S級探索者は備え始める
クロウの自宅にて今後について話し合った翌日。六華の事はシェルフとみらいに任せ、クロウは一度他のS級探索者と相談をするためにギルドへと訪れていた。
「ういーっす、待たせたな」
ギルマスと最低限資料をまとめ、一緒に会議室へと赴くとそこにはすでに他のS級である流華、傑、遥、雷亜がいた。
「お疲れ、配信見てたよー」
「また厄介事か?」
「そんなところだ」
「あの子の事なんだよね?」
「また探究者が何か動いたということでしょうか?」
「それについてはまだ何とも。まあ、そこらへんもすり合わせをしていこうと思う」
そう言ってギルマスが座り、クロウも適当に空いている席に座った。
「さて、とりあえず資料を作ってきたが…読むかい?」
「断る!」
「………じゃあ、重要点だけ口頭で伝えようか。細かな物に関して必要だったらそれぞれ呼んでほしい」
力いっぱい答えた傑にため息を吐きつつギルマスが説明を始める。
「とりあえず概要から。まずは…」
と前置きを済ませてから件の探索者襲撃事件から始まった一連の出来事を全員に共有した。
「ふぅん…その子強さとしては?」
「S級には満たないが、A級としてはトップ勢を凌ぐレベルだな」
「ふぅん…あの年でねぇ…」
「それってやっぱりダンジョンで生きてきたからか?」
「おそらくな。といってもあくまであの子の強さは魔力量によるものだ。身体能力としてはシェルフと同等…B級下位程度ってところだな」
「クロウと同じで魔法や魔術が基本戦闘スタイルなんだっけ?」
「ああ。俺はもともと母さん達に鍛えられて身体能力がメインで、外に出てから魔術を学んだがあの子は逆で、ダンジョン内で暮らすことで得た特有の魔力をメインに魔術を使っていて、身体能力は魔力が上がることで上がる程度しか上昇していない」
「つまり接近戦とかは弱いってことか」
「ああ」
「なるほどねぇ。それなら確かに私達には届かないわね」
流華が納得したように頷く。ここの面々は全員それぞれ得意な戦法というものがある。クロウで言えば魔法や魔術を主体とした範囲攻撃、傑で言えば身体能力を活かした接近戦などだ。
ただし、中にはそれらを封じられる場所もある。重力がめちゃくちゃでまともに動けない場所だったり、魔素が特殊で魔法や魔術の構築が上手くできない場所だったりと、様々なダンジョンがある。それゆえに一芸に特化した探索者はそういった特異ダンジョンで何もできなくなる。(まあ、傑はそれらすべてを身体能力でねじ伏せるのだが)
それらすべてをあらゆる手段で、たった一人で対処できる存在が故のS級という国内最上位のランクに居座れるのだ。
それゆえに魔術一辺倒でそれ以外が未熟な六華の実力はS級には満たないという形になった。
「それで?その六華をなんで探究者がクロウに会わせたの?」
話が少し脱線しそうになっていたところを遥が戻す。
「明確な目的はまだわからん。何らかの目的があってあそこに連れてきたみたいだからな」
「あのダンジョンに住んでたんじゃないのか?」
「違うようだ。おそらく探究者が俺に接触させるためにあそこに連れて行ったんだろ」
「なんであんなところに?」
「わからん。おそらくだが、俺がどこにいるかわからないから、それなりに人が来る場所にあの子を置いて探索者を襲わせたんじゃないかと推測しているが…」
「つまりあの探索者襲撃事件がクロウを呼び込むための餌だったってこと?」
「多分だがな」
「そこまでしてお前に執着する理由は何なんだろうな」
「さてなぁ。ああいう輩は何考えているかよくわからんからな。あいつの好奇心に引っかかる何かが俺にはあったのかもしれんな」
ため息交じりに傑の質問に答えるとパンパンと手を叩いて先ほどまで黙っていたギルマスが話し始める。
「とりあえず、現状わからないことが多すぎる。そしておそらく背景にこの間発生したN級騒乱を引き起こしたであろう探究者がいる可能性が高い。メインで動くのはクロウを含めたみらいさん達になるが、君達にも何かあった際にすぐに対応できるようにしておいてもらいたい」
「こっちで調べてもいいのよね?」
「ああ。何かわかったら報告してくれたらありがたい。ただ、何があるかわからないから、即座に連絡とれるようにはしておいてほしい」
「あいよ」
「僕と遥は配信のほうがあるから、あまり調査はできないけど…」
「ああ、それに関してはいつも通りで構わない。もしリスナーの方から気になる情報とかが流れてきたらそれを教えてほしい。噂程度でも調査するに越したことはないからね」
「りょうかーい」
「そう言えばその襲撃犯の少女…六華だっけ?その子、今後どうするの?」
「クロウが引き取って監督するって話は聞いているけど、具体的に何するの?」
「とりあえずしばらくはみらいちゃん達と詩織さんと一緒にダンジョン探索の配信をやってもらうことになった」
「大丈夫なの?」
「んー…何とも言えんがどうにかなるだろ。とりあえず俺もいつものように見守ってはいるし」
不安げな遥に対してクロウはどこか楽観的に答える。
遥が懸念しているのは襲撃事件の犯人だと詩織の配信で認知されていることだ。今まで事件を起こしていた人物が特にお咎めがあった様子でも無い状態で配信に出ていればいい顔をしない人物も多いだろう。そしてそう言った批判はみらいや詩織の方へと向かいかねない。
それだけじゃなく、今の六華は探究者によって何らかの魔術がかけられている。何が発動するかわからない現状でみらいの傍に置いておくのは危険ではないのかという懸念があるのだ。
「六華は昔の俺と同じでダンジョンで育った。あそこは弱肉強食の世界であって野生の世界であって、そのルールに従って生きている。それを示せば少しは『ダンジョンで育った』ってことがどういうことかわかるだろうし、ヘイトに関しても鳴りを潜めるかもしれない」
ダンジョンの中にもある程度のルールはある。だが、それはどちらかというと野生のルールに近い物だ。地上の…人間社会のルールや常識とはまた別の物であり、そこで生きてきた六華がそのルールを学ぶのにはそれ相応の時間が必要となる。まず、それを理解してもらうためにも今の六華の姿を見せ、状態を見てもらった方がいいだろうと考えた。
「ふぅん…ねえ、ギルマス。クロウも最初の頃はそうだったの?」
「そうだね…いや、どうだろう。あの頃は時間があればすぐにダンジョンに潜っていたから…いまいちこっちの常識との齟齬が見えにくかったんだよね」
「そうなの?」
「そういや、あの頃は母さん達を探すためにいろんなダンジョンに行きまくってたな…」
「一応数日おきには帰ってきていたからその時にできることは教えておいたから今みたいになっているけど…」
「これはこれで常識外れなところあるからねー」
「解せぬ(´・ω・`)」
会議が一段落したので各々が会議室を出た後、クロウはギルドに併設されている装備屋へと来ていた。
「こんちわ。哲哉いますか?」
「あ、はい。何かご依頼ですか?」
「頼んでおいたものができたと聞いたので。これ、控えです」
そう言って一枚の書類を差し出す。
受付はそれを受け取り、不備がないことを確認した後に手続きを進めていく。
「………はい、確認できました。哲哉さんは自分の工房におりまして、そちらに来てくださいとのことなのでそちらへお願いします」
「わかりました」
「場所のほうは…」
「大丈夫です」
「わかりました、それではまたのご利用をお待ちしております」
笑顔で見送ってくる受付の人に軽く手を振って別れを告げてから哲哉がいる工房へと向かった。
探索者ギルドにはいくつかの施設がある。探索者達が武器の調子や魔法の練習をするための鍛錬場。ダンジョン内での怪我や病気、毒等を治療するための医務室。ダンジョン探索によって得られた素材等を研究する研究室。そしてそれらの素材から探索者達用の装備を作る工房などがある。
他にも倉庫や事務室等こまごました場所もあるが、大きく分けた施設区分としてはそれらがある。
そのうちの一つ、素材加工などに必要な物が多いがゆえに広めに場所を必要としている工房はそれだけで独立した建物となっている。
ギルドの後方に建てられているその建物へと向かい、哲哉に割り振られている部屋へと赴く。
「来たぞー」
「おーう、ちょっと待ってろ」
来た時何か作業をしているようで机に向かっている哲哉が雑に声をかけてくる。カチャカチャと何かを組みたてているのか、そんな音を立てながら集中しているようだ。
「相変わらず散らかってんなぁ…」
「うるせぇ、いちいち片付けるの面倒なんだよ」
「書類ぐらいはまとめておけよ…」
そう言いつつ散らばっている書類を適当にまとめて手近な机の上に置いておく。
「うし、これで良しっと。待たせたな」
「何作ってたんだ?」
「ちょっとした頼まれもんだよ。で、お前からの依頼品だが…ほら」
そう言って金庫を開け、そこから三つの箱を取り出してクロウの前へと置いた。
「B級相当の特製魔銃と双剣、それとお望みの物だ」
それぞれを開けると箱の中には二丁の魔銃といくつかのカートリッジ、そして薄緑色の刃がついている双剣、最後には手の甲の部分にいくつかのへこみがある鉄甲がついている指ぬきグローブが入っていた。
「説明は?」
「聞いとく」
「あいよ。銃のほうはカートリッジにそれぞれ属性文様を刻んである。それをグリップのところに差し込めばそれで魔銃の属性を切り替えることができる。双剣はお前の要望通りに風属性の属性増幅とそれに伴う切れ味上昇と軽さをメインにさせた。双方共にB級相当の仕上がりだ」
「さすがだな」
「にしてもこの武器、あの姉ちゃんと嬢ちゃんに渡すんだろ?いいのか?まだD級だろ」
満足そうにうなずくクロウに訝し気な表情で問いかける。
その身に余った装備を手にする場合、必ずそれは目をつけられる。場合によってはその武器を奪うために襲撃してくる輩だっていないとも限らない。
そこらへんはクロウだってわかっているだろうし、むしろそれを気にしていたくらいだ。それを自覚しているのだろう、困ったような表情を浮かべつつ魔銃と双剣の蓋を閉じて空間収納へと納める。
「本当は作るだけ作ってC級あたりに昇格したら祝いで渡そうと思ってたんだが…」
「また厄介事か?」
「そんなところだ」
ため息交じりに答えつつ指ぬきグローブを取り出す。
「お前も大変だな」
「S級だからな。それでも前回のN級騒乱で変な奴に目をつけられたみたいでな。それ関連で彼女たちも巻き込まれそうなんでな。武器の性能が低くてまともに対応できなかったってならないようにしたいもんでな。可能な限り備えておきたいのさ」
「そうかい。そいつもその備えに含まれているのかい?」
そう言って見据えるのはクロウの手に付けられた指ぬきグローブ。取り付けられている鉄甲には七つの凹みが入っている。
「お前の指示通り魔導率が高いミスリルの糸でグローブを編み、鉄甲もミスリルで作ったが、一体何をするんだ?それだけ作ればいいって」
「秘密兵器だよ」
胡乱げな表情を浮かべる哲哉に対し、クロウは不敵な笑みを浮かべていた。
そんな一件から数日後、六華を含めたみらい達の初配信の日となった。
「さて。とりあえず配信前に確認だ」
保護観察の必要もあるので、配信前にクロウがみらい達を見回して確認事項を告げていく。
「今回はC級ダンジョンへと挑む。これはみらいちゃんとシェルフの探索者ランクとしては上だが、本来の実力としても問題ないレベルの場所だと判断したダンジョンだ。当初の目的としては六華が暮らしていたダンジョンの捜索だが、まずはこのメンツでの戦い方を覚えるのが目的となる。ここまではいいか?」
クロウの問いかけに全員が頷く。
「六華は今までダンジョンで一人で生きてきた。つまり連携なんて全く知らないことだから結構好き勝手に動くだろう。そこらへんのフォローは…兄さん、姉さん、頼めるか?」
「任せな」
「そう言うところを教えるのはクロウにしてあげたからね。大丈夫よ」
「ワフン?」
みらいの足元にいるエメルが自分は?という感じで首を傾げてくる。
「エメルはみらいちゃんの援護。六華も魔法からの後衛だが、おそらく前線にも突っ込むからみらいちゃんの援護を主にやってくれ」
「ワン!」
「マスター、私は?」
「シェルフと詩織さんはいつも通りで大丈夫だ。誰かと息を合わせるためにいつも通りの戦い方をする人も必要だからな」
「りょうかーい」
「わかりました」
「それで六華」
「ん?」
「これから先、六華はいろんな人と一緒に戦うことがあると思う。そういう時に息を合わせられるように広い視野を持つこと。自分にできることをしっかりとやる事。それらを学べ」
「…自分より弱い人となんで一緒に戦う必要があるの?」
「それが必要だからだ」
六華の言葉に即座にクロウは答える。
「自分より強い弱いは関係ない。息を合わせ、連携を組むことで本来一人では勝てない相手をも倒す。ダンジョン内でもあったはずだ」
「む…」
ダンジョンに住む魔物の中にも群れとなって連携攻撃をしてくる魔物は多い。それらを思い出したのだろう、六華は反論してこなかった。
「今回は全員の連携を強めるのが大きな主題だ。それゆえにある程度は探索してきてくれ。きちんと俺も後方から見てるから、万が一があった場合は手を貸すから」
「はーい」
「んで、最後に…みらいちゃん、シェルフ。これを渡しておく」
そう言って空間収納から数日前に受け取った二つの箱を取り出す。
「これは?」
「本来はC級に上がった際のお祝いに渡すつもりだったが…まあ、また厄介事が来たからな。それに備えてのプレゼントだ」
そう言ってそれぞれに差し出したのは哲哉に作ってもらった魔銃と双剣だ。
「これって…」
「新しい武器だー!」
「武器の品質としてはB級。少々手に余るところがあるだろうが、しっかり扱いきれるように精進してくれよな」
クロウのその言葉にみらいとシェルフはしっかりと頷く。その表情にクロウも満足げに頷き返した。
「んじゃ、それぞれ軽い説明と試運転してから配信を始めるとしますか」
「はい」
みらいとシェルフはそれぞれ武器を箱から取り出し、各々試運転を始めた。




