2月~雪の降る夜に4
「…ん」
眼を覚ますとそこは先生の腕の中で。
そぉっと顔を上げると、まだ眠っている先生が小さく寝息を立てていた。
きめ細やかな肌、長い睫毛、柔らかな髪。
今はこんなに繊細で可愛く見えるのに、昨夜の先生は全く違って、いつになく激しく熱っぽかった。
それでも先生はやっぱり優しくて。
『そんなつもりじゃなかったから何の準備もないから…』と、時折苦しげに何かに耐えるような表情をしながら、それでも強引に行き着く先まで連れて行くことはしないでただ私に触れるばかりで愛してくれた。
そして私はそんな先生が堪らなく愛おしくて、その甘やかな手触りにうち震えるんだ。
(って!何思い出してるんだろう私!!)
朝っぱらから変な動悸が身体中を駆け巡り、発火しそうなほど頬が火照る。
(…起きよ)
本当はもう少し先生の体温に微睡んでいたいけど、もう朝みたいだ。
そっと先生の腕から抜け出そうとする。
「う…ん…」
起こさないように静かに動いたつもりだったけど、先生が薄く眼を開けた。
「舞奈…」
吐息混じりに私の名を呼ぶ。そして、
「あ…!」
ぐいと抱き寄せられ、もう一度腕の中に閉じ込められた。
(うわぁ…!)
吐息が、近い。嫌でも昨夜のことを思い出してしまって、ますます胸を高鳴らせる。
不意に先生が私の脚に脚を絡める。
(えぇっ!ちょっ…!!)
「だっ、駄目だよ!先生もう朝だよっ!!」
「え…?」
先生は腕を緩めると、とろんとした顔で私を見た。
「え…あ…あぁ…」
意識がはっきりしてくるに従って、みるみる先生が頬を紅くする。それを見て、私の頬もどんどん紅くなる。
「…おはよう南条」
「お、おはようございます…」
(眼合わせらんない…)
身を固くして縮こまる。
「あのさ…」
「は、はいっ!?」
「大丈夫、だった?」
「え…?」
「あ…身体、とか」
「あ、あぁ…はっ、はい」
「そっか…なら、良かった」
「……」
「……」
(うゎぁ…恥ずかし過ぎてぎこちないのがますます恥ずかしいよ!)
私の二の腕に遠慮がちに触れたまま固定された先生の手もどこか余所余所しい。
「…朝飯用意しとくから、出掛ける準備してきなよ」
少しの間の後、照れ臭そうに微笑んで先生は半身を起こす。
それから、優しく私のおでこにキスをひとつ落として、部屋を出て行った。
パタンとドアが閉まり、私はおずおずと起き出した。
(…え、と…えっ!?ひゃあぁぁ!?)
辛うじてルームウェアは着ているものの、乱れた襟元に気付いて狼狽える。
(見られちゃった!?)
いや…今更見られちゃったどころじゃないか。
私はあまり自分の身体を見ないようにしながら紺のセーターとパンツに着替えて部屋を出る。昨日のうちに買っておいたパンとサラダの他に先生がコーヒーとスープを用意してくれて香ばしい薫りが立ち込めている。
顔を洗うと、ふたりでテーブルに着く。
「いただきます…」
「召し上がれ」
(やっぱり、こんな毎日が続くといいな)
レースのカーテンの向こう側はすっかり雪が降り止んで、テレビもほとんどの交通機関が平常運転している旨を伝えている。
食事が済むと私は身支度を整えて荷造りした。
大学の前までは先生が送ってくれることになっている。
「午後から学校に行かなきゃならないから先に帰るけど、大丈夫だからな。今まで南条が努力してきたこと俺はずっと見てきたし、落ち着いてやれば絶対大丈夫」
先生が私の頭をくしゃっと撫でる。
「ん、大丈夫だよ。
私にはいつだって先生が付いてるし、心配してない」
私は先生に左手を差し出す。
「あ…」
青い指輪が私の薬指に光るのを見て、先生が小さく声を上げた。
「持ってきたの…?」
「私のお守りだもん」
「俺、酷いこと言ったのに」
「『別れよう』なんて、あんな電話一本で割り切ることなんて出来ないもん。もしあれがホントでも私は今でも先生が好きだったよ」
「南条…」
次の瞬間、熱いキスが降る。
指輪を包むように左手を握り、もう一方の手を私の背中に回して抱き締める。
「せんせ…」
「この冬が終わったら…4月になったら、俺達は一緒になれるから。もう誰にも邪魔はさせない」
「ん…」
先生はもう一度優しく口付けした。
「さあそろそろ行こうか」
私たちは夜璃子さんの家を後にした。
ざくざくと雪を踏み、大学の門の前に着く。
「頑張っておいで」
手袋を外した先生が左手を伸ばす。
「ありがとう」
私も手袋を外してその手をしっかりと握り、他の受験生たちみたいに握手した。
私たちが他と違うのは、先生が親指で私の薬指の青い石をそっと撫でてくれること。
まるで先生の想いを吹き込むみたいに。
先生がここにいる。
大丈夫─
手を離すと私は目一杯の笑顔を先生に向ける。
大丈夫だよ、安心して、って。
そして颯爽とその門をくぐっていった。
* * *




