契約花嫁は、話を聞く
一般に公開されている、陰陽寮の活動報告書を取り寄せた。
陰陽寮というのは、官僚組織である。
主な仕事は、ありとあらゆる物事を占う卜筮、暦の作成を行う暦、天体や気象を観測し、天変地異を記録する天文、時を調べ人々に知らせる漏刻。
その中で、特殊な存在なのは天皇に直接仕える陰陽師達。
彼らは天皇の命令により、帝都にはびこるあやかしを退治しているのだという。
太陽が沈み、闇に支配された時を迎えると、人の形をした化け物が現れる。
それはあやかしが人を模して転じたもので、人々の血肉を求めて襲いかかってくるのだという。
陰陽師は帝都の平和を守るために、化け物へと転じたあやかしを退治している。
と、ここまで読んで、まりあは報告書を読むのを止めた。
化け物へと転じたあやかし達は、誰かに操られている状態だった。
けれど、それについては報告書にいっさい書かれていない。
以前、装二郎が話していたことを思い出す。
化けを得意としているあやかしは、強い力を持たない。それゆえに、悪用されてしまうのだと。
もしも、化け物の力を利用している者がいるのだとしたら、悪いのはあやかしではない。
諸悪の根源は、呪符であやかしを操る人だ。
山上家は古くからあやかしを匿っているという。人とあやかしの関係について何か知っているのかもしれない。
傷ついていたあやかしを保護しているので、間違いないだろう。
もしかしたら、九尾の黒狐も山上家の者に助けられたあやかしなのか。
そうであれば、助けてくれた理由にも納得できる。
「ウメコ」
『はい、なんでございましょう?』
名を呼ぶと、暗闇から川獺のあやかしが姿を現す。
「質問があるの。山上家の者達はあやかしを匿っているけれど、彼らが囚われ、利用された挙げ句、傷ついている原因について何か知っていますの?」
『わたくしめは、何も存じておりません』
「そう」
たとえ知っていても、ウメコは事情を話さないだろう。彼女はまりあに仕えているものの、本当の主人は装二郎である。
すべての事情を話すわけがなかった。
続いてコハルを呼び出した。コハルも、傷ついた状態で山上家に保護されたあやかしである。
「コハル、山上家に匿われる日の話を、覚えていますか?」
『あの、ごめんなさい。記憶が、曖昧で』
望んだ答えは返ってこない。やはり、装二郎本人から聞き出す必要があるようだ。
「ウメコ、装二郎様をたたき起こしていただけます? まりあが、話があると伝えてくださいまし」
「かしこまりました」
時刻は夕方の四時。十分、睡眠は摂れただろう。
遠慮なんてせずに、装二郎と面会できないか聞いてきてもらった。
十分後、装二郎の寝室に呼び出される。
「寝室、ですの?」
『はい。その、まだお眠りになっていたご様子で』
なんて人ですの――という言葉はごくんと呑み込んだ。
ウメコや他のあやかしにとって、装二郎は仕えるべき主人。個人的な感情を吐露するのはよくないだろう。
『では、まりあ様、寝室までご案内します』
「ええ」
山上家の屋敷は広い。まりあは迷子にならないように、ひとりでは出歩かないようにしている。
壁や床、天井も真っ黒で、昼間であっても家の中は薄暗い。どこか不気味で、普段可愛がっている狸や狐でさえも、すれ違ったら不気味に見えるくらいだった。
ウメコのあとを続くこと三分ほど。装二郎の寝室にたどり着いた。
廊下と寝室を隔てる襖のまえで、ウメコが装二郎に声をかけた。
『まりあ様を、お連れしました』
ウメコは耳に手を当てて、装二郎の反応を待つ。が、いっこうに返事はない。
『えーっと、まりあ様、その、どうぞ』
「返事がないけれど、入ってもいいの?」
『ええ』
どうやら、起きたばかりらしい。ぼんやりしていて、何を聞いても返事がないときがあるそうだ。
『お話が終わりましたら、お声かけくださいませ』
ウメコはそう言って、闇に呑まれるように姿を消した。
手にしていた提灯を、置いていってほしかった。
周囲は闇に包まれてしまう。
残されたまりあはため息をつき、襖に手をかけた。
寝室は、真っ暗である。どうやら、窓がないらしい。
人の気配を感じないが、装二郎がいるという。
心細さを押し殺し、まりあは声をかける。
「入ります」
やはり、返す言葉はなかった。
そろり、そろりと寝室を歩いていく。つま先に、布団のような柔らかなものが触れた。
まりあは立ち止まり、腰を下ろす。
ここでやっと、すう、すうという寝息が聞こえた。
「眠っている!?」
信じがたい気持ちになったものの、どこかホッとする。
暗闇の中に、自分ひとりだけが取り残されたような気分になっていたのだ。
装二郎の寝息にホッとしている場合ではない。話をしなければならないのだ。
「装二郎様、装二郎様」
申し訳ない気持ちがあったので、優しく声をかけた。しかしながら、いっこうに目覚めない。
このままでは埒が明かない。そう思ったまりあは、お腹から声を張り上げた。
「装二郎様、起きてくださいませっ!!」
「はっ!!」
装二郎は目を覚まし、上体を起こした。
「お眠りのところ、大変申し訳なく思います」
「まりあ……? どうしてここに?」
「ウメコを通じて、お話しをしたいとお願いしていたのですが」
「夢の話かと思っていた」
「現実ですわ」
装二郎は枕元にあった行灯に、マッチで点けた火を落とした。ぼんやりと、部屋を照らす。
彼は今日も、外出用とおぼしき上等な着物で眠っていたようだ。
「その恰好では、眠りにくくありませんの?」
「ぜんぜん」
「さようでございましたか」
百貨店で寝心地がいい生地を選んで買ってきたが、意味のないものだったか。と、そんなことを考えている場合ではなかった。
「単刀直入にお聞きしますが――この屋敷にいるあやかしを傷つけているのは、どなたですの?」
「あー、それ? よく、わからないんだよねえ」
ゆったりのんびりした物言いに、まりあはがっくりとうな垂れてしまう。
「では、ここにいるあやかし達は、どうやって保護されているのですか?」
「気づいたら、増えている感じ」
あやかし達の記憶も曖昧で嘘か本当か、確かめる手段はないようだ。
「もう一点。陰陽師達は、操られているあやかし達を束縛から解放しないまま、退治しているような報告書が上がっているようですが、それに関して、抗議はしませんの?」
「あやかし退治は、御上の意向だからねえ。一介の華族が、どうこう口出しできるものじゃないんだよ」
治安がいいとは言えない帝都では、事件がいくつも起こる。
あやかしは操られているだけだから、束縛から解放してほしい、なんて訴えがまかり通るわけがないという。
「そもそも、どうやって操っているかも、わからないから、こちらから手の出しようがないよね」
「え?」
「ん?」
どのように操られているかわからないと言っているが、まりあには化け物に貼られた呪符がはっきり見えた。
それをそのまま、装二郎に伝える。
「呪符だって!? 君には、それが見えると?」
「え、ええ」
装二郎は眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「困ったな。まさか、我が一族が千年以上も血眼になって探していた、〝千里眼〟を持っている人が見つかるなんて」
「千里眼?」
「見えないものを見ることができる、能力だよ。まりあ、君は千里眼を持っているんだ」
まりあは言葉を失った。




