ドラグマ領主との謁見
『ノアダミンG』の効果はすさまじかった。
普通のスタミナポーションは、言うなればスタミナの最大値を増やすだけで疲労の回復はしない。
効き目も薄いため、せいぜい気休め程度に飲むくらいだ。
しかし、ノアが作った新たなポーションの効力は飲んだ瞬間にすぐ分かる。
単純に言うと、あのマンティコアの生命力を与えるという代物であった。
散々攻撃を喰らっても走り周り、空を飛び、暴れ続けるその生命体の肉を素材に使ったポーションは、強靭なスタミナを体にもたらしたのである。
そのおかげで日が暮れる前に山道を下り、関所まで楽々と帰ってこれた。
「あとは領主様にマンティコア討伐の報告をしたらクエスト完了だ。ユーセイとサレンにはそこまで付き合ってもらうよ。アネモネは先に屋敷に戻ってマンティコアの素材の下処理をみんなにお願いしてくれるかな?」
ドラグマの街に到着して馬車の返却を終えると、ノアからこの後の説明を受ける。
「領主様とご対面かぁ。なんかマンティコアと戦うよりも緊張するな」
「貴族の方とお会いするのは初めてですからね。失礼のないようにしないと・・・ところで服装などはこのままで大丈夫でしょうか? 戦闘で汚れている上に汗臭かったりマンティコアの血の匂いが染み付いているこの格好でお会いするのは失礼な気がするのですが・・・」
「それについては問題ない。なんたって色々な職人が集う産業都市で、身なりや匂いを気にするようでは領主なんて務まらないって考えの方だからね。まあ、どうしても気になるなら消臭剤を錬成するけど?」
「とても素晴らしい領主様ですね。あと消臭剤は結構です」
サレンがきっぱり断ると、ノアは手に持った薬品の瓶を腰についているケースに戻した。
話を聞いている限りだと領主様はこの街の人間に対して、理解のある人のようだ。
そういった考えを持った人が領主だからこそ、ドラグマは産業都市と呼ばれるまでになったのであろう。
「そうだ二人とも。領主様への報告が終わったらすぐにティンレアに戻るかい?」
「いや、サレンと話したんだけど、今日はどこかで宿を取って明日ドラグマをちょっと観光したら戻る予定だ」
「それなら好都合だ。実は依頼が完了したら僕の家でちょっとした打ち上げを考えていてね。宿の手配は面倒だろうから、そのままうちに泊っていってくれて構わないよ」
「おお、それは助かる! だったら言葉に甘えて泊めさせてもらおうかな。サレンもいいだろ?」
「せっかくの申し出ですし、お世話になりましょうか。よろしくお願いしますね、ノアさん」
「うん、決まりだ。アネモネ、ついでに夕食の準備もしておいてくれ。宴会コースで頼んだよ」
「かしこまりました! それでは私は先に戻って皆さんのことをお待ちしております。お気をつけて!」
ここでアネモネとは一旦別れることになり、一足先に屋敷へ戻る彼女を見送った。
宿の手配と今日の晩飯の予定も決まった。あとはさっさと報告を済ませて、ノアの家でゆっくり休むとしよう。
ノアの案内の元、領主邸へと足を進めていく。
街の中はやけに静かであり、ティンレアの街よりも活気がない。
人の姿があまり見当たらず、建物の中に明かりはついているが入口のような所は全体的に閉まっている。
「産業都市という割にはあまり人気がない気がするのですが・・・」
街の様子を見て俺と同じことを思ったのか、サレンがきょろきょろと辺りを見回しながらふとつぶやく。
「このあたりは職人の工房兼店が多くてね。みんな夜になるとさっさと工房を占めて、街の東にある歓楽街に飲みに行ってしまうんだ。逆に昼間は仕入れに来る商人だったり、装備品の作成を直接依頼しに来る冒険者達なんかがひっきりなしに出入りしてて賑やかなんだよ」
「なるほど。それなら俺の剣を作った、ローグっていう鍛冶師もこの辺に住んでるのかな・・・」
ノアの説明を聞いて、ティンレアの武器屋で『アルバコア』を買った時におっちゃんが言っていたことをふと思い出す。
「ユーセイの持っているその剣はローグが作った物なのか。どうりでマンティコア相手に一切刃こぼれしないわけだ」
俺の言葉にノアは反応すると、腰に下げている剣をじっと見つめていた。
「この剣を買った時に武器屋のおっちゃんも言ってたけど、ノアが知ってるってことは相当有名な鍛治師なのか?」
「ああ。彼はドラグマの中でも一、二を争う程の腕を持つ鍛治師さ。普段は偏屈で気難しいお爺さんだけど、マンティコアを倒した冒険者が自分の作った剣を使っていたなんて聞いたら喜ぶかもね。明日ローグの工房まで案内するから、会いに行ってみたらどうかな?」
「そうだな、頼むよ」
たわいもない会話をしているうちに、目前に大きな屋敷が見えてきた。
工房が立ち並ぶ通りを抜けた先にあるのは、まさしく豪邸と称される邸宅。
大きな門の前には二人の門番が立っており、他の建物と違ってここだけは威厳のような物を感じる。
「こんばんは。領主様にお会いしたいんだけど、入って大丈夫かな?」
相手に威圧感を与えるような顔で立っている門番達に対して、ノアはフランクに話しかけた。
門番達はノアの顔を見た瞬間、いきなり敬礼をし始める。
「夜分にお疲れ様です、ノア殿。申し上げにくいのですが、領主様との本日のご面会は難しいかと・・・」
「今朝方お会いした時は何も聞いてなかったけど、お客さんでも来ているのかい?」
「ええ、実は王都襲撃の発端となった魔物の討伐が終わるまで、王都に駐在している各国の大使を自国に避難させると大臣からお触れが出ましてね。それでマギアス皇国の大使様が王都からお越しになり、今晩は領主様の屋敷に滞在され、明日迎えに来る護衛団の本隊と共に国に戻られるそうです」
よほどノアは信頼されているのか、門番はすんなりと領主邸の状況を話してくれた。
どうやら俺達がマンティコアの討伐をしている間に状況が色々変わったらしい。
王都はティンレアの街、ドラグマ、そしてマギアス皇国とは山脈で隔てられているため、自国に帰るにはどうしても山を越えなければならない。
そのせいあってかノレグ山脈は山道にもかかわらず、きちんと街道が整備されているので、山道を進むにしてもあまり苦ではないし、半日あれば山を超える事が出来るとは聞いている。
それにドラグマはマギアス皇国との国境に一番近い都市であるから、王都から自国まで帰る間の中継地点としてこの街を選ぶのは必然的だ。
「こっちもすぐに領主様の耳に入れたい報告事項があるんだけど、来客中ならしょうがないか•••」
「それでしたらいちおう取り次ぎしてみますが、要件を聞いてもよろしいですか?」
「ありがとう。要件は先日アレグラ大森林に住み着いた、マンティコア討伐の報告だよ」
ノアがそう言った瞬間、門番達がざわつき始める。
「なっ、ななななんと…!? す、すぐに御面会の手配をいたしますので、少しお待ちくだされ!」
話聞くや否や、応対していた門番は手に持っていた槍を地面に放り投げると、慌てて屋敷の中へ入って行った。
謁見出来るかまだわからないが、これで領主の耳には届くだろう。
数分後、先程の門番がはぁはぁと荒い呼吸をして戻って来る。
「領主様が大使様と一緒にぜひ話を聞きたいと申されていました! ささ、どうぞお入りください!」
「無理を言ってしまってすまない。後ろの連れは今回のマンティコア討伐で活躍してくれた冒険者だ。一緒に入らせてもらうよ」
「かしこまりました! さあどうぞ中へ」
そそくさと門が開けられ、俺とサレンはノアの後について行く。
屋敷の中は広い庭園となっており、夜間のため屋敷の玄関まで続く石畳の道は、明かりのつく魔道具で照らされている。
明かりのおかげで、日が落ちた状態でもきれいに咲く花や枝がきれいに整えられた草木がよく見れる。
こんなきれいな庭園、前にも一度どこかで見たような覚えがあるが・・・うーん思い出せない、きっと気のせいだろう。
石畳の道を三人で歩いて行く中、先頭歩くノアにサレンが喋りかける。
「さすがですね、ノアさん。てっきり今日は領主様にお会い出来ないかと思いましたよ」
「この屋敷には毎日のように通ってるし、この街の生産ギルド長ともなれば、ここの職員だけでなく領主様も多少の融通は効いてくれるんだ」
「実はドラグマで一番権力を持っているのは、お前だったりするんじゃないか?」
「あはは、それはないよ。まあ強いて言うなら、僕ではなく生産ギルド本部長なんだけど・・・おっと、ここでする話ではないね」
うっかりとした表情で、ノアは口をつぐんだ。
あいにく今この場には三人しかいないため、多少はこんな冗談も言えるが。
「そうだな…こんな話、屋敷の人に聞かれでもしたらどんな目に合うことやら」
「貴族への侮辱罪で裁判に突き出されて一生牢屋行きかな」
「裁かれるのはあなた達二人だけですからね!! 私は一切無関係ですから!!」
「ついでに言うと、仲間も同罪で一緒に罪の対象となるから気をつけてね」
「こ、この国の行政は間違っています!! ならば女神の権能を持って私が立て直すまで…!」
「神を騙る罪を追加で」
「うーん、そしたら極刑で縛首だね」
「なんでですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
本当は正真正銘の女神様なんだけどね。
悲痛な叫び声で抗議してくるサレンを無視して、俺とノアは玄関の扉を開ける。
扉を開けると、広い玄関ホールの真ん中にビシッとスーツを着込んだ、一人の初老の男性が立っていた。
「お待ちしておりました、ノア様。領主様と大使様は奥の客間にいらっしゃいます。それと失礼ですが、後ろにおられるお二方は・・・?」
「やあロベルト。彼らはマンティコア退治に協力してくれたティンレアの冒険者だ。僕の連れだから気にしないでくれ」
「かしこまりました。それではご案内いたします」
ロベルトと呼ばれた執事に案内されて、赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いて行く。
さすがは貴族の屋敷。広いだけでなく部屋がいくつもあり、一人で歩いていたら間違いなく迷子になりそうだ。
客間の前まで案内されると、ロベルトがドアを軽くノックして中に入る。
「失礼します、領主様。ノア様とお連れの冒険者の方々をお連れしました」
「うむ、中に入ってもらえ」
「かしこまりました。さあ、皆さまどうぞ中へお入りください」
片手で扉を抑えるロベルトに促され、俺達は部屋の中に入った。
客間の中央には、ワイングラスとボトルの置かれた茶色いテーブルがあり、それを挟むように緑色の大きなソファが置かれている。
そこに二人の男性が向かい合うように座っていた。
目前にいるのは、ドラグマの領主とマギアス皇国の大使のお偉いさんコンビである。
赤を基調としたフォーマルなシャツの上にベストを着た男と、白いローブのようなマントを上に羽織っていて、胸にいくつもの徽章を付けたもう一人の男なのだが、どっちがどっちなんだか分からない。
「領主様ならびに大使様、突然のご訪問申し訳ございません。実は早急にご報告したいことがございまして・・・」
「おおノア、話は聞いたぞ! マンティコアを討伐したのは本当か!?」
男がソファからガタッと立ち上がり、大声を上げてノアの言葉を遮った。
ドラグマの領主様はベストを着た男の方だった。
話を遮られたが、ノアは特に慌てる様子もなく続けて報告に入る。
「はい、本当でございます。弟子のアネモネと後ろにいるティンレアの冒険者の二人と共に討伐しました。マンティコアの素材は私の屋敷で一度下処理を終えた後、献上いたします。街の者達には明日の朝ギルドより、アレグラ大森林への立ち入り規制解除の通知を行う予定で考えております」
「素材の献上はしなくてよい、お前の研究の材料と一部は街の職人達にも回してやれ! そんなことよりもよくやったぞ! そこの冒険者の二人もでかした! まさかティンレアの冒険者ギルドにマンティコアの相手を出来る者がいるとはな。ドラグマの街を代表して感謝する!」
領主様は満面の笑みで声高らかに言うと、ワイングラス片手にペコリと頭を下げた。
雰囲気から分かるが明らかに酔っ払っている。
俺とサレンはどう対応したら良いか分からず、何もしないわけにも行かないため、苦笑いをしながら軽く会釈を返した。
「私からも礼を言わせてもらおう。マンティコアは我が国の騎士達でも手に余る故、国境を超えるまでの道中が不安だったが、君達のおかげで解消された。これで明日は安心して帰れるよ」
領主様の真向かいに座っている白いローブの男、マギアス皇国の大使も同様に感謝の言葉を述べた。
こちらは素面のようで、口調や仕草も落ち着いており気品に満ちた印象がうかがえる。
「お褒めの言葉を頂き、光栄でございます。しかし大森林には他にも魔物が生息しているため、明日の道中もどうかお気を付けください」
「ああ、ご聡明な錬金術師であるノア殿の言葉だ。肝に銘じておこう」
「なあに、明日迎えに来る護衛の中には虹閏七聖騎士のナーベル殿がいるのであろう? 怖い物など何もないではないか!」
大使の言葉に対し、領主様は豪快に笑いながらそう言ってグラスのワインを一気に飲み干す。
相当酔っぱらっているなこのおっさん。
来客相手が隣国の要人だというのに羽目を外していいのやら。
あと領主様から気になる単語が出て来たな。
三人で話し込んでるし、聞いておくなら今のうちか。
蚊帳の外になったのを良いことに俺はサレンにこそっと耳打ちをする。
「なあサレン、領主様が言ってた虹閏七聖騎士ってなんだ?」
「虹閏七聖騎士は、マギアス皇国の騎士団の中でも最上級の強さをもつ七人の騎士のことです。なんでも実力は、この国の騎士団長やSランク冒険者に匹敵するだとか」
「へえ、そんな強いやつが護衛として来るのか・・・」
彼女も同様に突っ立っていて暇なためか、特に小言を言うことなく教えてくれた。
恐らく皇国側もアレグラ大森林にマンティコアが住み着いていることは、既に知っていたはず。
そんな中、王都襲撃による騒動で大使を自国に避難させなければならなくなり、要人を護衛しながらマンティコアがうろつく大森林を抜けて、国境を越えるという困難な任務だから虹閏七聖騎士を投入したというわけか。
「まあ・・・君達のおかげで彼を護衛につける必要もなくなったがな。護衛任務とはいえ、我が国の最高戦力の一人を一時的に国外に出すのだ。大臣に何を言われるやら・・・」
「こちらに到着するまでマンティコアが討伐されたことを知らなかったわけだし、用心のためと言っておけば、文句は言わないだろう。ささ、今夜は飲んで嫌なことは忘れようじゃないか」
領主様は顔をニカっとさせて、ため息をつく大使の空いたグラスにワインを注ぐ。
急に大使の雰囲気が暗くなった。国に帰ったら、マンティコアがいないのに過剰に護衛をつけるなとでも文句を言われるのだろうか。
悪いことをしたなとは一切思わないが、少し気の毒には思う。
「・・・そうだ。お願いがあるのだが、明日国に帰る前にノア殿の屋敷を見学させてもらえないだろうか? 我が国は魔法に長けているとはいえ、錬金術には疎い。是非とも参考にとこの国で一番の錬金術師である工房を目にしたいのだが、いかがであろうか?」
「ええ、別に構いませんよ。それでは明日の朝、この屋敷までお迎えに上がりますね」
「ありがとう。無理を言ってすまないが、明日はよろしく頼むよ」
「よし、大使殿に明日の予定が出来たとなれば、今日はもうお開きとするか。お前たち、今日はご苦労だった! 冒険者ギルドに出したマンティコア討伐の依頼人はノアだが、報酬は私がまとめて支払う。謝礼として金額は上乗せしておくから、ティンレアに帰ったらギルドから受け取ってくれ」
「「あ、ありがとうございます!」」
俺とサレンは声を揃えて頭を下げる。
これはかなりの大金が見込めそうだ。
マンティコアの毛皮も追加報酬でもらえることだし、装備の新調に回しても十分余る。
お金の使いどころは後でじっくり考えるとしよう。
「それでは私たちはこれで失礼いたします。おやすみなさいませ」
ノアに続いて俺とサレンも同じように挨拶をし、領主邸を後にした。
門を出て少し歩いたところで、ノアがピタリと止まって口を開く。
「さてと、これでクエストは終わりだ。二人ともお疲れさま。この後はうちで宴だからゆっくりと羽を伸ばすといい」
クエスト完了の言葉を聞き、俺とサレンは安堵の息をついた後に無言でハイタッチをする。
そしてこみ上げてきた感情をあらわにさせる。
「よっしゃあ! 飲むぞ食べるぞぉ!」
「ポーションのおかげで疲れはないのですが、お腹がもうペコペコです」
「アネモネには事前に言っておいたから、もう準備は出来ているんじゃないかな? 僕もホッとしたらお腹が空いてきたよ。早く帰ろう」
俺、サレン、ノアの三人は顔を合わせてそう言うと、笑みを浮かべて再び歩きだした。




