表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/68

3月~卒業式


(あぁーっ!神様!)


 両手を握り合わせぎゅっと眼を瞑る。



 外大入試から1週間。ついに合格発表の日が来た。



 父の書斎でパソコンを開く。


(あと1分…)


 定時に発表がネットにアップされる。



(お願い!受かっててーッ!!)


 不安と期待に胸が痛い。

 冷たい指先でページを開くためのIDを打ち込む。 


(3、2、1…)



 カチッ…


 開いたページにずらりと数字が並ぶ。



(1217、1217…)


 自分の番号を探す。



(1217…


 あ…)




 はたして並ぶ数字の中に探している番号があった。



「やっ…!」


(やった…合格だ!!)




『今まで南条が努力してきたこと俺はずっと見てきたし、落ち着いてやれば絶対大丈夫』


『頑張っておいで』



 いつだって先生が傍にいてくれた。

 離れているときも、心は寄り添っていてくれた。


 早く先生に伝えたい─



(先生!私合格したよ!)



 書斎に射し込む陽の光は柔らかく眩しくて、春が近付いていることを感じさせる。



(先生と私の為にきっと春は、来る)



 先生と私、ふたりの為に─


        *   *   *


 3月。


 校門からのアプローチに並ぶプランターにはまだ固いチューリップの蕾が春を心待ちに背伸びするようにして並んでいる。



 今日は卒業式。



「舞奈」


 教室に入るとすぐに揺花に声を掛けられた。



「舞奈、外大受かったって?」


「揺花も合格おめでとう」


「うん…でも寂しくなるな、舞奈が東京行っちゃうと」



 揺花は私同様地元国大の受験を控えているけれど、既にこっちの私立大学に合格していていずれにしても地元での進学が決まっている。



「そんなことないかもよ。国大落ちて春から浪人してるかも。あ、なんなら来年国大で揺花と先輩後輩になってるかも」


「イヤー!そんなこと言わないで!頑張って東京行って!!」


 揺花が私の両手を取りぶんぶんと振った。


「とにかく来週の入試頑張ろ!一緒に」


「ん、そうだね」



 久しぶりに会えた揺花とお喋りに花を咲かせていると、やがてチャイムが鳴った。

 席に座ると直ぐに担任の村田がブラックフォーマル姿で教室に現れた。


「卒業おめでとうございます。では今日のスケジュールと春休み期間中の注意事項等を連絡する」



 頬杖を突いて窓の外に眼を遣る。


 外はまだ浅い春の風。

 思えばもう駅のコンコースで先生と出逢ったあの時から1年が経とうとしている。早かった、でもいろんなことがあった1年。

 出逢って、恋をして、悩んで落ち込んで、想いが通じ合って、離れて、また愛し合って。



「今年度内はまだ当校の生徒として在籍しているので、最後までその自覚を持って行動すること。それから万一事故等の際は31日まではここに連絡し、4月1日からはこちらと進学先にも連絡のこと…」


(話長いな…)


 欠伸を噛み殺しながら何気なく机に手を突っ込んだ。



 カサ…



(あれ?)


 空のはずの机の中で何かが手に触れた。

 折り畳んだ紙の感触。摘まんで取り出してみる。


 出てきたのは小さなメモ。手の中で広げてみた。



『卒業おめでとう

 それから、外大合格おめでとう』



(あ…!)


 この字…!



 ドキドキと鼓動が高まる。

 見慣れた文字。大好きな。

 名前は書かれていないけれど、間違いなく先生からの手紙だ─



(先生、知ってたんだ)


 私の合格の報告を村田から聞いてたんだろう。



 メモには続きがあった。



『4月1日、午前7時 文教台駅前で待ってる』



 私が先生の生徒じゃなくなる日の朝、先生の家の近くの駅で待ち合わせ─



 私はメモを胸に当て、眼を閉じた。


 あぁ、先生と私の春は、未来は確実に近付いている─



(先生…もうすぐ先生と一緒になれるよ)



「今日で高校を卒業することにはなるわけだが、まだ入試がある者もいると思う。結果が出るまで浮かれることのないように。

 早速何か浮かれているのもいるみたいだがな」



 いつの間にか席の間を周回していた村田が私の横で立ち止まった。



(やば…)



 まだもうしばらく。


 4月1日、私が先生の生徒じゃなくなるその日まで、私もチューリップの蕾みたいに春を待ちながら、もう少しだけ寒い冬を乗り越えるんだ。


           *


「卒業証書授与。3年1組、起立」


 厳かな講堂に一斉に靴音がして皆が立ち上がる。

 それから、一人一人順に名前を呼ばれては壇上に上がり、証書を受け取っていく。



「南条舞奈」


「はい」



 壇上を中央の机の前に進み、校長先生から証書を手渡され深く一礼した。それから背後の舞台から下りる階段に向かってゆっくりと客席に向き直った。


 直ぐに職員席の一番端の先生の姿が眼に入る。



(先生…)



 いつか先生が言ってた。


『これから大人になってゆく姿をこれから先、遠い未来もずっと傍で見てられるわけじゃないだろ?俺はそんなの嫌だから』─



 ねぇ、今貴方の傍で、私は貴方に私の未来を見せられているかな?

 ゆっくりとだけど貴方に近付けているのかな?



 先生が私が最初に好きになったあのきらきらの笑顔で微笑む。



 先生待っててね。


 あぁきっと、春は直ぐそこ─


        *   *   *

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ