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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第二章 契約花嫁は、戸惑いながらも輿入れする

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契約花嫁は、話を聞く

 一般に公開されている、陰陽寮の活動報告書を取り寄せた。

 陰陽寮というのは、官僚組織である。

 主な仕事は、ありとあらゆる物事を占う卜筮ぼくぜいこよみの作成を行うれき、天体や気象を観測し、天変地異を記録する天文、時を調べ人々に知らせる漏刻ろうこく

 その中で、特殊な存在なのは天皇に直接仕える陰陽師達。

 彼らは天皇の命令により、帝都にはびこるあやかしを退治しているのだという。


 太陽が沈み、闇に支配された時を迎えると、人の形をした化け物が現れる。

 それはあやかしが人を模して転じたもので、人々の血肉を求めて襲いかかってくるのだという。

 陰陽師は帝都の平和を守るために、化け物へと転じたあやかしを退治している。

 と、ここまで読んで、まりあは報告書を読むのを止めた。


 化け物へと転じたあやかし達は、誰かに操られている状態だった。

 けれど、それについては報告書にいっさい書かれていない。

 以前、装二郎が話していたことを思い出す。

 化けを得意としているあやかしは、強い力を持たない。それゆえに、悪用されてしまうのだと。


 もしも、化け物の力を利用している者がいるのだとしたら、悪いのはあやかしではない。

 諸悪の根源は、呪符であやかしを操る人だ。


 山上家は古くからあやかしを匿っているという。人とあやかしの関係について何か知っているのかもしれない。


 傷ついていたあやかしを保護しているので、間違いないだろう。


 もしかしたら、九尾の黒狐も山上家の者に助けられたあやかしなのか。

 そうであれば、助けてくれた理由にも納得できる。


「ウメコ」

『はい、なんでございましょう?』


 名を呼ぶと、暗闇から川獺のあやかしが姿を現す。


「質問があるの。山上家の者達はあやかしを匿っているけれど、彼らが囚われ、利用された挙げ句、傷ついている原因について何か知っていますの?」

『わたくしめは、何も存じておりません』

「そう」


 たとえ知っていても、ウメコは事情を話さないだろう。彼女はまりあに仕えているものの、本当の主人は装二郎である。

 すべての事情を話すわけがなかった。

 続いてコハルを呼び出した。コハルも、傷ついた状態で山上家に保護されたあやかしである。


「コハル、山上家に匿われる日の話を、覚えていますか?」

『あの、ごめんなさい。記憶が、曖昧で』


 望んだ答えは返ってこない。やはり、装二郎本人から聞き出す必要があるようだ。


「ウメコ、装二郎様をたたき起こしていただけます? まりあが、話があると伝えてくださいまし」

「かしこまりました」


 時刻は夕方の四時。十分、睡眠は摂れただろう。

 遠慮なんてせずに、装二郎と面会できないか聞いてきてもらった。


 十分後、装二郎の寝室に呼び出される。


「寝室、ですの?」

『はい。その、まだお眠りになっていたご様子で』


 なんて人ですの――という言葉はごくんと呑み込んだ。

 ウメコや他のあやかしにとって、装二郎は仕えるべき主人。個人的な感情を吐露するのはよくないだろう。


『では、まりあ様、寝室までご案内します』

「ええ」


 山上家の屋敷は広い。まりあは迷子にならないように、ひとりでは出歩かないようにしている。

 壁や床、天井も真っ黒で、昼間であっても家の中は薄暗い。どこか不気味で、普段可愛がっている狸や狐でさえも、すれ違ったら不気味に見えるくらいだった。


 ウメコのあとを続くこと三分ほど。装二郎の寝室にたどり着いた。

 廊下と寝室を隔てる襖のまえで、ウメコが装二郎に声をかけた。


『まりあ様を、お連れしました』


 ウメコは耳に手を当てて、装二郎の反応を待つ。が、いっこうに返事はない。


『えーっと、まりあ様、その、どうぞ』

「返事がないけれど、入ってもいいの?」

『ええ』


 どうやら、起きたばかりらしい。ぼんやりしていて、何を聞いても返事がないときがあるそうだ。


『お話が終わりましたら、お声かけくださいませ』


 ウメコはそう言って、闇に呑まれるように姿を消した。

 手にしていた提灯を、置いていってほしかった。

 周囲は闇に包まれてしまう。

 残されたまりあはため息をつき、襖に手をかけた。


 寝室は、真っ暗である。どうやら、窓がないらしい。

 人の気配を感じないが、装二郎がいるという。

 心細さを押し殺し、まりあは声をかける。


「入ります」


 やはり、返す言葉はなかった。

 そろり、そろりと寝室を歩いていく。つま先に、布団のような柔らかなものが触れた。

 まりあは立ち止まり、腰を下ろす。

 ここでやっと、すう、すうという寝息が聞こえた。


「眠っている!?」


 信じがたい気持ちになったものの、どこかホッとする。

 暗闇の中に、自分ひとりだけが取り残されたような気分になっていたのだ。


 装二郎の寝息にホッとしている場合ではない。話をしなければならないのだ。


「装二郎様、装二郎様」


 申し訳ない気持ちがあったので、優しく声をかけた。しかしながら、いっこうに目覚めない。

 このままでは埒が明かない。そう思ったまりあは、お腹から声を張り上げた。


「装二郎様、起きてくださいませっ!!」

「はっ!!」


 装二郎は目を覚まし、上体を起こした。


「お眠りのところ、大変申し訳なく思います」

「まりあ……? どうしてここに?」

「ウメコを通じて、お話しをしたいとお願いしていたのですが」

「夢の話かと思っていた」

「現実ですわ」


 装二郎は枕元にあった行灯に、マッチで点けた火を落とした。ぼんやりと、部屋を照らす。

 彼は今日も、外出用とおぼしき上等な着物で眠っていたようだ。


「その恰好では、眠りにくくありませんの?」

「ぜんぜん」

「さようでございましたか」


 百貨店で寝心地がいい生地を選んで買ってきたが、意味のないものだったか。と、そんなことを考えている場合ではなかった。


「単刀直入にお聞きしますが――この屋敷にいるあやかしを傷つけているのは、どなたですの?」

「あー、それ? よく、わからないんだよねえ」


 ゆったりのんびりした物言いに、まりあはがっくりとうな垂れてしまう。


「では、ここにいるあやかし達は、どうやって保護されているのですか?」

「気づいたら、増えている感じ」


 あやかし達の記憶も曖昧で嘘か本当か、確かめる手段はないようだ。


「もう一点。陰陽師達は、操られているあやかし達を束縛から解放しないまま、退治しているような報告書が上がっているようですが、それに関して、抗議はしませんの?」

「あやかし退治は、御上の意向だからねえ。一介の華族が、どうこう口出しできるものじゃないんだよ」


 治安がいいとは言えない帝都では、事件がいくつも起こる。

 あやかしは操られているだけだから、束縛から解放してほしい、なんて訴えがまかり通るわけがないという。


「そもそも、どうやって操っているかも、わからないから、こちらから手の出しようがないよね」

「え?」

「ん?」


 どのように操られているかわからないと言っているが、まりあには化け物に貼られた呪符がはっきり見えた。

 それをそのまま、装二郎に伝える。


「呪符だって!? 君には、それが見えると?」

「え、ええ」


 装二郎は眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「困ったな。まさか、我が一族が千年以上も血眼になって探していた、〝千里眼〟を持っている人が見つかるなんて」

「千里眼?」

「見えないものを見ることができる、能力だよ。まりあ、君は千里眼を持っているんだ」


 まりあは言葉を失った。  

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