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エピローグ

 エピローグ


「昇! 猫だよ猫!」


 蝶番が外れるんじゃないかと言うほどの勢いで工房のドアが開く。


「クラリッサ、何でもいいけど作業中は静かに入ってきてね……」

「作業? ああ、一昨日頼まれてた呪詛除けの護符かい?」


 僕の使っている作業台から小さな宝石をあしらった細工物を摘まみ上げてまじまじと見つめたあと、


「んー……。75点」

「ぐっ……会心の出来だと思ってたのに」

「んっふふ」


 悔しがる僕の顔を見てニヤリとする。


「三年で何とかギリギリ商売やれるくらいにはなれたんだ。別に馬鹿にしてなんかいないさ」


 三年。

 そう。あれから三年が経って、僕は婆ちゃんの工房で魔術に使う備品なんか主に作っている。

 婆ちゃんが若い頃製作したものや設計したものに関する資料を、クラリッサに解説して貰いながら再現できるようになるまで作り続け、最近やっとどうにか生計が立つくらいになってきたのである。

 驚いたことに本当に税務署の方では魔術師と言う技能を認識しているらしく、それによる商売に対してはきっちり税金を取る方針であると知ったのが、この道に入って一番初めに驚いた事である。

 おかげで同業の組合みたいなものも教えて貰ったりして余計なトラブルを避けられたりしているので悪い事ばかりでもないのだが。

 まあともあれ。

 順風満帆と言うには程遠いけれど、普通ではない人生も何とか歩き出せている次第である。


「そう言えば猫がどうとか言ってたけど、何かあったの?」

「そうそう! 昇には昔チラッと話したことあったと思うんだけどさ……」

「娘時代の静と私がつるんでた頃に、ジャパニーズアヤカシキャットに会ったことがあるって話、憶えてるかい?」

「あー……何か黒猫の妖怪がどうとか言ってた気が」

「そうそれ! 組合の連絡でそいつらしきヤツの目撃談が回って来たんだよ!」

「……それが何でそんなに楽しそうなんだ」

「いやあ。そいつ面白い猫でさあ。何だかやたらとトラブル引き寄せるし、めちゃめちゃ強いから騒ぎも大きくなるしでさ。きっと今回も何かあるぞ」


 身を乗り出して目を輝かせているのを見ると、相変わらず楽しそうな事を見つけて首を突っ込むのが好きなんだなあと思う。

 正式に一緒に暮らすようになって三年経とうが、そこらへんは変わりそうにない。

 僕を呼ぶのに『クン』をつけなくなったことくらいが、この三年で変わった事の一つではある。

 まあ、僕が放っておくといつまでも工房で仕事をしている性分なので、何かにつけて外に連れ出そうとするクラリッサとでバランスは取れているのかもしれない。


「こら、待ちなさい!」


 何やら騒々しい声と、バタバタと走り回る声が二階から聞こえてくる。


「何だか嫌な予感がする」

「そうかい? 私は楽しそうな予感がするけど」


 ゲンナリした僕を見て、クラリッサが意地の悪い笑みを浮かべる。

 やがてその足音の主が階段を転がり落ちるように降りてきて、置いてある仕事用の備品をなぎ倒しながら僕らの前に飛び出してきた。

 一匹の黒猫と給仕服姿の小柄な少女。


「うっはは! いいぞ、思った通りだ」

「……思った通りだ」


 破壊された備品のお値段を考えると頭が痛くなってくる。


「ララ、何があったんだ」


 僕の座っている椅子の下に逃げ込んだ黒猫と睨み合っている少女。

 三年前と比較して一回り小柄になっているのはララ本人だ。

 元々人形としての素体の上に高密度の魔力が身体として覆っていたような状態であり、それが高い戦闘能力と燃費の悪さ、ひいては大喰らいの要因になっていた。

 修復作業をしていく中でこれが調整可能だと言う事がわかり、試しに戦闘機能の殆どをオミットした結果、自動で最適化されたのか幾分ちんまりした今のララへと変貌したのである。

 婆ちゃんの技術の結晶である魔術兵装があまりに高度な造りで、今の僕ではクラリッサの協力を得ても武装としての機能の無いものしか作れなかったと言う事情もあるのだけれど、元々婆ちゃんもララを戦闘用にするのは不本意だったと言うし結果オーライなのではないかと思う。


「そこの黒猫はホットケーキ強奪犯です! おかげで私はおやつ抜きです、成敗します!」


 ……まあ、感情が戻るどころか随分活発な感じになってしまった気はするが。


「うーん……」


 足元に隠れてララと睨み合っている黒猫を覗き込む。


「……」

「……怖がってる感じじゃないな」

「怖がる理由なぞあるわけなかろう」


 猫の口元が動き、耳慣れない声が聴こえてきた。


「うおおおおおおお喋った⁉」

「昇、やっぱりコイツだよコイツ!」


 椅子から飛び退いた僕とは対照的にクラリッサが嬉々として黒猫の前に出る。


「いやぁ懐かしいなあアヤカシキャット! 昔一度会ったことあるの憶えてないかい⁉」

「む……? おお、宮原の跡取り娘とつるんでおった異国の娘ではないか。風の噂で何かやらかして討伐されたとか聞いておったが」

「あはは、今じゃ更生してここのおかみさんやってるよ」


 元ヤンの奥さんみたいな言い方はやめてほしい。


「で、肝心の宮原静は何処に? あれに一つ頼みたいことがあって参ったのであるが」

「あー……婆ちゃんは、その、もう居ないんだ。病で」


 僕が答えると黒猫は目を丸くする。


「なんと……いやまあ、五十年も経てばそういう事もある……か。しかし困ったであるな」

「――ふむ」


 クラリッサが隣で何か考える素振りをしている。

 けれど、もうその楽しそうな表情が、考えるまでもなく次の言動を予感させていた。


「なあキャット。彼は静の孫でまだ駆け出しだけど彼女の跡継ぎなんだ。その頼み事っての、私らでも協力できそうかい?」


 魔術工房を継いだ僕の騒がしい日々は続いていく。

 この新たな幕開けのその先は、またいつか。



                                          了

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