屍拾う者無し
2年の時が過ぎた。その2年をどうやって拙者が生き延びたか、長くなるので語りはしない。ただイーダには世話になったと言っていく。
拙者は大聖堂に向かって歩いていた。今日ここで名を知らぬ者はない大国二つの王子と姫の婚礼があるのだという。
潰さねばならない。門を守っていた兵士たちは皆殺しにした。あとは廊下一つ抜ければ大聖堂なのだが。
「君、やりすぎ」
「やはり来たか。そろそろ来るのではないかと思っていた」
神がいた。困りごとがあると他の世界から人を引っ張ってきて解決させようとする能無しの神。
「本当に心から後悔したよ。君のせいで大陸東部はもうめちゃくちゃだよ。いくつ国を潰した?」
「六つ」
「九つだよ、余波で滅んだ国を含めたら。何でこんなことを」
「拙者は悪役令嬢なれば」
「……最初は悪役令嬢って言葉も知らなかったくせに」
「二年あれば人は学ぶものだ」
拙者はいろいろな事を学んだ。学びながら王侯貴族を殺してまわり国を滅ぼし戦を起こした。
世界を呪っていったクロイスのためだ。主の望みをかなえるのが忍びである。
「できれば平和を愛する心とかを学んでほしかったなぁ……」
「無用の事。戯言を言いに来たか」
「もちろん、君を止めに来た。これでも責任感じてるんだ、神だから」
神の後ろから一人の兵士が現れた。中肉中背、どこと言って特徴のない顔。しかし槍の構え方に見覚えがある。
「……赤法師か」
「久しいな、黒犬。小娘になっておるとは」
なるほど、拙者を止めるために拙者を殺した者を連れてくる。小賢しい神の考えそうなこと。
「二度勝てると思うのか。まぐれは二度はないぞ」
「笑止!」
赤法師が槍を構え踏み込んでくる。だがこの二年、過酷な暗殺を繰り返してきた拙者にとって今の赤法師の槍など止まって見えるほどだ。難なくかわせるだろう、と思う途端に足がピクリとも動かなくなる。
神が得意顔、この二年で覚えた当世風に言うならどや顔をしていた。足止めの術か。
やはりこの神、甲賀者では?
「死ねえ、黒犬!……ぐわっ!」
しかし、それでもなお死んだのは赤法師の方だった。
神が出てくるのは予見できていた。足が動かなくなるのであれば、あらかじめ外しておけばよい。
「……義足? まさか二本とも切断したの?」
間抜けな神が呆然としたように言う。膝から下を切り落とし義足に変えておいたのだ。忍務のためであれば手足を捨てるのは当たり前のこと。
「足だけではないぞ」
右腕を包んでいた布を取り払う。オヅに切り落とされた右腕には代わりに新しい武器を仕込んでいた。細かい刃を仕込んだ鎖を魔術によって回転するようにしたもの。いわば鎖鋸である。
勢いよく鎖鋸をまわし、膝と左手で神に向かって突き進む。修練によって人が走るよりはるかに高速で動けるようになっていた。
「え、妖怪? ちょ、ま、うわわわわわめちゃめちゃ怖い!」
女子供のようにわめきながら背中を向けて逃げていく神。難なく追いついて鎖鋸を振り下ろす。
「やめ、世界の半分……ぎゃああああああああ!」
神はまっぷたつになった。
大聖堂で起きたことは翌日には誰もが知ることとなった。名だたる国々の王族貴族大使たちが全滅。世界は混沌の底に叩き落されることになる。
もはやマーヴィンガーデンの悪鬼姫の名を知らぬ者はない。
神殺し、世界を焼く者、世界大戦のディーラー。様々に呼ばれる世界最悪の悪役令嬢としてクロイス・マーヴィンガーデンの名は永遠に歴史に刻まれることだろう。歴史が続けば、だが。
焼け落ちていく世界を見ながら拙者は忍務を果たした感慨にふける。
「世界滅びて屍拾う者無し……ですわ」
おわり