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第1話 婚約破棄、してくださってありがとうございます

ご覧いただきありがとうございます✨️

この作品は、「なろう」で無料連載しながら、Kindleでは挿絵入りの特別版としても公開していく予定です。

さらに、Kindle版だけで読める限定ストーリーも収録予定! 


それでは、本編をお楽しみください!

「ヴィオレット・ノクスハイム。貴様との婚約を、破棄する!」


大広間に、王太子ユリウス様の声が響き渡った。


シャンデリアの光がぐらりと揺れた気がした。談笑していた令嬢たちが一斉に口をつぐみ、楽団の演奏が中途半端なところで止まる。数百の視線が、まっすぐに私へ突き刺さった。


婚約破棄。


……やった。


いえ、違う。今のは違う。今のはその、なんというか、反射のようなもので。


私は慌てて表情を引き締めた。婚約者から公衆の面前で婚約を破棄された令嬢が取るべき態度。えっと。悲しむ。そう、悲しむのだ。ここは涙のひとつも浮かべて、震える声で「なぜですか」と問うのが正解のはず。恋愛小説ではそうだった。


よし、と気合を入れて、私は顔を上げた。


会場の温度が、二度ばかり下がった。


前列にいた令嬢が小さく悲鳴を上げて後ずさる。ユリウス様の頬が引きつり、その背後の護衛騎士が反射的に剣の柄へ手をかけた。


……なぜ。


私はただ、悲しげな顔をしようとしただけなのに。


十七年生きてきて、いまだにこの体の使い方が分からない。前世で必要だったのは威圧と沈黙だけだった。笑うことも、泣くことも、誰かに甘えることも、私の人生には一度も出てこなかった。だから今世こそはと思ったのに。可憐に微笑む練習は毎朝欠かさずしているのに。鏡の前ではそれなりに様になっていたはずなのに。


「……見ろ、あの目を」


「やはり噂は本当だったのだな」


ざわめきが広がっていく。


違うんです。今のは悲しみの表情です。


・   ・   ・


私、ヴィオレット・ノクスハイムには前世の記憶がある。


剣と魔法の世界で、焔獄の魔王ヴェルギアと呼ばれていた。大陸の三分の一を焼いて手に入れ、押し寄せる軍勢を単騎で退け、勇者と名乗る者たちをことごとく灰に変えた。


そういう生き方しか、知らなかった。


だから死んだあと、公爵家の赤子として目を覚ましたとき、私は本気で喜んだのだ。人間の女の子。戦のない国。柔らかい寝台と、母の腕。


今度こそ、普通の女の子として生きられる。


恋がしたかった。誰かに名前を呼ばれて、胸が高鳴るというのを一度でいいから味わってみたかった。屋敷の書庫に恋愛小説を見つけてからは、それはもう夢中で読んだ。舞踏会。淡い視線。手袋越しに触れる指先。


そういうものになりたかった。


なれなかった。


理由は、たぶん、私が私だからだ。


・   ・   ・


七歳のとき、庭で転びかけた侍女を助けようとして、彼女の腕を掴んだ。骨が折れた。加減というものを、私の体は知らなかった。


十歳のとき、初めてのお茶会でティーカップを持ち上げた。持ち手が粉々になった。降ってくる紅茶を反射で凍らせたら、令嬢が三人、泣いた。


十二歳のとき、屋敷に忍び込んだ賊を、考える前に無力化していた。両親が駆けつけたとき、私は賊の首根っこを掴んで軽く持ち上げていた。片手で。


そのたびに、噂は積み上がっていった。


ノクスハイム家の令嬢は、笑わない。ノクスハイム家の令嬢は、恐ろしい。あの目に見つめられた者は、三日は眠れないという。


いつからか、私には呼び名がついた。


氷血の令嬢。


――違うのです。私はただ、優雅にお茶を飲みたかっただけなのです。


・   ・   ・


「聞いているのか、ヴィオレット」


ユリウス様の声で、我に返った。


三年前に婚約者となった方。王太子であり、金髪碧眼の、絵に描いたような貴公子。婚約が決まったとき、私は不覚にも少しだけ期待した。恋愛小説の始まりみたいだと思ってしまったのだ。


初めての顔合わせで、私は精いっぱいの笑顔を作った。


その日の夜、ユリウス様は熱を出して寝込んだ。


以来三年、この方は一度も私の目をまっすぐ見ていない。会話は事務的な連絡のみ。手を取られたことも、名前を優しく呼ばれたこともない。


だから、婚約破棄。


正直に言おう。私は嬉しい。


これで自由になれる。誰か、私を怖がらない方に出会えるかもしれない。まだ十七だ。やり直せる。


ありがとうございます、ユリウス様。心の中で、私は深々と頭を下げた。


「貴様の罪状を読み上げる」


……罪状。


「男爵令嬢ミナ・レンフィールドに対する、度重なる嫌がらせの数々。侮辱。階段からの突き落とし。彼女の私物の破壊。そして――」


私は瞬きをした。


一度、二度。


……誰ですか、それは。


いえ、名前は知っている。ミナ・レンフィールド。今年編入してきた男爵令嬢で、教会が見出した聖女候補。ピンクブロンドの髪の、小さくて可愛らしい人。廊下ですれ違うたびに、なぜか私を見て震えていた人。


けれど、嫌がらせ。


階段から突き落とす。


私が。


――やっていない。


やっていないどころか、まともに言葉を交わせたことすらない。歩み寄ろうとするたびに、なぜか事態は悪くなるばかりで――それでも私は、諦めていなかったのだけれど。


「弁明があるなら聞こう」


ユリウス様が顎を上げる。会場中の視線が、また私に集まった。


その視線に、疑いはひとつもなかった。


そうだ。この人たちは信じているのだ。あの氷血の令嬢なら、やりかねないと。


私は口を開いた。何をどう言えばいいのか分からなかったが、とにかく、まず、否定を。


「わたくしは――」


「――まだです」


澄んだ声が、私の言葉を遮った。


大広間の空気が、しんと静まる。


人垣が割れ、その中央から、小柄な少女が進み出てきた。ピンクブロンドの髪が、シャンデリアの光を受けて淡く揺れる。


ミナ・レンフィールド。


彼女は俯いていた。両手を胸の前で固く握りしめて、小刻みに震えていた。


そして顔を上げた瞬間、私は息を呑んだ。


その目に浮かんでいたのは、恐怖ではなかった。


憎悪だった。


「まだ、本当のことを言っていません」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


第1話はいかがでしたでしょうか?

婚約破棄されたことを心の中で喜んでいたヴィオレットですが、事態は思わぬ方向へ動き始めます。


次回からは、彼女を取り巻く陰謀と、「前世で魔王だった」という秘密が少しずつ明らかになっていきます。


もし「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などで応援していただけると、とても励みになります!


本作品は毎日17:00更新予定です✨️

それでは、第2話でお会いしましょう!

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― 新着の感想 ―
「恋愛小説のような恋がしたい」と純粋に夢見るヴィオレットのギャップ、面白いですね! 婚約破棄に「やった」と歓喜する天然っぷりにとても笑えます! 嫌がらせの真相とは何なのか、そしてヴィオレット普通の…
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