第二話
南へ続く細道を、たどってゆく。
ときおり、トカゲの、稲妻みたいにひゅるりと素早いのが、横切って、草むらへ消えいる。
このような道ができるまで、どれほどの人がここを歩かねばならなかったのだろうか;そのようなことを思うたびに、大昔にそこを通ったはずの人の匂いがした;すれ違わないだけで、案外、デセ以外にも、旅をしている者はいるのかもしれない。
真南の空には、一つだけ星が輝いている。寂しい茜色の光に、やや押されながらも、青白いわずかな光が、そこにある。人々の知るところによれば、これは、かつての悪しき太陽が、太陽公によってうちたおされて、世界の端へ追いやられ、人々の役に立つことを強いられているのである。というのは、この星は、正南の一点を中心に、ぐるぐる回るので、それを暦として使うのに、たいへん都合が良かった。
さて、これが約十度回った頃になると、旅路は、水の気配が濃くなった。湿原に来た。ほとんど真横から来る光と、変わらない影が、植物たちをひんまげている;彼らは、元来そのようではないが、世界が変わらないので、ほとんど恒久的な性質である。太陽の光を争っているのか、譲り合っているのか、どちらとも分からない、最適化された均衡にあった。
ここの空を飛ぶ鳥は、その目に、水玉模様を映す;ここいらには、湖がたくさんあって、大小はさまざまだが、どれも、きれいな円なのだ。対岸の見えないくらいに大きなものだってあるし、長年の堆積によって、ほとんど陸のくぼみと化したものもある。
こうした自然豊かな場所は、いよいよ寂寞の感をつよめるから、あたかも夕が終わり、夜が更け渡りゆくさなかであるような気になる;夕日は終わらない――はずだったが、暗くなってきた。雲が、こぼれた墨汁みたいに、どんどん空に広がって、べた曇りである。
珍しい。
夕雲の、ずっと地平線まで覆うのは、なかなかにないことだ。
暗いだけなら良かったが、これほどの黒雲が、何もせずに去っていくというのは、あり得ない話であって、雨が降り始めるのに、大して時間はかからなかった。
とはいえ、デセには、多少の天候の変化は、問題ではない。はねのけて突き進むだけである。彼には、それだけの力があった。
疲れを知らない馬が、ぬかるみを吹き飛ばしながら、走る。雨粒に自分からぶつかって、押しやる。
雨の方も、負けてはいない。彼と競い合う気になったらしく、途中で方向を変えて、彼に付きまといはじめた。勢いはますます強くなる;湖面の、びちゃびちゃしぶきをあげるのは、腹を空かせた魚たちが、餌に群がって踊り狂っているみたいである。
草のみずみずしい原っぱに出ても、止まない。ますます激しくなる一方だった。
――突如、世界が光った!
ほんの一瞬の、青白い閃光だ。暗い空が、瞬間的に明るくなる。遅れて、空に、腹の音が響いた。それは、雨音のやかましいなか、わずかだったが、デセの耳には、しっかりと聞こえた。
近づいてくる。
霹靂。
いくつにも枝分かれした光の筋が、まるでトカゲみたいに、ひゅるひゅるっと黒い雲を這い、その中へ、また消えていく。雲がぼんやり光っている。かなりの数の岩が、転げおちていくような音が、ずっと鳴っている――そして、稲光が落ちてくる。天から地まで、まるで、世界にひびが入ったみたいに。
「どんがらがっしゃん」という擬音は、たいそうチープで可愛らしいが、雷鳴を言い表すのに適切なものは、他にそう無いだろう。どんがらがっしゃん。大樹を縦に裂くような、メリメリメリという音も、しました。
こうした大自然の現象というのは、人など簡単に吹き飛ばすくらい極大なうえに、手もなく繰り返される。ある者にとっては壮麗であるが、被る者にとっては、災厄だ。
いやがうえに癇癪を激しくし、雷はあっちこっちに落ちる。耳に入りきらずに、溢れてしまうような轟音が、鳴りはためく。
雨と夕雷は、苛烈であった。常に全身から水が湧き出て、鎧を着こんだ体が、いやまし重くなる。しかし、デセは、気にしなかった;気にしても意味がないからである。雨シズクのまとわりつく、暗い水底を駆ける。
この原っぱで、一番背が高いのは、デセだ。
ところで、雷は背の高い男を好むと言う。それなので、彼の頭に、落ちた;デセの頭のてっぺんから、わずかな細い電光が、空に向かって、ちろりとトカゲの舌のように伸びる;空から、するすると、やや紫がかった雷光が落ちてくる;それは枝分かれして、あちこちに手を伸ばす;遂にその二つが結びつくや否や、たちまちどーんと光って、世界に、片時、切り傷をつけた。それはわずかの間に起こったことだし、よしんばそれに気づいたとして、どうにかなるはずもないので、デセは、これをまともに喰らってしまった。
審問官に直撃した瞬間、それはあまりに強い衝撃だったために、彼を、馬から弾き飛ばした。受け身もとらずに、全身で地面にぶつかった。
馬はたちまち消え、ぬかるみに取り残される。
雷は、それきり、うんとも言わなくなった。
デセは、動かない。
雨は、降る。雲の下で。




