愚者と怠慢。
アイリスとヤハールが立ち去った財務府で、唖然としたまま立ち尽くしていたマーガレットはハッと我に返ると、「普段、皆に見せている」自分に戻した。
「皆さまに見苦しい姿をお見せして、ごめんなさい。
あの宝石は、お父様からお預かりした品だったから…もう少し長く手元に置いておきたくて…
ついムキになってしまったの。」
マーガレットは少し悲しげに微笑んだ顔を財務府の皆に向けた。
普段通りの柔らかな表情に戻ったマーガレット王女の姿を見た財務府の者達は、安堵したかのように緊張を解く。
マーガレットは先ほど晒してしまった宝石に執着する姿を、父を愛する娘に置き換えて皆に印象付けようとした。
「だがマーガレット…あの宝石が無ければ…
くっ…アイリスのやつめ…」
「カミル王子殿下、わたくしの可愛い妹にそのような言い方をなさらないで。
アイリスが正しいのですわよ。
あれは民を救うために役立てるべきなのですわ。」
マーガレットの言葉に、「さすがはマーガレット王女殿下」と呟く声があがり、財務府の皆の表情が緩んだ。
マーガレットは優しい笑みを浮かべたままカミル王子を一瞥する。
━━ここでゴネたって宝石は戻らない上に、皆の心証を悪くするだけだと、カミルはなぜ分からないのかしら。
考えが浅い所が扱いやすくて可愛い人と思っていたけど、まさか頭が足りないせいで私の足を引っ張るだなんて思わなかったわ。━━
「マーガレット、それでは我が国で行われる夜会には…」
「今回の参加は見送らせて頂きますわ。
カミル王子殿下の婚約者のアイリスを差し置いてわたくしが参加するのは可笑しな話ですものね。」
━━わたくしの夜会参加は、父とアイリスが居なくなった後でなければ意味を成さないのだと、なぜ分からないのかしら━━
表情には出さないがマーガレットは普段からカミル王子の事を小馬鹿にしていた。
そんな操り易い所も含めて好意を持っていたが、今回のアイリス誘拐の計画が頓挫した辺りから、カミル王子の愚直さが目に余るようになってきた。
━━アイリスが不満を口にしたけれど、昨夜の件を国王である父に報告する事は出来ない。
ガデュリオンの兵士を城に引き入れ、アイリスの誘拐を計画したのがわたくしだとバレるかも知れないから。
だから兵士達を動員して、アイリスを救ったという謎の白銀騎士とやらを探す事も難しい。━━
だが、不意をついたとは言え8人もの近衛騎士を一人で制圧してしまえる強さを持つ騎士…
そんな騎士の存在は不測の事態を招いた厄介者であると同時に、マーガレットの興味を強く掻き立てた。
「突然現れて、魔王の国に拐われそうだった姫の危機を救うなんて物語の中の英雄みたいだわ。
…そんな騎士様に会ってみたい…どんな人なのかしら…。」
マーガレットは夢見がちな少女の様に、物語の登場人物の様な白銀騎士に思いを馳せた。
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重厚感のある艶消しの黒い鎧を身に着けたガデュリオン皇帝は、側近のスティング他30人程の騎馬兵を従え、来た道を戻るようにファルナウスへと向かった。
山を越え森を抜ける一本道。
ファルナウスに向かう道中で、皇帝一行はガデュリオン帝国がファルナウスへと送った使者のマイヅール一行に遭遇した。
「おお陛下ではございませんか!
まさかこちらへお戻りとは。
いかがなさいました?」
マイヅールは従者のユーエン共々馬から降り、皇帝の前に片膝をついた。
マイヅールの一行も同じように、その場で地面に膝をつく。
「いやぁ、せっかくファルナウスくんだりまで足を運んだのに、城に入りもせず愚王のツラも拝みもせず、娘たちの姿も見てないからなぁ〜って思ってな。」
「陛下は「来て損した」と思いたくないとの事だそうで、ファルナウスの城に向かうのだそうです。」
「スティングよぉ、間違っちゃいねぇが言い方なァ」
スティングは補足しながら下馬し、皇帝の馬の手綱を引いた。
皇帝はスティングに馬を預けて自らも馬から降り、撫でた首をコキコキといわせながら地に膝を付くマイヅール達の前に立つ。
「まーとりあえず立て。お前らの話を聞きたい。
皆も楽にしてくれ。」
皇帝がそう声を掛けると、地に膝を付きかしこまっていたマイヅール一行達は皇帝から距離を取り、各々自由に動き休憩に入った。
マイヅールとユーエンだけは皇帝の前におり、ファルナウスで入手した情報を報告し始める。
「そう言えば陛下、面白い事が御座いました。
ひた隠しにされていた人形姫のアイリス王女殿下が部屋から出て、我々の前に姿を現しました。
確かに人形の様に美しく愛らしい姫君でしたが、噂の『父王の言いなりで人形の様に自我が無い』 姫君とはまるで別人のようでした。」
「ほう、詳しく聞かせろ。」
マイヅールはファルナウスの城で、マーガレットとアイリスと話した事を事細かに皇帝に話した。
皇帝は「ウンウン」と楽しげに報告を聞き、最後は笑ったが、普段は彫像の様に無表情を貫くユーエンがマイヅールの隣で僅かに表情を顔に出しているのが気になった。
「どうしたユーエン。お前もその場に居たんだろ?
お前の目に、娘達はどう映った?」
「私が気になりましたのは、マーガレット王女よりアイリス王女殿下とその従者であろう少年です。
あの二人は、マイヅール様とアイリス王女殿下が会話を交わしている間もずっと私の動向を目で追ってました。
なんと言いますか…目配せ方が私の教えに似ております。
瞬時に動ける位置取りや、手足の向きや運び方、どれも私が教えたかのように玄人はだしなのですが…。」
「凄いですね…ユーエン様にそこまで言わせる技能を身に着けているとは……ん?
従者の少年だけでは無く王女殿下もですか?…え?」
スティングが驚きの声を出し、何気なく聞いていた皇帝も「え?マジで?」と確認の意味を込めてユーエンを見た。
「ええ、誰が教えたか分かりかねますが、恐らく王女殿下も素晴らしい技を持ってらっしゃいます。
もし二人に師が居るならば私と同等ではないかと…
ですが、それを隠し切る事に手を抜き、こうやって見破られているという怠慢。
王女殿下達の師に会えたなら一言文句を言わせて頂きたいです。詰めが甘いと。」
自身を一流の暗部の人員であると誇るユーエンは、自身が認める程の技量を持ちながら、それをアイリス達が活かしきれていない事に苛立ちをあらわにした。
「いやいや、それ以前にお人形と一緒に部屋にこもりきりだった姫さまだぞ?
そんな師がいるわけ無いだろ?独学で身に付いたとでも?」
「あのような技術が独学で身に付くワケがありません。
恐らく…ですが、王女殿下と従者の少年、戦う術も身に付けてます。身の置き方に隙が無かった。
ファルナウスの兵士より出来る可能性があります。」
ガデュリオン皇帝とスティングは互いの顔を見合わせ「まさか」と眉唾話を聞いた様な表情をした。
だがユーエンは見たまま感じたままを正直に報告する人物である事も良く知っている。
「ユーエンにそう思わせるだけの何かがあるって事か…婚約者と姉に言いくるめられて、ほとんど部屋から出ない王女と聞いていたがな。」
ガデュリオン皇帝の顔が、この先起こる楽しい出来事に胸躍らせる様に、良い笑顔を見せた。
例えるならば『少年の様な』と言う表現が適切かも知れない。
「陛下、お祭りに行く前の子どもみたいな顔、やめてください。
オッサンがワクワクしてんの、何かキモい。」
スティングは「やれやれ」と言わんばかりに大きな溜め息を吐く。
皇帝は悪態をつくスティングにチンピラみたいな表情で睨みをきかせた。
「スティングよぉ、お前自分の立場を知れよ。
もう一回処刑台上がらせんぞ。」
ハイハイと皇帝をあしらう様な態度を見せ、スティングは皇帝の手に愛馬の手綱を渡す。
皇帝は不満げに口を尖らせながら馬に跨がった。
「ユーエン、面白い報告だった。
人形姫と呼ばれた娘を俺の目で見て確かめたい。
ああ、俺の国を利用しようとした姉の方もな。」
「それでは陛下、我々は先に野営地に待つ者達と合流して陛下のお帰りを待ちます。」
マイヅールとユーエンは皇帝を見送り、スティングを供に30人ほどの兵士を率いてガデュリオン皇帝は再びファルナウス城に向かった。
「スティングよー、俺はファルナウスの城に入った事無いんだが…何かこう…夜の城の中に入ったってイメージが湧くんだよな。」
「陛下、実は私もです。」
昨夜は城どころか、城へと続く隠し通路の入り口を見る事さえ叶わなかった。
なのに、そんな映像が霞がかかるようにぼんやり頭に浮かぶ。
「あとな…下の姫さん、ユーエンの話を聞いて凄く興味持ったのは確かなんだがよ。
……なんかこう…悪寒みたいなのも感じるのは何なんだろうな。」
「………なぜですかねぇ。」
スティングも、顔も見た事が無いハズの人形のような王女に会うと考えただけで、胸がざわつく。
理由は自身でもさっぱり分からない。
ただ、スティングは皇帝の様に悪寒を感じたりはしない。
「あの変態白銀騎士が強く勧めるのだから、と構えてしまうんでしょうかね。」
自身の中に浮かぶ霞がかかった光景が、過去の物か未来のものか全く分からない。
それが何かを知る事も出来ないのかも知れない。
今、進んでいる道が正しいかも分からないが━━
「さぁ、行きましょう。」




