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12月~ファーストキス


「よし!出来た!」


「完成だね!」



 翌日の金曜日。早朝の教室。


 揺花と私は卒業アルバムのクラスページのコラージュを任されていて、それの提出が今日の放課後のアルバム委員会が締切なのを今まさに間に合わせたところ。



「でもごめんね、舞奈。今日私用事があるから提出任せちゃうけど…」


「大丈夫だよ。今日の委員会だけ出ればあとは委員の人がやってくれるもん。問題ないよ」


「ありがとう」



 出来上がったばかりのコラージュを見る。

 クラスのみんなの写真が可愛く飾られて、我ながら素晴らしい出来だ。



 放課後、揺花とエントランスで別れ、委員会のある選択教室へ向かう。


 選択教室と特別教室ばかりがあるその棟は日中こそ活気があるが、放課後ともなるとあまり人気もなくひっそりしていた。


 私は廊下の柱型の陰でこっそりスマホを操作し、メッセージアプリから清瀬くんにメッセージを送る。



『今からアルバム委員会だよ。

 でもほんと先帰ってていいからねっ!』



 昨日清瀬くんに


「明日は放課後委員会があるから一緒に帰れないよ?」


と言ったのに、


「とりあえず待ってるから連絡して?」


と言われていたからだ。



 ほとんど間もなく清瀬くんからレスが来る。




『り。地元の駅にいるから終わったらまたラインおくちょ』



(帰っていいって言ったのに)


 私は苦笑してスマホをしまう。



 選択教室に入ると直ぐに委員会が始まった。


 出来上がったページを提出してチェックを受け、それから今後のスケジュール確認や注意事項を聞く。


 そして委員会は程なく終了した。



「じゃ南条さんまたね!」


「うん。バイバイ」


 同じクラスの委員の子と廊下で別れ、私は誰も居なくなった廊下で再びスマホを取り出す。



『今終わったよ。これから帰るね!』



 送信ボタンを押したところで、



パン!



「!」



頭の天辺に軽い衝撃を受ける。



 振り返るとそこには、いつの間にか私の頭上にテキストを掲げる先生がいた。



「せんせ…」


「ほら、スマホ。校内では禁止だよ。しまってしまって」


「あ…」



 私は慌ててそれをバッグの外ポケットに押し込む。



「珍しいね、こんなとこで。何?委員会?」


「…うん」



 ちょっと…気まずい。



「このあと来る?準備室」



 先生の問いにかぶりを振る。



「用事、あって」


「…そっか」



 少し開いた窓から冷たい空気が流れ込んでくる。

 それと共に先生との間にひやりとした間が流れる。



 帰ります、と言いかけた時、



「この間の、彼氏?」



先に口を開いたのは先生だった。



 胸がどきりと嫌な音をたてる。


 何と応えていいか分からなくて口籠っていると、ふっ、と先生が小さく笑う。



「南条は誤魔化すの下手だな」



 いつもと変わらない先生の声。


 その穏やかさに胸が疼く。



 そりゃそうだよ。


 私に彼氏がいたって、先生には取るに足らないことなんだから…




「受験生なんだからあんまり羽目外すなよ」


「…はい」


「……」



 先生は溜め息混じりに窓の外に眼を遣る。


 冬の夕暮れはあっと言う間に夜を連れてくる。既に天頂は暗く清んで、ますます切なさを際立たせる。



「出来ればそういうのは今は…慎んで欲しいかな」


「……」


「分からないことは何でも聞いてもらっていいから勉強に集中して欲しい」



 先生は空の闇を映して黒曜石のような瞳を一度伏せ、それからゆっくりと私を見る。

 美しい視線に見据えられて私の胸は嫌でも高鳴ってしまう。



(先生…)



 そんな眼を向けられたら、諦められなくなるよ。


 やっぱり先生のこと…好きだと思っちゃうよ。



「私…行きますね」



 先生の視線が苦しくて、私は俯いて肩に掛けたバッグの持ち手を握り直した。



「…彼氏に会うの?」



 突然の先生の言葉に、進み掛けた歩が止まる。


 と同時に先生の掌が私の腕を掴む。



「!」



 恐る恐る顔を上げると、先生の大きな瞳は私を咎めるように、そしてどこか悲しげに揺らめいていた。



「せんせ…」


 自然と唇から零れ落ちるように呟く。



「南条…」


 私の腕を掴む先生の手に力がこもり、掴まれた腕をぐいと引かれた。



「あ…!」



 眼の前の選択教室の開かれたままのドアへと引き入れられる。


 そして先生は直ぐに明かりが消えて薄暗い教室の扉を閉め、次の瞬間、




「!!


 んっ…!」




 先生の気配が近付くと、何かを思う間もなく柔らかな感触を覚えた。


 唇に触れる、熱い感覚。



「…ふ、ぁ…」


「……」



(私今、先生に…!)



 触れ合う唇と唇。


 熱く押し当てられた感覚に他の全ての意識が消え去り、頭の中が真っ白になる。


 心臓が激しく打ち鳴り、呼吸が止まる。




「…ん…っ!」


 息苦しさに身を退き、先生から離れた。



 先生の瞼が開かれ、その瞳に私が映る。


 黒々と影を落とし切なげに瞬くそれはまるでブラックホールのようで、吸い込まれるように眼が逸らせなくなる。



 心が麻痺してしまったように何も考えられなかった。


 唇にまだ触れ合った感覚が残るのだけをただ感じていた。



 見つめ合ったまま動けずにいると、先生が呟くように言った。



「…ごめん」



 その声は低く掠れて、教室の静けさに溶けていく。



 私はようやく金縛りが解けたみたいに、のろのろと掌で口を覆い俯いた。



(先生…私…)



 初めてのキスだった。


 大好きな先生とのキスだった。



 でも突然のことで。



 それに先生は…



『当たり前だろ。

 教え子好きじゃない教師とかダメでしょ?』─



(先生…何考えてるの…?)



 ただでさえ動揺して何も考えられないでいるのに、先生の行動は、気持ちは本当に本当にわけが分からなくて、どこまでも私の気持ちを乱す。

 そしてもう、自分自身の気持ちも、これから自分がどうしていいかも考えられなくなる。



 そんな中で、先生の視線が私に注がれているのを感じて、居たたまれなくなる。



(先生、なんで…キス、したの?

 なんでそんな眼をするの…?)



 頭の中が縺れたまま腕を掴む先生の手を振り切り、そして手元のドアをがっと開いて教室を走り出た。


 廊下を走り、階段を駆け降りるうちに涙が溢れてくる。

 苦しくて苦しくて仕方ないのに、私は夢中で駆けた。



 どうして先生に逢う度に涙が出るんだろう。


 どうして涙が出るほどに好きなのに忘れられると思ったんだろう。


 どうして先生は私を『生徒』だとか『妹』だとか言いながら、私の気持ちを離してくれないんだろう─


       *   *   *


 自宅の最寄りの駅に着くと、



「よぅ」


 清瀬くんが待っていた。



「何その顔」


 清瀬くんの言葉にどきっとする。



『何か』あったこと、悟られちゃだめだ…



「あ…ちょっと委員会で揉めちゃって…」


 えへへと笑って見せる。



「舞奈は生真面目だからな、ガキの頃からだけど。あんま頑張んなよ」



 清瀬くんの手ががしがしと私の頭を撫でる。

 その手があったかくて、心が痛む。



「…ん」



 当たり前のように清瀬くんが私の手を握る。



「舞奈、どう?土日」


 昨日も言われてた。土日デートしよう、って。



「うん…やっぱ勉強したいから、やめときたいかな…」


「なんだよ。今言ったばっかじゃん。生真面目に頑張んなって」


「でも来週から学校も試験だし」


「あ!じゃあさ…」



 清瀬くんが何か良いことを思い付いたとばかりにパチンと指を鳴らし、その指で私を指す。



「塾の自習室で一緒に勉強しよ!で、帰り飯食ってこ!それならどう?」


 清瀬くんは眼をきらきらさせて私を覗き込む。



(そんな顔されちゃ断れないよ)



「…分かった。いいよ」



 清瀬くんが繋いでいた手の指を絡ませてくる。



「ちょっとそれは…」


「なんで?いいじゃん?照れてんの?」


「…うぅ」



 恥ずかしい、というか、やっぱり私の中でまだ清瀬くんと私はちゃんとカレカノになれてない感じがしてるんだと思う。


 こういうのはなんか…


 落ち着かない。




 ふと先生の漆黒に憂えた瞳を思い出す。



 そして、唇の感触を…



 先生のこと、まだ忘れ切れてないのに、清瀬くんとの関係が腑に落ちるわけない…



「舞奈?」



 清瀬くんの呼び掛けに我に返る。



(いけない、気付かれちゃう…)



「ごはん、何食べに行こっか?」


「ファミレスでよくね?長居したいっしょ?」



 清瀬くんと私は日曜日の午後、また駅で待ち合わせる約束をして別れた。


       *   *   *

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