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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第二章 契約花嫁は、戸惑いながらも輿入れする
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契約花嫁は、化け物と対峙する

「血……!?」


 りぃん、りぃん、りぃん、りぃん……!!

 鈴の音が、激しく鳴る。

 外に、いったい何がいるのか。

 窓の外を覗き込もうとした瞬間、ウメコが叫んだ。


『まりあ様、外は危険です! 姿勢を低くしてくださいま――』


 キイイイイイイイイン!!

 金属を爪先で引っ掻くような音が、突然鳴り響いた。


『あうっ!!』


 ウメコの変化は解け、川獺の姿に戻ってしまった。


「なっ、ウメコ!?」


 先ほどの怪音で耳がやられてしまったのだろう。コハルは意識がなくならなかったものの、ぐったりしていた。

 まりあ自身は、気持ち悪さと耳に不快感があったが、意識が保てないこともない。


「いったい、何者ですの!?」

『まりあ様、おそらく、あやかしの、仕業、かと』

「なっ!?」


 夜間に暗躍する通り魔の話は耳にしていた。あやかしの仕業だというのも囁かれていたが、まさか自分達が襲われるとは夢にも思っていなかった。


『きっと、わたし達と、同じなんです』

「同じ、というのは?」

『操られているんです』


 あやかしが何者かに操られて、悪行を重ねる。

 そんなことが、可能なのか。

 思考の波に呑み込まれそうになった瞬間、銀の鈴が激しく鳴った。

 りぃん、りぃん、りぃん、りぃん……!

 馬車の車体が大きな衝撃に襲われる。

 ドン! という大きな音と共に、馬車は横転した。


「きゃあ!!」


 まりあの体は、強く打ち付けられる。

 一瞬、意識が遠退いたように思える。

 しかしながら、耳をつんざくような叫びを聞いてハッと我に返った。


『ギュルルルルル!!』


 人の形をした化け物が馬車の扉をこじ開け、まりあを見下ろしていた。


 姿形は、成人男性そのものである。

 しかしながら、目は真っ赤で、鼻は穴がいくつもあり、口は耳辺りまで裂けていた。

 蛇のような長い舌に、鋭い牙が見える。

 あやかしが転じた、人ではない化け物で間違いない。


『ギュオオオオオオ!!』


 飛びかかってきた瞬間、まりあは即座に判断する。

 帯にしまっていた呪符を取り出し、即座に投げつけた。


「――巻き上がれ、下風おろし!!」


 ただの紙片が、旋風を起こす。


『ギャアアアアア!!』


 人の形をした化け物は、車内から外へ吹き飛ばされた。

 実戦で呪符を使ったのは初めてである。

 だが、安堵できない。

 男の背中に、ありえないものが張られていたのをまりあは見た。

 それは、呪符である。

 人が作ったものが、なぜ化け物に貼られているのか。

 コハルが言っていたように、誰かがあやかしを操っているからなのだろう。


 ウメコの意識は戻っていない。


「コハル!」

『ここに』


 この状態でも、コハルは意識を保っていたようだ。

 まりあを守るように、腹の上によじ登る。


『こんどは、まりあ様を、お守り、します』


 健気なコハルの頭を、まりあは撫でる。

 小さな存在いのちを、守らなければ。

 恐怖はあったが、まりあを守ろうとするコハルの存在が、奮い立たせてくれる。


 あの化け物はやっつけたわけではない。再び襲いかかってくるだろう。

 まりあはコハルを首に巻き付け、先ほど百貨店で購入した刃が仕込まれた傘を握る。

 化け物が接近したら、鈴が鳴る。

 今は何も反応していない。馬車から脱出する時間はあるだろう。


「ウメコ、あとで助けてあげますので」


 ウメコの額を撫で、まりあは横転した馬車から脱出した。

 幸いにも、塞がれたのは出入り口ではなかった。

 扉の枠を握り、腕の力だけで外まで這い出る。


 りぃん、りぃん!

 銀の鈴が、警告するように音色を鳴り響かせる。


『ギュウウウウウ!!!!』


 外に出た瞬間、化け物の爪が眼前に迫る。

 まりあは咄嗟に傘で受け止めた。そして――叫ぶ。


「コハル!!」

『はい』


 コハルは前に飛び出し、口に銜えていた呪符を化け物の眼前へ貼り付けた。

 同時に、まりあは叫ぶ。


「――包み込め、水球!!」

『ゴ、ゴボッ!!』


 呪符から湧き出た水が、化け物の体を包み込む。身動きが取れない状態にした。

 まりあは馬車から飛び降りると、化け物と距離を取る。


 水球は長持ちしない。どうにかしなくては。


暴走の原因は、呪符である気がしてならない。

背中に貼られた呪符を、剥がせば大人しくなるかもしれない。


「コハル、背中に貼られた呪符が見えます?」

『呪符? あ、はい! 見えます!』

「呪符をどうにかすれば、動きが止まるはず」

『わ、わかりました』


 まりあは傘の柄を強く握り、刃を引き抜いた。

 どうやら、戦うしかないようだ。


 化け物は体をぶるりと震わせる。周囲の水は、きれいさっぱり弾き飛ばしてしまった。


 ぱち、ぱちと瞬きをする間に、化け物はまりあに接近した。


「くっ!!」


 刃は間に合わない。

 襲い来る爪を、着物の袖で受け止める。

 鋭利な爪は、袖を両断した。

 肌で受け止めたら、骨まで切り裂かれていただろう。ゾッとする。

 視界の端に、切れた裾が飛んでいく。


 コハルが先ほどのように呪符を貼り付けようとしたが、腕で払われてしまった。


『ひゃあ!』

「コハル!!」


 小さなコハルの体は、地面に強く叩きつけられてしまった。

 ぐったりしていて、動かない。


『ギョオオオオオ!!』


 コハルを気にしている場合ではなかった。

 化け物が眼前に迫る。

 剣道の嗜みがあったものの、化け物相手では刃が立たない。

 けれども、剣道で習った戦う気持ちが、まりあを奮い立たせる。


 爪を刃で受け止めたものの、化け物が妙な叫び声をあげる。

 振動が手に伝わり、柄から手を離してしまった。


『ギャアアアアアア!!』


 裂けた口が、まりあに迫る。

 もうダメだ。

 ぎゅっと目を閉じた。


 装二郎は夜に外に出てはいけないと言っていた。

 彼の言いつけを守らなかったから、こんなことになるのだ。


「ごめん、なさい」


 ふいに目の前が、真っ暗になる。

 否、大きな黒い生き物が、まりあの目の前に立っていたのは――。


「こ、これは、な、なんですの!?」


 以前博物館で見かけた、ひぐまの剥製よりも大きな、黒い九尾の狐だった。

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