え、ここら辺一体を自由に飛び回り風になれたらどんなに気持ちいいかと夢を膨らませる程の広々しさだった。

 

 「オッスーかおるん、すごくない?ココ」

 

 「あ、薫さん、どうも御機嫌よう」

 

 「おー、二人とも先にいたんだ」

 

 絶景を前に二人仲良く一緒に入っているのは三津島みつしまウメコと橘小春。

 

 三津島ウメコの本名は三津島・レオハード・梅子。フィリピンとのハーフで幼少期はフィリピンで過ごしたらしい。

 

 ハーフは顔が良い傾向にあるが、ウメコもその例に漏れず容姿が整っている。さらにスタイルもダントツによく、特にたわわに実る二つのふくらみは服の上からでもその大きさがわかる程だ。

 

 元々なのかウメコの程よく栗色に色づいた肌とショートの髪とは対照的に、如何にも大和撫子な色白、腰に毛先が届くほど長い黒髪を持つのは小春。

 

 オーラというのか気品というのか、彼女から溢れ出るそれらは正しくお嬢様そのものであり、本当に由緒ある家の子らしい。嘘か真か、家着が和服だとかなんとか。

 

 日本大好きな母親に強く影響を受けたのか、娘も案の定見事に日本文化マニアに育ったため、ウメコは小春を一目見た瞬間運命を感じたとの事。それ以来、校内では高い頻度で二人一緒にいる光景がよく見られる。

 

 「ホント仲良いねぇ、お二人さんはー」

 

 「そうよー、小春ってばメチャ可愛いんだから!さっき服脱ぐ時もさー中々…」

 

 「まよっ!?や、やめて下さいお恥ずかしい……」

 

 「え、薫結構気になるそれ」

 

 まよよ〜、と恥ずかしさ故か謎の声を両手の間から漏らす小春。その声と仕草がもう既に可愛かったのか、カワイイイ!!と叫びながらウメコは小春を抱きしめた。

 

 「恥ずかしがる事無いよ!もう小春は超ジャパニーズだから、『人目のつくところで肌を晒すのは…』って言ってずーっと服脱がないの!あたしが脱ぎ終わってもまだもたもたしてるから早くしないとって言ったんだけど、そしたら耳までマッカッカにして『自分じゃ恥ずかしくて脱げないのでぬ、脱がせて下さい…』って!!」

 

 「お、おお……」

 

 「ああ〜!う、梅子さん〜っ!!」

 

 ポカポカと涙目でウメコを叩く小春であったが、それに意にも介さずウメコの鼻息の荒さは増していく。

 

 「それだけでもうレズビアンになりそうだったけど、まだヤバイ事があってね!」

 

 「まだあるんですかぁ!?」

 

 見ててこの二人意外と面白いな、と密かにほくそ笑む薫であったがここはあえて空気を読み、黙って聞くことに専念する。

 

 「チョット小春、一回立ってくれる?」

 

 「はい?え、嫌な予感しかしないので嫌ですけど……」

 

 「そんな事言わずにさぁ!またフィリピンのあのお菓子あげるカラー!」

 

 「う、うぅうう……お菓子は欲しいですけれど……」

 

 欲しいんかい、と内心突っ込む薫。そして立つだけ!立つだけだよ!とグイグイくるウメコについに根負けしたのか、仕方なくそわそわ何かを気にしながら立ち上がる小春だった。

 

 「な、何ですか…立ちましたけど……?」

 

 「…かおるん、何か小春の後ろ姿見て何か気づかない?」

 

 「え〜、うーん…普通だけど……?」

 

 じろじろと背中辺りを見る薫に対し、それに抵抗しようと背面を片手で隠す小春。だが、そうすると前を隠す手が足りなくなることに気づく。

 

 前にはウメコ、後ろには薫というどちらにしろ見られるという選択肢しか持ち合わせられない状況に陥った小春は更に顔の熱量を上げあたふたしてしまう。

 

 しかし、ニタァと薄い笑みを広げるウメコは嬉々として小春のパニック拍車をかけていく。

 

 「ホラ、ココ!見えます!?お尻のすぐ下辺りに……」

 

 「ん?…え、あ、あぁ〜、なるほどねぇ〜〜」

 

 「えっ、えっ!?何かあるんですか!?」

 

 はーい隠さない隠さない、と小春の手が動く前に両手をきっちりホールドするウメコ。

 

 前からあってただ気づいてないのか、はたまた最近できたのかはさておき、左太ももの付け根辺りの少し内側に、小さな黒子が確かにあった。

 

 「脱がせてる時にこの黒子たまたま見つけちゃってさぁ!どう!?あたし知ってるンだ!これジャパニーズでムッツリって言うんでしょ!?」

 

 「うーん、ちょっと違うけど言いたいことはまぁわかるよ」

 

 ウメコが日本好きなのは既知であったが、まさかこの方向性にどっぷりだったとは今初めて知った薫だった。

 

 「…黒子?ああ、太ももの内側にあるコレですか?え、そこまで梅子さんが興奮するようなものでしょうか……?黒子なんてどこにあってもさほど変わらないのではとわたくし思うのですが…」

 

 「……小春…」

 

 「こはるん…どうかそのままでいて……」

 

 頭上にはてなを浮かべている彼女の両肩に大小の手が左右から置かれる。ピュアな子には何も染まらずに真っ白のままでいて欲しい、と財産を残そうとする人たちの気持ちがほんのちょっぴりわかりかけた二人だった。

 

 「それよりもいいですよね、梅子さんは……その、お身体に自信があって……私なんか全然…」

 

 「は?えちえち黒子太ももに隠し持ってるドエロ淫乱ナデシコがそれ言いマス?」

 

 「ひ、ひどい…日本語もひどい……」

 

 どこでそんな日本語を教えて頂いたのですか……と肩をすくめてボソボソ呟く小春。はたから見ていてどことなく小春に一年の誰かの面影を感じた薫であった。

 

 「それにほら、梅子さんお、お胸とか大きいし…腰回りもすごく細身で……羨ましいです……」

 

 「よく見てるねぇこはるん」

 

 「ほらスケベ」

 

 「え!?今の私何か変な事言いましたかっ!?」

 

 先輩も乗っからないで下さいぃ!と終始いじられっぱなしな小春。確かにここまでいい反応をしてもらうと、いじってあげなければ彼女の持ち味を殺してしまうという意味で逆に失礼ではないかという気さえしてくる。

 

 「確かにウメっち、イイもん持ってるよね〜。ホントにこの前まで中学生だったの?」

 

 「まぁあたしはママ譲りってのもあるだろうけどねー」

 

 「…やはり遺伝に依るところも大きいですよね。お母様は…普通だったかしら……」

 

 「ダイジョーブ!小春は大きくてもちっちゃくてもカワイイからいいの!!」

 

 満面の笑みでグーサインを送るウメコにええ、そんな事ないですよーと謙遜するも頰がたるんでいるのを隠しきれていない小春だったが、ふと薫の異変に気づく。

 

 「薫さん……?大丈夫ですか?」

 

 「ん?何が?」

 

 「いえ、今もお顔の色が優れていなかったような気がして……」

 

 一見普段と変わりないように見える薫であったが、時間が経つにつれて彼女の微妙な変化に気づいた小春。

 

 顔や雰囲気にどことなく影があるというか、いつもの覇気がないように見えたのだ。

 

 「そういやなんかいつもよりテンション低くない?かおるん」

 

 言われてみれば…とウメコもじっと薫の顔色を見る。

 

 確かにいつもならその破天荒っぷりから何でも出来そうというか、全部ぶっ飛ばしてやるみたいな気概が感じられていた。ウメコの悪ノリにも全力で乗っかるところもしばしばあったため彼女とは気が合った薫であったが、今日は比較的おとなしい。

 

 小春をいじっている時、大人しい時点で二人は無意識に違和感を感じてはいたのだ。

 


 「…ッ!」

 

 

 ウメコと小春の心配そうな視線に彼女は俯き、短く息を呑む。

 

 そしてバシャアッ!と自分の顔に思い切り湯船の水をすくい、殴りつけるように浴びせた。

 

 ボタボタと大量の水滴が薫の髪から滴る中、何度も貼り付けた顔と声音で彼女はいつも通り笑う。

 

 「ごめんごめん!ちょっとドッジボールで疲れちゃったみたい!でももう大丈夫!こはるんの可愛いとこいっぱい見て元気でたかーらっ!」

 

 「ひゃっ!?薫さん!?」

 

 颯爽と小春に決まる薫セクハラダイブ。薫の手からややはみ出るそれらは彼女によって瞬く間に次々と形を変えられる。

 

 「アーッ!かおるんズルい!あたしも!」

 

 「まよーっ!?も、もうやめて、ッあ、くすぐったいです薫さんっ……ってぇ、梅子さんも混ざろうとしないでくださいぃー!!」

 

 露天風呂にこだます桃色の咆哮。それは壁の向こうの目覚めさせてはならない獣性を呼び覚ますことになる。

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 「……今」

 

 「………ああ、確かに」

 

 「逃さなかったぜ、俺も」

 

 一瞬の静寂。声は勿論、動悸音や呼吸の際出る僅かな音まで、体から出る音全てを最小限に留める。

 

 特別な合図、経験など不要。目的が共通なら自然とやるべき事は一つになる。

 

 目を閉じ、全神経を耳に集中する。

 

 「………」

 

 [−サン、ヤッ、−モウ!]

 

 [ハハハ、−ハ、カ−イナァ!]

 

 「……………」

 

 …我、此処ニ生キル糧得タリ。

 

 遠目からたまたま彼らのことが見えた他の男子生徒が言うには、合図もなしに皆昔からある動物の習性の如く、ピタリと同じタイミングで目を閉じ自然と座禅を組んでいたと言う。

 

 その表情、正に仏かと思った、と後に彼は語る。

 

 それ程までに集中し、音一つ立たない静寂さがそこにあったのだ。

 

 外の肌寒い空気?地面の冷たさ?座る時の肌に食い込む岩の硬さ?それらは思春期の男子生徒の前には全く以って意味を無くし、何の障害にもならなくなる。

 

 ……全ては、エロのため。

 

 思えば、この状況は一生に一度あるかないかであった。

 

 壁一枚隔てた向こう側に同い年の女の子が一糸纏わぬ姿でいる。しかも集団。モヤモヤしない男の方が珍しい。

 

 しかも条件が悪いと今の状況にはならない。そも男子校であれば確率はゼロであるし、共学であったとしても温泉に入る時間を男女で時間をずらされてしまえば男子生徒は涙を飲むことになる。

 

 更に、男湯と女湯との場所が離れている、壁が厚くて音すら聞こえない、天候が悪く露天風呂に入れない等、どれか一つでもパズルのピースが揃わなければ男子生徒が女子生徒の全裸キャッキャウフフを現実で触れる機会は皆無になってしまうということである!

 

 しかし!幸運なことに(本当に幸運なことに)それらの条件は全てクリアーされ、見事男子生徒諸君は現在、垂涎モノのこの状況下にあるのだ!

 

 「……どうよ?誰かわかんのか?」

 

 燎平が小声で来飛に尋ねる。こういう時は出来るだけ雑音はたてないのが常識であるが、情報収集のためのノイズなら例外的に許可される。

 

 「……案外遠くてな……それに湯気が……」

 

 どうやら露天風呂があるところとこの壁は少しばかり距離があるらしい。もう少しあちらの湯船が壁の近くにあれば音も拾いやすかったものの、と男共は歯噛みする。

 

 「…………」

 

 軽い状況確認後、再び静寂に包まれる男子サイドの露天風呂。女子サイドのキャッキャウフフをもう一度拝聴すべく瞑想に入る男子生徒一同。

 

 そして数瞬、今まで置物のように動かなかった来飛がピクリと反応する。

 

 「…オイ来飛、なんか見えたか?」

 

 燎平も虎の威を借る狐ではないが、彼の近くにいると何かしらいいおこぼれを貰えることもしばしばあるのだ。彼が燎平の親友でなければ周りにただ侍り、何も出来ずにいる男子生徒と同じになってしまっていたであろう。

 

 だが幸運な事に来飛は燎平の友であった。故にきっかけも作りやすくなるのだ。

 

 「……オイ、燎平。ちょっと覗いてみ」

 

 「えっ?」

 

 燎平は来飛からくる情報を知りたかったのだが、まさか自分に回されるとは。見ないとわからないものなのか、といざとなると少しばかり躊躇ってしまう彼に催促してくる。

 

 「いいからほれ、早く」

 

 されるがままに背中を押される燎平。こういう時に普段来飛のノリに付き合っている燎平は何かと最後には彼に従ってしまうのだ。

 

 「ん………、ッ!」

 

 片目を瞑り、細い視界に意識を集中する。湯気でぼやける視界の中、確かに肌色の何かが視界に入った気がした。

 

 そしてそれがどういう意味か燎平が理解するよりも早く、明らかにキーの高さの違う声が降ってくる。

 

 「おーい、何やってんの?リョーヘー君とライト君」

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 「……ん?」

 

 一瞬、薫の表情筋が強張こわばり、小春をいじくっていた手が止まる。

 

 「……かおるん?どしたの?」

 

 いきなり顔を上げ、眉根を寄せる薫に首を傾げるウメコ。

 

 「あー、いやなんでも!ちょーっとのぼせてきたから一回あがって休もうかなって」

 

 薫は身体がちっちゃいからすぐ熱が回っちゃうんだよねー等と適当に言葉を付け加えながら、彼女は顔を手でパタパタと仰ぎ湯船の周りにある岩に座る。

 

 「確かに…ちょっと火照ってきましたよね」

 

 「身体が?」

 

 「はい……あ、そ、そういう意味じゃないですからねっ!」

 

 「えー?そういう意味って?どういう意味ー?あたしニホンゴワカリマセーン」

 

 「…、梅子さん……」

 

 小春の顔が引きつる。最初はからかっているとわかる小春だったが、こちらの反応を見てもまだ眉の形が変わらないウメコを見てあれ、本当に知らないのかな…?と思わせるあたりウメコは小春の事を分かってきたとみえる。

 

 「え、本当にご存知ないのですか…?」

 

 「ンー???」

 

 (いや絶対この顔知ってるだろ気づいてこはるん)

 

 そう思いつつも言わない辺り薫もこの状況を楽しんでいるので同罪なのである。

 

 「え、ええと…だから、そのぅ、この場合の火照るというのは、ただ温泉に入って身体が温まってきたという意味ではなくて……そういう意味というのは、生物的に気持ちが昂ぶるというか…高揚すると言いますか……う、うぅ…と、とても私の口からは……っ」

 

 顔を林檎と同じくらいの色にし、俯く小春。この辺りが彼女にとってどうやら限界らしい。

 

 ごめんごめん、と手を合わせるウメコにまたもやダメージが与えられてなさそうな可愛い制裁をする小春。頰を膨らませながら肩たたきよろしくポカポカする微笑ましい光景をこのまま眺められないのは非常に名残惜しかったが、他に少々気になる事ができてしまった。

 

 「じゃ、そろそろ薫出るねー」

 

 「あ、行く?じゃあまた後でねーかおるん」

 

 ぶんぶん手を振るウメコと軽く会釈をする小春に軽く別れを言ってその場を後にする薫。

 

 にしても、と彼女は歩きながら考え込む。

 

 (アイツら何やってんだ…?こんな壁の近くにいて)

 

 『異元感知エナル』が比較的苦手な彼女でも、少し離れたところにぼんやりと感じる二つの『異元エナーク』。

 

 本来、『異元エナーク』の感知は『裏側ミラ』で行う事なのだが、いつ、『裏側ミラ』の何処で『異怪エモンス』が出現するかわからない。

 

 そのため薫は『修復者リセッター』として、現実世界の『元の世界(オリジン)』でも『異元感知エナル』を定期的にする事を仕事の一環にしていた。

 

 『異怪エモンス』を発見したらまず報告、そしてランクの調査の後に行動するというのが規定だが、今の場合見つかったのは『異怪エモンス』ではなく二人の男子生徒だった。

 

 少しの間ならいいものの、先程からずっとその場を動かないのは何かあるのか、と乙女の第六感が囁くのである。

 

 「……まさか」

 

 にひ、と彼女は小さく笑みを浮かべ、軽く指をひと鳴らし。

 

 (……ちょっとからかいに行ってやりますかぁー♪)

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 『おーい、聞こえてるー?こんなとこで何やってんの?リョーヘー君とライト君』

 

 声を聞いた瞬間、先ほどまでの高揚感が嘘のように消え失せ、代わりに寒気と緊張が一気に背中を駆ける。

 

 この『バレてやべっ!てなる』感じは味わいたくはなかったが、どうやらもう後の祭り。そういえば来飛の悪ノリに付き合ったはいいが結果的に痛い目も割と見てきたのを今更ながら思い出す燎平だった。

 

 そしてそのヒヤッとした気持ちと同時に、同じくらい何故ここにいる事が分かったのかという疑問と動揺が浮かぶ。まさかの名指しとは誰が予想できようか。

 

 あまりに突然の出来事に思わず飛び退き、尻餅をつく燎平。この野郎、と来飛を睨むが彼なりに別の意図があったらしく、眉を八の字にしていた。

 

 (オイ来飛!テメェどういうつもりだ!)

 

 (俺もわかんねぇよ。俺はただ生脚がチラッと見えたから、お前にも見せてやろうとだな……)

 

 小声で薫に聞かれないように会話する二人。あまりに突然の出来事に周りにいる男子たちもどうしていいか分からずに狼狽えている。

 

 しかし、適応力が高い来飛が冷や汗をかきながらひとまずなんとか対応した。

 

 「その声は薫パイセンかー?いやー俺ら湯あたりしちまってよー、ここら辺が良くて休んでるんだよなー」

 

 『ふーん…』

 

 兎に角落ち着け、と皆にジェスチャーを送る。まだ覗きがバレた訳ではない。…いや、名指しなのでバレている可能性も十分にあるが、確定したわけではない。

 

 まず情報が足りなさすぎる。バレているのが燎平と来飛だけなのがある意味救いではあったが、この先どう行動するかでそれも危うくなってくる。

 

 取り敢えず来飛が一番の謎を薫にぶつけた。

 

 「なんで俺たちがここにいるってわかったんだ?」

 

 『え?えーっと…………声?』

 

 バッと男子生徒が一斉に口を手で塞ぐ。何故疑問形なのかは置いておいて、他の雑音が響く中、極力抑えている自分たちの声があちらに届くとは考えにくい。

 

 しかし本人がそう言う以上、ないがしろにできないのも確かであった。

 

 「…聞こえてた?」

 

 『あー、ちょびっとねー』

 

 あの音量で壁の向こうまで聞こえたとは考えにくいが、もしもという事がある。

 

 それに燎平と来飛に関しては、薫の『異跡エイナス』を考えると冗談ではないのかと余計に思えてしまう。

 

 彼女の『異跡エイナス』は波を生成するのみであるため、別に彼女自身の感覚が鋭くなったわけではない。故に、『異跡エイナス』が音系だからといって薫の耳が滅茶苦茶いいというわけではないのだ。

 

 しかしその事を二人はまだ薫から聞かされていなかった。というか彼らはまず『異跡エイナス』が何なのかすらぼんやりとしか分かっていないため、『薫が音使うから耳いいのかも』と考えてしまうのも頷けはする。

 

 そのせいもあってか、このままではマズイと考えた来飛はさらに情報を引き出すべく質問を続ける。

 

 「そーいうかおるんパイセンは何しにきたんだ?」

 

 『同じ同じ〜湯あたり〜!…それにここからだとよく見える(・・・・・)んだよねー』

 

 少し見えるという単語に一瞬鼓動が跳ねる男子生徒だったが薫が指しているのは別の事だった。

 

 壁の向こうにいる彼女は楽しむようにたっぷり間を開けて、にひひっと目を細める。

 

 『可愛い女の子たちのムフフなボディがさー♪』

 

 ざわっ!!と頭で考えるより先に体の方が反応してしまう。反射的に顔が上がり、より情報を得ようと背筋が伸びる。

 

 『さっきまでは薫とウメっちとこはるんの三人だったけどー、だいぶ増えてきたよ?……お、ヒノのんと美紋ちゃんも来た』

 

 本来なら決してここから得る事ができない具体性のレベルが違う情報が送られ、一気に熱が上がる。ふと少しその情景が浮かびあがり、何人かの喉が鳴った。

 

 そんな劣情をを感じ取ったのか、さらに薫は男共を煽っていく。

 

 『えー、そんなに見たいなら覗けばいいじゃーん』

 

 カチン、という擬音が聞こえてきそうなほど場が凍った。

 

 穴あるのバレた…?と誰もが冷や汗を流したが、次の一言で温度を無事取り戻す事となる。

 

 『ま、無理だろうけどさー』

 

 ホッと胸を撫で下ろす男子たち。間の開け方といい口ぶりといい、いちいちこちら側の肝を握ってくるような話し方は出来ればやめて欲しかった。

 

 だが、これでようやく薫がどこまで男子側の事情を把握できているかが露呈した。

 

 穴には気づいておらず、ただ燎平と来飛がそこで休んでいると思っているらしい。

 

 そこで安堵からか、心に少し余裕ができた来飛が薫に一発仕掛けていく。

 

 「なー、覗けねーから教えてくれよー」

 

 『何をー?』

 

 「…誰がエロい身体してる?」

 

 やりやがった来飛!とその場にいる誰もが思った。中々ダイレクトにその問いを女子に投げかけるのは度胸がいる。相手の性格、自分の価値と人望、状況、それら全てを考慮に入れ初めて打てる勝負の一手だった。

 

 それに対し薫はひとしきり笑った後、やっぱ来飛クン面白いね!と彼女の中で彼に対し一段階また好感度が上がったようだった。

 

 『えーでもそれ聞いちゃうフツー??まぁいっか…ちょっとだけなら』

 

 この時、確かに小さい歓声が上がった。若き勇者がもたらした、勝利の瞬間である。

 

 『んーとね、まず見た感じ一番大っきいのがウメっちでしょー、そっから一緒にいたこはるんも中々…。今露天風呂にいるメンバーだと…お、ヒノのんも意外とあるな…』

 

 次々と流れてくる生々しい情報に対し色々と考え込んでしまう男子諸君。

 

 もう少し具体性が欲しい、と欲が出る男子の気持ちも分からんでもない彼女だったが、薫も立場上勝手に後輩の体のあれこれを異性に垂れ流せるものではない。そのためあまり深く触れる事ができないのだ。

 

 故に、彼女は締めとしてこう括る。 

 

 『でもやっぱ、一番は薫でしょ!!』

 

 (ない)胸を張って言う姿が目に浮かぶほど、その声には自信がこもっていた。

 

 「............」

 

 『え、何その沈黙!薫心外なんですけどー!』

 

 もーっ!と腕をぶんぶん振り回していそうな、そんな声が届き先輩が一人壁に向かって何をしているのかが気になったのか、壁の向こうの獣たちには嬉しい来客が訪れる。

 

 『何してんのかおるんー』

 

 『おー、やっほー』

 

 他の女子生徒達の声。彼女たちもわんぱく先輩の様子を見に来たのであろう。薫が壁の向こうにいる猿共と話しているんだと伝えた瞬間、えーやめなよー!という何とも疑い深い(超正しい)声が炸裂する。

 

 へんたーい!すけべ!と次々に遊び半分でキャッキャと罵声を浴びせる彼女たちだったが、当の男共はただただ沈黙し熱から来る汗とはまた種類のことなるそれらで額を濡らしていた。

 

 当たり前ではあるが、彼女たちは自分が覗かれている自覚がまるでないためこうも積極的に来られると逆に罪悪感が数倍に膨れ上がるというもの。

 

 ここにきて、熱が冷めようやく素に戻ったのか、覗きがいかに浅はかで稚拙な行為だと再認識し始める男子高校生達。

 

 今まではその場のノリや雰囲気で良識の欠如を誤魔化していた(覗かれる側からすればたまったものではない)が、こうなってしまうと色々と状況が変わってくる。

 

 店員のいる前で万引きして下さい、と言われるようなシチュエーションが最も近い例の一つであろう。

 

 つまり、先程まで来飛と燎平が覗いていた特等席の前には誰一人、今はいない状況なのである。

 

 『あれぇ〜?どうしちゃったの男子ィ〜?せっかく裸の女の子とお話しできるチャンスよ〜?』

 

 「…、お、おぉ!そうだったな!いやぁ最高だぜ!」

 

 『来飛くんだけ〜?他の男子はお話ししたくないのかにゃ〜?』

 

 「「お、オオォオオオ!!!」」

 

 やっぱりバレてたか、と思いつつ反射的に叫んでしまう男子達。自分たちの存在は隠したと思っていたのは最初だけだったらしく、薫が来てからというもの興奮の方が勝ってしまい、気づかぬうちにガッツポーズや声が漏れていたようだった。

 

 完全に薫にペースを掴まれたのか、今度は女子側の反撃を食らうことになる。

 

 『っていうかぁ、男子達だけズルくない?』

 

 「エッ」

 

 『やっぱさぁー、女子だけに聞くのもずるいと思うんだよね〜!』

 

 そうだそうだー、と女子の批判が薫の主張に重なる。

 

 「…じゃあ何が知りたい?」

 

 『んー、ここはやっぱり誰が一番デカいかじゃね?』

 

 「「なッ!?」」

 

 男子達から上がる驚愕の声。だが当然といえば当然の帰結。見えないところで気になるのはやはりそこしかないのであろう。

 

 「んー、そうだな...やっぱ身長でけー奴は大体デカいか」

 

 「オイ来飛!」

 

 何人かの男子から悲鳴が上がる。簡単な話、女子の胸の大小はそれなりにどちらとも需要が一定数あるのだが、男子のブツに至ってはこと小さい奴らの需要は低い。

 

 それをコンプレックスに感じる男の子達は案外少なくないのであった。

 

 『にっひひ、そんなんで恥ずかしがるとかタマ小さいねぇ男子達ィー!』

 

 ケラケラ笑う薫の甲高い声が浴場にこだます。ペースを掴みノってきたのか、はたまた外で全裸というなかなかない開放感がそうさせるのか、さらに薫の悪ノリが違う方向性へとズレていく。

 

 『まぁ?薫の太ももくらいなら見せてもいいけど?別に減るもんじゃないし』

 

 「!?」

 

 …言うまでもなく、繰り返すまでもなく覗きは最ッ低マジ信じらんない死んじゃえ罪。

 

 本来女の子の身体というのは、最も隠したい、又は来たるべき時のために小さい時から大事に隠し続けてきた蕾のような概念である。

 

 その蕾が花開く時というのは、きちんと思いが通じ合い、本気で自分自身で認めた、大好きになった人に捧げる覚悟が出来た時である。

 

 そんな乙女にとって一番大切と言っても過言ではない自分の裸を馬の骨共が許可なしに覗くというのは、被害を被る側の立場から考えると、覗いた全員のタマキン摩り下ろすレベルでは物足りない程の悪辣下賤極まりない死に値しうる行為であるのは事実。

 

 ……しかし、許可があった場合(・・・・・・・・)は、その行為は覗きの定義域に入るのだろうか?

 

 唯一のストッパーである倫理観くびわが外れた今、溜めに溜まった欲という名の獣性が爆発した。

 

 具体的には、マジかッッ!と最初の方に覗いていた江口が再び今は誰もいない特等席へと飛びつく。

 

 『ここまでは普通だけど…ここからはスカートでいつも見えないトコだよね……?』

 

 するするとタオルを妖艶に太ももの付け根あたりまで上にずらしていく薫。

 

 彼女はこちら側が見れないのを前提でやっているかもしれないが、覗いている江口からすれば生憎全部穴から丸見えなのであった。

 

 『他にも背中とかぁ……』

 

 『首から下辺りは許容範囲だよぉー♪』

 

 『かおるんマジー?大胆ー!』

 

 『さっすが先輩は違うなー!』

 

 度々ポーズを変えているのか、言葉に合わせてその部位が見えているようだ。オッ、オオッ、と江口の喉の奥から声が漏れている。

 

 (オイ江口、今マジで見えてんのか!?)

 

 (ああ、ヤッベェよマジで!)

 

 (他は!?他の子も見えんのか!?)

 

 (いや、見えるのは多分これ薫先輩だけだけど…いやでもヤバイわ!俺ロリに目覚めそう!)

 

 小声で実況する彼から興奮がひしひし伝わってくる。彼こそ典型的な巨乳好きおっぱい星人で知られていたものを、今回の件で太ももや鎖骨あたりのラインの良さに気付かされてしまったようだった。

 

 (…にひ、今日のオカズは決まりだね)

 

 ボソッと呟く薫。

 

 しかし、時間制限おわりがあるからこそ、一時のお楽しみと刺激がより深く脳裏に刻まれるというもの。

 

 このタイミングで、浴場に響いた鶴の一声の如く渋い声が女子生徒を魔の手から救う事となる。

 

 「…お前たち、そろそろ上がれ」

 

  正しく馬鹿な勝負や覗きに思った以上に熱中していたのか、合宿のスケジュール上風呂に入れる時間はそう多くない事が意識の外にあったようだ。

 

  隙間の周りに群がり、これからいざ覗くという一歩手前で祓間が時間切れの合図を出した。

 

  「...ん?何をしてる?そんなとこで」

 

  「「いやなんでも!?」」

 

  一瞬でその場から跳びのき、しらを切る野郎共。謎の挙動に祓間は目を細め、訝しむがあと二分で出るように、と言い残しその場を去った。

 

  「……びっくりしたァ…」

 

  「…こ、この事は一応俺たちだけの秘密って事で...」

 

  ゴクリと喉を鳴らし頷く一同。駄目だと分かってはいても何かしらの益になり、且つ黙秘する事でリスクを避けれるなら暗黙の了解が通じるというもの。

 

  こうして、長いようで短かった新入生合宿初の温泉回は幕を閉じたのであった。


 


美紋「なんかあそこ盛り上がってるけど何してんのアレ」

陽乃「さぁ...でも、あの壁の向こうって構造的に男湯がなかったっけ?」

美紋「えっ...って事はまさか...あの先輩男子となんかしてるの...?」

陽乃「んー、わかんないけどなんか話してるっぽい?」

美紋「...そういう気があるかもと思ってたけど本当にそうだったとはねー......」

陽乃「...美紋ちゃん、また露骨に顔出てるよ顔」

美紋「ハッ!?」

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