S級探索者達は水龍神と戦う
クロウが生み出した光球によるわずかな光。その光によって照らされた巨大な体の一部がゆらりと動く。その姿はあまりにも巨大で、強めに生み出した光球ですらその全体像を映し出すには至らなかった。
N級魔物、水龍神:リヴァイアサン。
巨大な水龍であるリヴァイアサンは周囲の水を自由自在に操れる。陸上でも動くことはできるが、全力を出せるのは水中の時。その実力は他のN級すらもたやすく凌駕するレベルだ。
『すごく…大きいです…』
『いや、ほんと前にいたニーズヘッグよりでけぇんじゃねぇの?』
『どっちもでかすぎて比較ができねぇよ』
その姿を見てリスナー達も呆気に取られているが、それでも過去にN級騒乱を見ていたリスナー達だ。それなりの耐性はもっていた。
『本当に大きいですね…これが今回のダンジョンボスということでしょうか』
『なのかね?基本的にN級魔物とダンジョンボスは同一ではないはずなんだけど…』
基本的にダンジョンのボスはリポップをする。それもダンジョンコアの内部にある魔力を使用しての一定周期によるものだ。しかし、以前の騒乱の時に判明したが、N級魔物を出現させるにはかなりの量の魔力が必要になるので、通常のダンジョンボスのように定期的にリポップさせるタイプには向いていない。
「どうだろうな。もしかしたら魔素の吸収率が高くて魔力のチャージ速度が速いのかもしれんが。まあそこらへんはどうでもいい」
そう言った調査は維持させるならば必要になるだろうが、もともとこのダンジョンを封鎖するために来ている以上、そこらへんはあまり気にしなくてもいいだろう。
「それで?誰かが行くの?」
「まがりなりにもボスだ。俺達全員でかかればいいだろう。そうじゃなければ俺達がいる意味がないしな」
ジェニーの問いかけにロイが答える。今回はL級案件であり、本来ならばL級探索者である二人が対処する問題だ。そこにとある国からの横やりが入ったせいでクロウが参戦したのだが、それでも元は二人が取り掛かるべき案件。故にクロウだけに任せるわけにもいかないが、だからと言って二人で倒してもそれはそれで問題になりかねなかった。
「んじゃ、適当に動いていればいいだろ。適当にそれぞれで合わせればいいんだし」
「そうね」
「では行こう」
各々がそれぞれ構えると揺蕩っていたリヴァイアサンの目がクロウ達を捕える。
「ほう…。なにかが来たと思ったが、矮小な人間どもとはーーー」
パァン!!
「ぐお!?」
言葉の途中で突如クロウの姿が画面から消え、直後にリヴァイアサンの顔近くへと現れたかと思ったら横っ面に拳を叩き込んでいた。
「誰が矮小じゃ」
『クロウさんの先制攻撃だ!』
『矮小ってところに引っかかったんかい』
『いつもはそんなこと気にしないのに…』
『なんか昔一緒にいた仲間と再会したからはしゃいでいる感じかな?』
『ふぅ~ん…』
『あ…』
『みらいちゃんのヤキモチスイッチが入った!?』
『まあ、マスターってみらいさんの前ではそれなりにいい顔するからねぇ…』
最近はそれなりに素の表情を出すようにはなったが、それでも推しであるみらいにはいい顔をしたいというか、やはり推しであるからか特段優しく接しており、他の面々のようにいささか雑な扱いはしていなかったりもする。
『正直私達にももう少し優しく接してくれてもいいとおもうなー』
『そうね。結構雑に扱われるときがある物ね』
『何してるんですかあなた達』
唐突にコメント欄に現れたS級探索者である遥と流華。それに驚きつつも冷静にツッコムリスナー。ある意味こういう大きな案件での様式美になりつつある光景だった。
そんなわちゃわちゃが繰り広げられている中、リヴァイアサンとの戦いが始まる。
「おのれ…」
吹き飛ばされたリヴァイアサンは姿勢を正し、顔をクロウへと向けた瞬間、無数の弾丸が体へと叩き込まれた。
「む、この程度じゃ通らないか」
しかし、直撃した弾丸はそのまま霧散し、鱗に傷をつける事すらできずにいた。
「これなら…どうだ!」
次に持ち手からロイが勢いよく鉄球を射出し、水の抵抗を無視しながら突き進んでリヴァイアサンの胴体へとぶつかる。
「む…」
しかし、直撃した鉄球は棘付きであるのに刺さることはなく、そのまま跳ね返されてしまう。鱗にも傷ついた様子が見受けられない。
「妙だな。防御力が高いにしてもあそこまで効かない物か?」
「そうね。確かに変だわ。でもさっきのソウヤの攻撃は効いてたのよね」
ジェニーの攻撃は様子見もかねての一撃ではあったが、それでも生半可な魔物ですら一撃で屠るレベルの威力は秘めていた。
そしてそれに気づいていたロイがこちらも様子見はあれど、それでも強めに一撃を放ったが、それですらダメージらしきものは与えられていない。先ほどのクロウの一撃からして二人の攻撃に関してはダメージらしきものはなくとも、鱗に傷がついてもおかしくはないレベルではあるのだが、それがないのがどうにも引っかかった。
「どうしたー?」
そんな二人の様子に気が付いたクロウが声をかけてくる。ちなみにクロウに関しては先ほど言われた矮小をいまだに根に持っているのか、全力でリヴァイアサンの眼前をうろちょろしておちょくっている模様。
「何してるのよあんた…。まあいいわ、遠距離攻撃が効きにくいって話してるのよ」
「ああ。こいつ体の周りに水の鎧つけてるからそれでだろ」
「それならきちんと伝えなさいよ!」
「いやぁ、手ごたえでわかるかなぁと…よっと」
周囲の水を渦のように動かしてリヴァイアサンへとぶつけて、わずかに怯んだ隙に距離を取ってジェニーたちの元へと戻る。
近接攻撃でリヴァイアサンを殴ったクロウは先ほどわずかな違和感を感じていた。それは拳が当たる直前、わずかだが水の抵抗が強まったことだ。それを無視して力を籠めて殴りつけたから特に変化もなく殴り飛ばせたが、力を籠めなければ威力が軽減させられていただろう。
おそらくだが、自らの周囲の水を圧縮し、水圧自体を増した水の鎧を全身に纏っているのであろうというのがクロウの推測だ。ちなみにこれに関して先ほどからおちょくりつつはがそうとしているのだが、はがすたびに周囲の水を吸収して再生しているので意味が無さそうであった。
「なるほどね…。そういうこと」
「となると、その水の鎧を貫通できるだけの威力か、それを無視してでも内部に叩き込めるだけの威力の攻撃が必要ってことか」
「そういうことー」
ここまで言えばL級である二人ならばあとは適当にやるだろう。
陸上であれば水の鎧というのもわかりやすい物だが、水中ではその違いが視認できない。それゆえに感覚で対処しないといけないが、そこらへんは問題ないだろう。
「んじゃあとは適当にやってくれー」
そう言ってクロウは水中を高速で移動してリヴァイアサンへと突撃していく。
「ソウヤも好き勝手やってるわね。じゃ、私は後方で撃ってるから」
「わかった」
ジェニーは後方へと下がって魔銃を両手に構えた。
「さて、俺も攻撃力メインで行くか」
そう言ってロイが鉄球を掴んで引っ張ると持ち手との間に魔力の線が伸びる。
そしてわずかに持ち手の方へと力を籠めると魔力の線が太くなり、一定の距離で鉄球を固定させた。
『なんだかよくわからん形状になった』
『メイス状態って感じかな?』
その様子にリスナー達が推測しだすが特に解説に関してはロイの方ではする気ではなかった。
『とりあえず今はマスターが接近して素手で、ロイさんはメイスかな?その形態にした武器で、ジェニーさんは遠距離から魔銃で攻撃って感じだね』
『ですね。先ほどのクロウさんの言葉から。結構分厚い水の鎧があるようですが、大丈夫でしょうか』
配信内であまり喋る人がいないのでみらいとシェルフが実況解説ということで会話で場を繋いでいく。
実際みらいが懸念したように、クロウ達の攻撃に目に見えた鈍りがあった。
「んー…届きにくい」
「お前の最初に一撃で鎧を厚くしたんだろうな」
「だなぁー、めんどくせぇ」
薄め…およそ10cmほどであろう水の鎧はおよそ五倍ほどの厚さへと変わっていた。
「ふん、最初は虚を突かれたが、やはり脆弱な人間。我が少し本気を出せば…」
その言葉の途中でキュン!と甲高い音と共に何かが高速でクロウとロイの間を通り過ぎ、そのまま突き進んでいって水の鎧をリヴァイアサンの体ごと貫いて通過していった。
「ぐあぁ!?」
「あら、案外簡単に貫けるわね」
遠くにいたジェニーがあっけらかんとした様子でつぶやいていた。
先ほど放った弾丸は細く鋭く、そして回転を加えることで貫通力に特化させた弾丸。その弾丸が水の鎧だけでなくリヴァイアサンの鱗も体も貫いた。
「たぶん動きがないんだろうな。俺達の物理に関しては水であって液体だから力が分散するが、さっきの貫通力の高い弾丸は横の動きには弱いだろうからな」
「ま、次からは対策されているだろうからそれも念頭に弾丸を変えるけどね」
先ほどの弾丸は貫通力を増やすために細長い弾丸の形状にした。これは貫通力が高いが、その分横からの力がかかればその貫通力も威力も削がれてしまう。
おそらくこれから来るであろう水流による防御や攻撃に関して無力になってしまうだろうが、それを知っていて何もしないジェニーではなかった。
「それで?ロイのほうはどんな感じ?」
「いまいちだな。まあ、いざとなったらごり押しでどうにかする。ソウヤはどうだ?」
「え?」
ロイがクロウのほうを見るとそこではクロウが両手を上げて指をまっすぐ伸ばした状態でいた。
『クロウさんなにしてんの』
『鋼〇ジー〇?』
『あー…両手ドリルの…ってわかる人いるのか?』
『なにそれ?』
『昔のロボットアニメだっけ?』
『俺も名前くらいしか知らんからわからん』
コメント欄の会話にみらいもシェルフも首を傾げていた。しかし、その場にいたロイとジェニーはクロウがやっていることが分かった。
「なるほど、両手に圧縮した水を渦のように回転させることで水のドリルを両手に作り上げたのね」
「そういうこと。これなら鎧も貫通させてダメージ与えられるだろ」
「なるほどな。それなら俺もそれを習ってみるとするか」
そう言うとロイは持ち手に魔力を籠めると、鉄球の形状が変わっていく。
「それ、可変式なのか」
「ああ。棘付き鉄球が一番ダメージ効率いいから基本がこの形状なだけで魔力によって形状はいくらでも変えられるんだ」
そう言ってドリルの形状に変化した武器を軽く振るう。重さや感触を確かめてから魔力を通すとドリルが回転し始める。
「よし、んじゃ問題なさそうだな。それじゃあ…」
ゾワリとすさまじい魔力が三人の周囲へと立ち上り、クロウ達の雰囲気が変わった。
「様子見は終わりだ。終わりにしようか」




