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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第二章 契約花嫁は、戸惑いながらも輿入れする

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契約花嫁は、自宅で目を覚ます

 どこからかふわりと、白檀の香りが漂う。それは、人の死を悼む香り。

 かつて、久我家が先祖に祈りを捧げるときに、白檀の線香を使っていたのだ。

 白檀の香りは、空間を浄化するとも言われている。

 ぼんやりしていた意識がはっきりする、意識が研ぎ澄まされるような匂いでもあった。


 と、白檀の香りに気を取られている場合ではなかった。


 化け物だけでも精一杯なのに、もう一体あやかしが現れてしまうなんて。

 九尾の狐は、たちが悪い強力なあやかしとして有名だ。


 終わった。

 まりあはそう思ったが、すぐにふと気づく。

 先ほどまでけたたましく鳴っていた銀の鈴が、鳴り止んでいることに。


 この九尾の黒狐は、悪しき存在ではない?

 ふわふわと、九本の尻尾がまりあの目の前で揺れ動いていた。


『ギャオオオオオ!!』


 化け物が、九尾の黒狐に襲いかかる。

 九尾の黒狐は軽く跳び上がると、九本の尻尾で化け物を地面に叩き伏せた。


『ギャウッ!!』


 悲鳴を上げ、そのまま動こうとしない。

 九尾の黒狐は、前脚を上げた。

 化け物を踏みつけようとしているのか。

 この化け物は、何者かに操られた罪もないあやかしである。

 まりあの体は、自然と動いていた。

 九尾の黒狐の前に手を広げ、立ちはだかる。


『――ッ!?』


 突然飛び出してきたまりあに、九尾の黒狐は目を丸くして驚いているようだった。

 汗が、額にじわりと浮かぶのがわかった。

 九尾の黒狐はとてつもない威圧感を、放っている。

 とても振り返って、呪符を剥がせるような状態ではなかった。


 視界の端に、もぞもぞと動くコハルの姿を捉えた。

 まりあは声を振り絞る。


「コ、コハル、呪符を、は、剥がして……!」

『うっ……はい!』


 コハルは起き上がると、まりあの背後へと回り込む。

 呪符を剥いだのだろう。ぞわぞわと悪寒を感じる空気が、プツンと切れた。


 最後の気力を振り絞り、まりあは振り返る。

 そこには、毛並みがボロボロになった白い猫の姿があった。

 息も絶え絶えの状態で、まりあを見上げている。


 可哀想に。

 まりあは猫の頭を撫でて、その身をぎゅっと抱きしめる。

 それと同時に、意識が遠退いていった。


『わわ、まりあ様!!』


 遠くから、人の声が聞こえた。


「こっちだ!」

「馬車が横転している!」


 もう、大丈夫。そう確信し、まりあは意識を手放した。


 ◇◇◇


 夢をみた。

 それは、学習院時代の記憶。


 まりあは勉強に、武術にと励んでいた。

 ある同窓生が、それに対して苦言を呈したのだ。

 女の身で、そこまで頑張る必要があるのか、と。

 近い将来結婚し、子どもを産むのが務めだ。

 その役目を果たすのに、どちらも必要ではない。

 まりあはその言葉に言い返す。

 知識や教養は剣となる。一方で、武力は自分を、また、大切な人を守る盾となるのだ。

 双方揃っていないと、力を有効的に使えない。

 だから、どちらも頑張っているのだ、と。

 同窓生は、天下でも取るつもりなのかと言い捨て、去っていった。

 天下は取れなかったが、あのときの努力は無駄ではなかった。

 まりあは、小さな存在いのちを、守ったのだから。


「――んっ」


 太陽の日差しを、まりあは容赦なく浴びる。

 そっと目を開くと、窓際に立つ装二郎の姿を発見してしまった。


「――ッ!!」

「ああ、まりあ、起き上がらないほうがいい。君は、怪我をしている」

「け、けが?」


 意識した途端、体がズキズキ痛む。

 手には包帯が巻かれていた。


 ぱち、ぱちと瞬いている間に、モコモコした存在ものに囲まれた。


『まりあ様!』

『目が覚めた!』

『よかった、よかった!』


 一斉に集まった狸や狐に、溺れるような状態となった。

 その中にコハルやウメコを見つけたので、ホッと胸をなで下ろす。


「わたくしは、いったい――!?」

「昨晩、君は、あやかしが転じた化け物に襲われたんだ」


 装二郎の穏やかな声を聞きながら、まりあは昨日の夜にあった出来事について思い出す。


 なんでも、倒れたあとのまりあを、陰陽寮の陰陽師達が保護してくれたらしい。

 すぐに、病院に運ばれ、治療が施されたようだ。


「それにしても、驚いたな。自家製の呪符や仕込み刀で化け物退治をしちゃうなんて」

「いいえ、わたくしが対処したわけではございません。あの化け物を鎮めたのは――」


 九尾の黒狐。

 声に出そうとしたが、何かの術中にあるのか口にできない。


「どうしたの?」

「……いえ」


 おそらく、九尾の黒狐がまりあの言動を封じているのだろう。

 害なす存在であれば、すぐに攻撃できたはずだ。

 九尾の黒狐はまりあを守るように、化け物との間にたちはだかったのだ。

 敵ではない、と思っていてもいいのだろう。


「心配したよ。夜になっても、戻らないから」

「申し訳、ありませんでした」


 元婚約者の母親と会い、引き留められた――なんて話は言い訳に過ぎないだろう。

 判断したのは、まりあだから。


 ふと、気づく。

 そういえば、操られていたあやかしの猫はどうしたのか。


「もう二度と、夜に出かけないようにね」

「……」

「まりあ、ここは〝はい〟って、返事をするところなんだけれど」


 装二郎の話は、半分も聞いていなかった。


「あの、わたくしが昨晩、保護した猫は!?」

「ああ、あれね。大丈夫、別の部屋で療養させているから」

「そう、でしたか。よかった」


 まりあが倒れたあと、傍を離れようとしなかったらしい。

 無事だと聞いて、ホッと胸をなで下ろす。


「しかし、驚いたよ。ああいう、操られていたあやかしは気が立っていて、封印しなければならないんだ。それなのに、君が保護したあやかしは、大人しかった」

「そう、でしたのね」

「何か術をかけたの?」

「いいえ」


 変わったことといえば、九尾の黒狐の登場だろう。

 もしかしたら彼が、何かしたのかもしれない。


「まりあも、しばらく休むんだ。いいね?」

「はい」


 言われたとおり、大人しくしていよう。

 結婚して早々、装二郎に迷惑をかけてしまった。

 まりあは深く反省し、療養に努めることとなった。


 ◇◇◇


 三日後――まりあはすっかり元気になった。

 同じく休んでいた猫も、歩き回れるようになる。


 狸や狐と同じように、可愛がってあげよう。

 そう思っていたが――。


『やい人間!! この化け猫様に気安く触るんじゃない!!』


 人懐っこいあやかしではないようだ。

 ウメコ曰く、化け猫は生意気で素直じゃない性格が多いらしい。

 フワフワの長い毛足の猫は、手触りがよさそうに見えるものの、ボサボサだった。

 櫛で手入れしてあげたいと思っていたが、ままならないようだ。


「残念ですわ」

『まあ、個性的と言いますか』


 操られていた後遺症はないようだ。それだけでも、よかったこととする。

 真冬であったが、窓からは温かな光が差し込む。

 狸や狐たちは今日も可愛い。

 コハルやウメコも、元気だ。

 いい一日になりそうだと、思うまりあであった。 

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