運命の夜を過ぎれば、次は姉妹喧嘩が勃発。
ヤハールを連れたアイリスは解き放たれた鳥のごとく飛び回る様に、城の中を思うがままに自由に歩き回った。
自分が生まれ育った城であるのに、行動範囲を意図的に制限されていたアイリスには初めて見る場所も多く、小躍りしそうな程に目を輝かせながらの探索であったのだが、そんな活発なアイリスの姿もまた、城の者たちには初めて見る姿だったために、すれ違う者たちからは驚きの眼差しを向けられた。
「練兵場に現れた姫様を見た兵士さん達のどよめき、凄かったですね。
「本物か?」って声まであがってましたもん。
姫様が部屋から出て城内を歩き回っている事が、よほど有り得ない事だったんでしょうね。」
「昨夜の近衛騎士も数人居ましたわね。
随分と青ざめたお顔をしていらしたけれど、彼らには、わたくしに対する後ろめたさもありますでしょうから、まぁ仕方ございませんわね。」
おしとやかさを演じながら、首を僅かに傾けて微笑むアイリスに、ヤハールは苦笑いを浮かべつつ「あ~はいはい」と肩をすくめた。
「あのー…練兵場に行って分かりましたけど、この城の兵士さん達って割と…弱……控え目…ですよ?」
「ハッキリと言えばいいわよ、ポンコツだって。
姉様の描いたあんな茶番劇ではなく、本当に他国に攻め入られたら、この城は簡単に落ちるわね。」
今さらだが城を回って気付いた事が多々あった。
城を行き交う人々は、一見ちゃんとしている様に見えるが、皆が一様に怠惰でどこか活気が薄い。
鍛錬中の兵士達からも熱を感じる事はなく、強さどうこう以前に彼らにはこの国の為に戦う気概などありはしないのだろう。
それは、使用人達を見ていても分かる。
「なんか…ガデュリオンのお城とは違い過ぎますね。
何か雑然としてると言うか…微妙に手が抜かれてると言うか。」
「まだ無意識なのかも知れないけれど、この城で働く者たちは国を見限ったのかも知れないわね。
王族の為にしっかり働こうという意欲も薄くなっているのでしょう。」
廊下の隅に残る埃を見たアイリスはため息をつく。
手を抜いた仕事をする者たちに対し、注意を促す者さえ居ない。
今、この城の中で一番人に愛され味方が多いのは恐らくマーガレット王女だ。
マーガレット王女が意図的に起こしたプロパガンダなのか分からないが、マーガレット王女の発言権はまだ低いものの、城の中では既に国王よりもマーガレット王女の声に耳を傾け、忠義を尽くすつもりの者が何人もいるのだ。
国王や王太女のアイリスの扱いが軽くぞんざいになるほどに。
━━困ったものね…あら━━
「だから…!…は!…!おかしいと…!!」
アイリスは足を止めて部屋の扉を見た。
閉まっている扉の中から声が漏れるほど、大きな声で何かを訴えている誰かが居る。
この部屋こそが自分が探していた部屋だと気付いたアイリスは、ノックもせず豪快にバァン!と扉を開いた。
「皆様、ご機嫌いかがかしら!!」
部屋の中に居た男たち5人の動きが、アイリスの姿を見た瞬間にピタッと静止した。
3人は机に向かった状態で椅子に座ってはいたが、仕事中だったとは思えないほど姿勢が崩れていた。
部屋の一番奥にある大きな机の席に着いている男は、恐らくこの部屋で一番偉い立場なのだろうが机に肘をつき、ダルそうな雰囲気。
その男の机に両手をついて立っていた髪が伸ばしっぱなしで身だしなみが整ってない眼鏡の若者が一人。
扉の外で聞いた先ほどの熱弁は彼のものだろう。
「お、王女殿下!?も、申し訳ありません!」
眼鏡の若者が手をついた机の主が、席から立ち上がろうとした。
話が途切れた事で面倒から解放されたとニンマリする上司に対し、不満をあらわにした眼鏡の若者が悔しげに表情を歪める。
「皆様、そのままで━━
どうぞ、お仕事の続きをなさって下さい。」
皆が王族への挨拶の為にとノロノロと席から立ち上がろうとするのをアイリスは止めた。
「…続き…と申されましても…」
席に着いた者に、ボソッと呟いた者が居た。
仕事などしておらず、机の上に書類だけ散乱させて隣の席の者とくだらない話しをくっちゃべっていた者だ。
アイリスはボサボサ頭の眼鏡を掛けた若者に向け微笑んだ。
「先ほどの話し、とても興味深かったですわ。
後学のために、わたくしにもお聞かせ下さい。
ある領からの税収が免除されているとの話でしたわね。」
一通り城内を見た後、王城内にあるはずの財務府を探していたアイリスは、ようやくその場所に辿り着き内情を知る機会を得た。
以前の自分では興味が無いどころか、税という物の存在すら知らなかった。
以前のアイリスにとっては「国民」すら知らなくて良い事と思い込まされており、そういう人たちが居る━━以外は何も教えられていなかった。
「あー…王女殿下にお聞かせ出来る様な内容では、ございませんので…
聞いた所で、お分かりにならないでしょうし…」
この場で一番偉い立場の者であろう、眼鏡の若者の前で席に着いた男は面倒だと言わんばかりに歯切れ悪くボソボソと気のない返事を返した。
眼鏡の若者も、「聞いても分からない」に同意したのか、はぁ…と気のないため息をついた。
若者もまた、現状の厳しさを王族に訴えた所で、それが自室に閉じこもりっぱなしだったお人形王女では意味が無いと落胆したのだろう。
「後学のために聞きたいと言っているのです。
話しの続きを聞かせなさい。」
まだ幼く小さなアイリスは、毅然とした態度を崩さなかった。
アイリス王女が自室から出た姿をあまり見た事が無いため、皆の中に「話に聞いていたアイリス王女と随分と雰囲気が違うが…。」との考えは芽吹くが、そもそも滅多に見た事が無かったので、聞いた話の方が間違っているのだろう━━となった。
で、あるならば…目の前に居るアイリス王女は、話しをどこまで理解出来るのか…
期待してはならないが、もしかしたら…
そんな僅かな望みを抱いた眼鏡の若者は机から離れ、アイリスの前に立つ。
「アイリス王女殿下、お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません。
私はこちらの財務機関に勤めております、オーリと申します。」
眼鏡の若者は乱れた身だしなみのままアイリスの前に進み出ると、床に片膝をついた。
「この部屋では一番若いのですね、オーリは。
身綺麗にする間も惜しんで懸命に働いた結果が、先ほどの訴えなのですね。
そのお話わたくしも詳しく知りたいわ。」
オーリとアイリスの言葉のやり取りを聞いた室長は、面倒だと言いたげに机を指でトントンと叩いた。
「幼い王女殿下には、まだ理解しにくい話かも知れませんが、先ほどの話は昨年の天候不良による水害により作物が育たずに思う程の税収が期待出来ない、だから免除を願い出た領があるって話でして。
何にもおかしな話じゃないのですよ。」
「室長、あんたは資料にちゃんと目を通してないだろう!」
室長は声を荒げるオーリを、うるさいとばかりに無視する。
そしてアイリスには「知りもせずしゃしゃり出てくるな」とほのめかす様な語調で答えた。
アイリスは書類が散乱した室長の机に目を向けた。
アイリスの視線に気付いたヤハールは、すぐさま机や床にまで落ちた書類を集めてキレイに揃え、アイリスに手渡した。
「これらの書類を見るに…その領の免除申請を受け入れたのですね。
それが本当なら、わたくしは王族として貴方を解雇せねばなりません。
だって貴方、無能なんですもの。」
「……なんですと?
王女殿下と言えど、おふざけが過ぎる発言かと。」
室長が机を挟んでアイリスを睨みつけた。
幼い少女ごとき、大人を怒らせた怖さを知れば黙るだろうと険しい顔で凄みを利かせたが、アイリスは気にも留めない。
「室長、この領は商業都市ですよ。
水害に遭う様な農耕地はありません。
もちろん知ってらっしゃいますわよね。」
室長の眉がピクッと動いた。
だが取り繕う様な発言は無い。
「あ~そうでしたかね」とでも言うかのように軽くあしらうように鼻で笑う。
「むしろ、こちらの南方にある領は農産物の収益が主な税収となる所で、水害ではかなりの被害を被ったはずです。
こちらからも免除の申請がありますわね。
なのに、こちらは申請を却下し例年と変わらない徴収額を請求している。
どういう事ですか。」
アイリスはツカツカと前に進み出て、室長の机に片手を置いた。
「どういう事ですか。」
ニコニコと微笑みながら室長に向け、圧を飛ばす。
凄みを利かせたつもりの室長は逆にアイリスの圧にたじろいでしまい、「ぅ…」と小さく呟き、アイリスから視線を逸らした。
「どういう事ですか。」
アイリスの表情と、同じ言葉を繰り返す様子から「早く説明しろって言ってんだろ、ハゲ」とのオーラを感じたヤハールは、素がバレる前に、と「コホン」と小さく咳払いをした。
ヤハールの咳払いで我に返ったアイリスは、再び幼い少女らしい笑顔を見せ、オーリの方を見た。
「オーリ、責任はわたくしが取りますわ。
こちらの領には税収の免除を。
支援も必要ですわね、王都の東に災害時の備蓄をお願いしている領がありましたわよね。
そちらに連絡をして南方に物資を送るよう指示を。」
的確な指示を出す幼いアイリスを、ヤハールは微笑ましげに見つめた。
━━姫様、ご立派ですよ。
領地の特徴などすごく勉強なさったんですね。
ガデュリオンに居た頃は、自分の国には何の興味も無いとかおっしゃってましたが━━
━━だって旦那様は、あの日、私の国がどうしてこうなったのかを何も教えてくれなかったんだもの!
じゃ、もういーやって無関心になろうとしたら、
「いや、なんで知ろうとしねぇの?自分の国だろ?」みたいな引いた顔するし、勉強したわよ!
私、旦那様に褒められたいし!!!━━
━━さすが姫様!動機が不純ですね!━━
ヤハールとアイリスがアイコンタクトで会話をする中、オーリは相変わらず浮かばない顔をしていた。
「あら…オーリ?何か困り事でも?
早く東の領に支援の依頼を出して欲しいのだけれど。」
「…王女殿下には…非常に申し上げにくいのですが…支援を要請するだけの財源が無いのです…
いえ、あったはずなのに無くなっているのです…
東の領には、以前にも備蓄を要請しており、その費用もまだ支払いが滞っている状態で…頼めません…。」
「国を維持するための国庫のお金が無いって事?
支出額や用途について、事細かに記載があるでしょう?」
言いにくそうに言葉を濁すオーリの顔を下から覗き込むアイリスは、あざとく「なぁぜ?教えて」と純粋なる無知な表情を見せる。
アイリスの眼差しに負けたオーリは、隠し切れずに真実を口にした。
「よ、用途についてまでは詳しくは記載されてません…ただ、陛下が大金を持ち出したとの記載だけがあり…原因が陛下で…。」
「オーリ!国王陛下に対して不敬だぞ!」
オーリと室長のやり取り、部屋に居る他の3人の表情などを見る限り、国王が国庫から私的に大金を出したのが暗黙の了解のもと行われたのだとアイリスは理解した。
━━やっぱりね…オーリも含めて、ホントはみんな知ってるんだ━━
そして、その大金が何に使われたのかも承知しているのだろう。
「オーリ、国庫のお金は国のため、ひいては国民のために使うもの。そうでしょう?」
「そうですが…
どうか王女殿下から陛下に補填のお話を…」
言いにくそうに小声で訴えるオーリを無視したアイリスはヤハールに声を掛けた。
「ヤハール、あれを用意して。」
「かしこまりました、姫様。」
ヤハールは部屋の隅に隠しておいた、装飾の施された布張りの箱を出し、蓋を開いた。
中にはアクアブルーの色をした美しいイヤリングと、同じくアクアブルーの宝石がいくつもあしらわれた揃いのネックレスが入っていた。
「こちらはブルーダイヤモンドのネックレスとイヤリングです。
前回の未払いの分を合わせても、お釣りが来る程の価値がある事でしょう。
その、お釣りとなる分は支払いを待たせたお詫びと、これからも国の為に働いて欲しいとの期待の意味も込めて、贈りますと告げなさい。」
ヤハールは、呆然と立ち尽くすオーリの手に、半ば無理矢理、宝石の入った布張りの箱を押し付けた。
部屋に居る他の人物たちも顔面蒼白状態になっている。
皆は、この宝石が「誰が、誰に渡した物」かを知っているのだろう。
「ッッッ…おっ…王女殿下…こ、この…この宝石っ」
「国庫の財源のひとつです。
一時的に宝石に品を変え保管されてましたが、有事の際には金銭の代わりに支払いに充てられます。」
「い、いや、これはマーガレット王女の…」
「国王陛下が国庫から支払い、購入した、本来国庫にあるべき物です。
姉に預けていた様ですが、有事の際には金銭の代わりに支払いに充てられます。」
押し付けられた宝石を手に震えるオーリと、それを遠巻きに見て青ざめた4人の男たち。
アイリスは僅かな笑みを口元に浮かべ、再び言い切る。
「この宝石は東の領地への支払いに充てられます。
水害に遭った南の領地の税収は免除します。
そして、水害に遭ったからと税収を免除した商業都市の領地。
虚偽の報告をしたこちらからは税を過分に徴収します。」
━━バンッ!
「そんなの、駄目よ!!!」
財務室の扉が勢い良く開き、ハァハァと息を切らしたマーガレット王女がカミル王子と共に部屋に入って来た。
話の内容は既に筒抜け、マーガレット王女が呼ばれてここに来た。
この城には、マーガレット王女のために諜報活動をする者も既に居る様子。
━━来たわね、お姉様。━━
アイリスはマーガレット王女とカミル王子に向かい、美しいカーテシーをして見せた。
「おはようございます、お姉様、カミル王子様。」
━━さぁ、お姉様。
今日から初めての姉妹喧嘩を始めましょうか。━━




