S級探索者は海底ダンジョンに挑む
件のダンジョンへと入ったクロウ、ジェニー、ロイの三人。
「やっぱ暗いなー」
『なんもみえねぇ』
『これって階層あるのか?』
ダンジョンの入り口が別世界への入り口だと聞いていてもやはり内部の環境が外の環境と似た部分があるのか、光が一切ない水中の中を進んでいく事となっている。
「ねえ、ソウヤ。ここってどんな形状なの?」
「すり鉢っぽい感じだな。縦長のダンジョンみたいだ」
「じゃあ床とかはない感じか」
「ああ。でも、階層の概念自体はあるのか、どうにも魔力の流れというか質に区切りがある感じだ」
『どういうことですか?』
「んー…深さによる水質の変化とでもいうべきか、ほら、一定の深さになると生態系が変わるのも現実にあるじゃん?そんな感じ」
ギルドの方で解説配信をしているみらいの問いかけにクロウが答える。
魔力をソナーの代わりにして周囲を軽く探索してみるが、壁はあれども床らしきものは存在しない。しかし、階層を現しているのか、それぞれ魔力の境界線のような物は複数存在しているので、おそらくそれがこのダンジョンの階層としての役割を担っているのだろう。
『ほえー、こんな感じのダンジョンもあるんだ』
「ダンジョンには本当にいろんなタイプのダンジョンがあるからなぁ」
クロウもそれなりの数のダンジョンを踏破しているが、それでもまだ未知のダンジョンがあったりもする。どんなダンジョンでも問題なく適応できるだけの実力はあるが、それでも驚くこともよくあるくらいだ。
「とりあえずこのまま下っても問題ないんだな?」
「ああ。迷子になるようなこともないし、分かれ道も無いからな。ただ…」
『お?』
『なんかあるん?』
コメントの方で問いかけてきた瞬間。
バァン!という音と共にクロウが画面外へと吹き飛ばされた。
『クロウさん!?』
『マスター!?』
唐突に画面から消えたクロウにみらいとシェルフが驚きのこもった悲鳴に近い声が上がった。
『いきなりなんだ!?』
『何かにふっ飛ばされた!?』
突然の出来事にコメント欄でもリスナー達が驚いていた。
「大丈夫大丈夫。ひさびさだとやっぱ反応が鈍いなー」
吹っ飛ばされたというのに無傷のクロウが軽く腕を回しながら戻ってくる。
「大丈夫?腕落ちたんじゃないの?」
「水中の戦闘久々だから感覚がわかんなくなってるだけだっての」
「確かに、地上での戦いとは少し感覚が違うからな。どうする?手を貸すか?」
「必要ない。売られた喧嘩は俺が買う」
クロウの返事に頷き、ジェニーとロイが少し離れる。
『マスター、問題ないならさっき何があったか教えてくれない?』
「ああ、はいはい。そうだな。もしできたらさっきシーン、スローで見てみな」
『え~っと…あ、はい。わかりました。ギルドの職員の方がやってくれたらしいのでワイプで出しますね』
みらいがそう言うと配信画面の一部に別映像が映し出される。それは先ほどクロウが吹っ飛ばされたシーンなのだが、吹っ飛ばされる直前。クロウが両腕をクロスさせて防御姿勢を取った瞬間、何かが突進してきていた。
『これは…』
『サメ?』
「ソニックシャーク。水中を音速を超える速度で移動し、姿を見せずに相手を食らうB級上位の魔物だな」
「一度突進してきたら受け止めるのも大変なのよねー」
その映像を見たロイとジェニーが解説をはさむ。
「ま、彼ならそんなの容易いでしょうけどね」
そう言って笑みを浮かべて向ける視線の先では相手の動きを待っているクロウの姿があった。
「………」
ソニックシャークは姿をまず現さない。相手の攻撃射程外にて待機している。ソニックシャークの脅威はそのすさまじい速度からの噛みつき。しかし、そこに至るまでにはそれなりの助走が必要であり、その速度を稼ぐためにそれ相応の距離が必要となっている。
故に離れた位置からの高速移動による噛みつき、それがソニックシャークの基本的な攻撃となる。
音速を超えるほどの速度。それを水中という視界が悪い中、唐突に来たら反応できる探索者はほとんどいない。しかし、それはあくまで並みの探索者であった場合。
S級探索者であるクロウであれば…
「ふっ」
パァン!
ソニックシャークの鼻と顎を掴んで受け止めた。
『うお!?』
『受け止めたぁ!?』
『さすがクロウさんだぁ…』
例え感知外からの攻撃だろうと、クロウであれば見てから反応して捕える事すら容易い。
「よい…しょっと」
顎と鼻を掴んだまま腕を反転させ、ソニックシャークを高速回転させる。
そして手を手刀の形にして魔力を纏わせると回転しているソニックシャークへと振り下ろした。
スパァンと真っ二つに両断されそのまま魔石と素材だけになった。
「うし、こっちは問題なしっと」
『一撃だぁ…』
『みらいちゃん達の配信見てると思うけど、ほんとクロウさんって規格外よな』
『まあ、これがS級ってことなんやろうな』
容易くB級上位の魔物を倒したクロウに対してリスナー達も改めてその強さを実感する。
「クロウ、次来たわよ」
「だな。どうする?」
「次は私が出るわ。見てばかりじゃ飽きるのよ」
そう言ってジェニーがクロウの傍に来たので、クロウも頷いて後方にいるロイの元へと下がる。
『なになにまた何か来るの?』
「ソウヤの奴が倒す際に血を流させたからな。それに寄って来る奴がくる」
「魔術使っても少しは血が出るんだがなぁ」
ロイの責めるような言葉にクロウも肩をすくめつつ返す。
そんな会話がしている中、ジェニーは腰に差してあるベルトから二丁の拳銃を取り出した。
『あれって…銃?』
『でも、みらいちゃんが使っているのとタイプ違うね』
『デザートイーグルみたいな形状だね。実銃かな』
「いや、あれ魔銃だよ」
『え、でも魔銃って魔弾が必要なんじゃないの?』
クロウの言葉にシェルフが問い返してきた。
「基本スタイルとしては魔銃には魔弾は必要だよ。でも、ジェニーが使っているのは特殊タイプでな。魔弾を使わず、自らの魔力だけで弾丸を生成するタイプの物だ」
魔銃は基本的にみらいが使っているような魔弾に魔力を籠めることでそこから魔力を補充して弾丸を生成するタイプだ。これは無属性の魔力を魔銃を介することで様々な変化を及ぼし、複数の種類の弾丸へと変化させることができる。その際に魔銃によってはそれ専用の魔術回路などが刻まれたカートリッジを差し込むことでそれに対応した属性弾を放つこともできる。しかし、それはカートリッジの変更などの手間があるのでワンテンポ行動が遅れてしまう。それらをすべて失くしたのがジェニーが使っている魔弾を使わないタイプの魔銃だ。
この魔銃に関してはそれぞれの使い手によって魔力の性質等をチューニングした専用の物となるのだが、その分、魔力の変換効率は高く、通常の魔銃よりも少ない魔力量で同等の威力の魔弾を生成できる。そしてその魔弾の形状に関してももっと細かく設定することができる。
具体的には今のみらいでは細長い針のような貫通力の高い弾丸だったり、小さく威力は低いが大量に放てる散弾のような弾丸を生み出すことができる。
ジェニーの魔銃に関しては細長い針のような弾丸であっても途中で方向を変えるホーミング弾のようにしたり、散弾だとしても最初は通常サイズの弾丸が放たれ、一定距離、もしくは任意のタイミングで爆ぜて無数の散弾へと姿を変えたり等様々な物を想像通りに生み出せる。そのうえ、カートリッジの変更なしに属性変更もできたりとできることの幅は広い。
その分細部までイメージしないとうまく発動しなかったりとなかなか難易度が高いが、それを扱えるようになればどんな状況でも対応できるだけの対応力の広い武器となる。
「さあ、みらいちゃん、見ていな。あれが、魔銃使いの頂だ」
説明を終え、そう言ってジェニーの方へと視線を向けると、ちょうど魔物が姿を現したところだった。
『なにあれ?』
『ピラニア?』
「ブラッディピラニア。血に反応して群れで襲い掛かってくる魔物だ」
「一体一体の強さはC級下位程度。だけど、水中という動きが制限されている場所である上に、群れの個体は数百体はくだらないレベルの数で襲い掛かってくる。その総合力としてはA級上位にも匹敵する」
クロウの光球によって照らされたのは血に染まったかのような真っ赤なピラニア。ブラッディピラニア。先ほどの戦いで発生したわずかな血に反応し、群れで襲い掛かってきたのだ。
その数は数百と多く、まともに数えきれない。しかし、その大量のピラニアを目にしてもジェニーはその顔に不敵の笑みを浮かべたまま二丁の拳銃をホルスターから抜く。
「showtime!」
その言葉と共に魔銃のトリガーをひく。一度退いただけなのにその瞬間に無数の弾丸が迸り、次々にブラッディピラニアを撃ちぬいていく。
ジェニーはその場にとどまることはなく、群れの動きを翻弄するように上下左右に動き回りながらも的確に撃ち続けている。
『すげぇ!?』
『なんつう早撃ちだ!?』
『早いだけじゃない、一発も外してねぇぞ!!』
リスナーが気づいた通り、無数に乱雑に放たれたかのように見える弾丸はそれらすべてが迫ってくるブラッディピラニアに直撃しており、次々とダメージを与えている。しかも、ダメージだけでなく何かが弾丸に付与されえているのか、直撃したピラニアの動きが鈍り始めている。
『あの弾丸、何か付与されているんですか?』
「正解。ちなみになんだと思う?」
『えっと…』
みらいの問いにクロウは問題として問い返す。じっくりと映っているピラニアの様子を見るが、目に見えた違いは見当たらない。わずかに動きが鈍った程度だ。
『動きが鈍っているってことはデバフ関連?でも、なんか少し違うかなぁ…なんだろう…』
しっかりと弾丸が直撃しているピラニアたちを見て観察している。リスナー達もコメント欄であれじゃないかとか考察を言っている。そんな中、みらいがふと違和感を覚える動きをしているピラニアを見つけた。
『ん?あれ…なんか横に動いていない?』
そう言ってみらいが一匹のピラニアを示す。
『ほんとだ。真横ってわけじゃないけど、なんか泳ぎ方に違和感がある』
『斜めに泳いでる?でも、なんか…体の向きと泳ぎの方向が一致してない?』
『もしかして…』
「お、何か気づいたかい?」
その違和感から何かを察したらしいみらいがそのピラニアをじっくり観察する。そのピラニアは直進して動き回るジェニーの元へと移動しようとしているが、それとは別にどこかに引っ張られるように別方向に移動している。そしてそのピラニアの元へと別のピラニアが同じように進もうとしている方向とは別の違う方向へと引っ張られるように近づいてきていた。
『これってもしかして磁力付与されている?』
「当たり」
みらいの言葉を認めるように近づきあっていたピラニアの体が張り付いた。
『え、磁力付与なんてできるの!?』
「通常の魔銃なら無理だな。回路が複雑すぎて落とし込めない。だが、あいつが使っている銃ならば持ち主の想像力、知識次第で可能だ」
磁力というのは電気的な力の一つだ。細かいところは専門的になりすぎるので省くが、電機関連の付与の延長線上の一つとしてカードに付与することはできる。だがそのためにはその磁力の出力などを一定化させたり、+や-の極などの調整等をしないといけないので落とし込むにはかなり複雑な回路が必要となる。
だが、知識からくるイメージならばそれを反映させればジェニーのように魔弾なしの魔銃ならば付与することが可能だ。
『まじかよ…』
『魔銃ってあんなこともできるんだ…』
「そのためにはかなりの知識や想像力、そして魔力が必要になるがな。あそこまでは無理だとしても、あの魔銃が扱えるようになれば、A級クラスの実力を有するくらいにはなれるだろう」
S級、L級となるとそれ以上の実力や移動手段などが必要になるだろうが、それでもA級クラスに匹敵するレベルの実力になる。みらいがそこまで行けるかはわからないが、それでも目標を見せるのはいいことだろう。
『あれが…A級…』
『それってできるレベルなの?』
「んー、その人の努力次第かな。A級とS級にはだいぶ差があるし、A級と行ってもどこまで行けるかは本人の資質にもよるけど、努力で行ける範囲ならばそのくらいだぞ」
どれだけの時間がかかるかはわからない。それでも努力をすればそこまで行けるだけの実力はあるとクロウは見ている。まあ、ただ無為に努力をしても意味がないから必要とあらばクロウも手を貸すが。
そんな話をしている間に、どうやらジェニーの方は仕込みが終わったようで、ジェニーの正面には数百匹のブラッディピラニア同士が張り付きあって球体のような状態になっているものが出来上がっていた。
『うーん、キモイ』
『なんか集合体恐怖症の人が発狂しそうだよなこれ』
『蓮コラやめて』
「だそうだ、ジェニーさっさと消してくれ」
「しょうがないわね」
チャキリと魔銃を構えてブラッディピラニアの球体へと銃口を向ける。
「good night」
ダァン!と魔弾が放たれ、球体の内一匹にその魔弾が着弾するとすさまじい雷が迸りピラニアを一匹残らず丸焦げにした。そしてそのまま姿が消え、素材と魔石だけがそこに漂っていた。
「素材と魔石は私がもらっていいのよね?」
「そもそも討伐した奴がもらうって話だからな」
「じゃ、遠慮なく。まあ、ブラッディピラニアって数は多いけど素材はあまりいい物じゃないのよねぇ」
そう言いつつ魔力を操って水に渦を作り上げて漂っている素材や魔石を集めて回収していく。
「さて、最後は俺だ」
そう言って今度はロイが進む。
『え、まだ何か来るの?』
「まあなー。ってか引き寄せるためにあんな戦い方しただろジェニー」
「あら、私達だけ戦ってロイの戦い見ないなんてナンセンスじゃない?」
「まあ、配信映えとしてはいいのかもしれんがな」
クロウ、ジェニーと戦ったので今度はロイの戦闘となるのだが、その戦いにふさわしい相手が来るかどうかは不明だ。しかし、それを呼び込むための先ほどのジェニーの戦いだ。
そしてそのふさわしい相手が来たようだ。
『なんか聞こえる?』
クロウ達を除いて最初に気づいたのはシェルフだった。
ボーーー………
『これは…なんか汽笛の音に聞こえる?』
『列車とか船とかのあれか?』
『こんな水中で?』
「汽笛じゃなくて声だよ。すでにそこにいるぞ」
そう言ってクロウは追加で複数の光球を生み出し、すでに来ている魔物を映し出した。
『え』
『はぁ?』
『なにこれ…』
『でっっっっ!?』
その光によって照らされたのは巨大な壁とも思えるほどの巨体のクジラ。
「タイラントホエール。かつて戦ったニーズヘッグに引けを取らないほどの巨体を持ったクジラでA級上位の魔物だ」
『まじかよ』
『さっき聞こえた汽笛のような音ってタイラントホエールの鳴き声だったの!?』
『この子呼吸どうしてるんだろう…』
『魔物にそれは無粋よ』
そんな話をリスナー達がコメント欄でしている間にロイがタイラントホエールへと近づいていく。その右手には短い持ち手とそこにくっついている棘付き鉄球が握られていた。
『にしても、あれがロイさんの武器何ですか?』
『なんか面白い形状の武器だねー』
「ああ。あれがロイの武器のモーニングスターだ」
『モーニングスター?』
『鎖付きの鉄球やね。棘がついているのが主流になるのかな?』
『え、じゃああれも?』
「ああ。通常とはちょっと違う特殊な奴だがな」
その言葉を示すようにロイが手持ちについているスイッチを押すと、棘付き鉄球が手持ちから射出されてタイラントホエールの体へと叩きつけられて傷をつける。
しかし、タイラントホエールからしたらその程度かすり傷なのか、まともな反応をしてこない。
「やっぱ見た目通り巨体だからか鈍いわねー」
「ま、それが致命傷につながるんだがな」
背負激を様子見として叩き込んだ一撃はわずかに傷を負わせたが、それでもホエールにはダメージはほとんどない。ロイ自身そうだろうと判断しており、即座に持ち手を引き寄せると持ち手から放たれた鉄球に向けて鎖のようなものが伸びていく。
『なにあれ』
「あれがロイが使っているモーニングスターの特徴の一つである魔力鎖だ」
『まりょくさ?』
「魔力で編み上げられた鎖よ。魔力によって作られたものだから射程はほぼ無限。そして鉄球を自在に動かすこともできるのよ」
「それだけじゃなく…あんな感じの事もできる」
そう言って見せたのはホエールの巨体を巻き付いている魔力鎖の姿だ。あのわずかな時間であの巨体のほぼ全身に巻き付いており、それによってホエールは動きが阻害されていた。
身じろぎしてその鎖を解こうとするが、まるで吸着しているかのように鎖は解けず、しっかりと縛り付けていた。
「むん!」
力を籠め、鎖を引っ張ると鎖の形状が変化し、刃のような形へと変化して、ホエールの体へと食い込んでいく。
「魔力で作られた鎖は変幻自在。サイズ、長さだけでなく形も自由に変化できる。故に…」
「はぁ!!」
持ち手を引っ張り、刃へと変化した魔力鎖を巻き取り、深々とホエールの体を傷つけていく。
キュォーーン…
悲痛な叫びが聞こえるが、ロイはそれに一切耳を傾けることはなく、そのまま引き寄せた棘付き鉄球を振り上げる。
「終わり…だ!」
突如鉄球が輝くと鉄球が数倍のサイズに巨大化した。
『ふぁ!?』
『鉄球も巨大化すんのかよ!?』
そんなリスナー達の驚きの声などどこ吹く風、一切ロイは気にせずに振り下ろした鉄球がタイラントホエールの頭に叩き込まれ、そのままホエールの体は輝きだして素材と魔石へとなった。
「ふぅ…こんなもんか?」
「だな。とりあえず落ち着いただろ」
「そうねー。ブラッディピラニアも来ないようだし、このまま先に進みましょうか」
ダンジョン内初戦も一段落ついたとみて、クロウ達は再度ダンジョン制覇のために深部へと潜っていくのであった。




