145『焚き火を囲んで』
馬車を引く馬たちも、先日から何かと面倒を見てくれる2人組……特にとびきり美味い水を出してくれる少女に、信頼の気持ちを持って接していた。
「馬さんたち、ちょっと脚を見せてね」
アンナリーナが馬の脚に次々と【回復】をかけていく。
「ずいぶん疲れているんだね……
もうこれで大丈夫だよ。
うんうん、こっちの子も今癒してあげるね【回復】」
傍目からはアンナリーナが馬たちの脚を撫でているとしか見えないだろう。
「明日は次の村に着くからね。
また、お昼の休憩の時にでも見てあげる」
アンナリーナの、馬との語らいはこれで終わり、次は夕餉となる。
他の乗客たちはもうテントに入り、それぞれ休む支度をしているようだ。
そうこうするうちに、冒険者の1人が沸かした湯を持ってテントに入ってゆき、またすぐに戻ってきた。
「あのお湯……一体何に使うんだろう」
「リーナは、そうだな。おまえには必要ないもんだな。
あれは夕餉の時に飲む、湯で溶いたスープもどきを作るために持っていくんだよ。あとは干し肉を入れてふやかしたりするんだ」
初めからアイテムバッグのあったアンナリーナには想像出来ない、厳しい食事だ。
「そっかぁ、まだそれほど暑くないから、今朝の宿屋で作ってもらったお弁当が夕食にも食べられるんだね。
そして即席のスープを付けると」
もちろんすべての乗客が同じものを食べているわけではない。
比較的懐の暖かい商人や親子連れなどは、朝、宿を出る前にしっかりと食べるものを買い込むが、ギリギリの路銀で村を出てきた少女はそうはいかない。旅の定番?干し肉と黒パンと水の入った皮袋で、宿屋以外の食を賄っていた。
中継地に着いたからと言っても、御者や護衛の冒険者たちはすぐに食事にありつけるわけではない。
馬車の、主に車輪を点検するもの。
中を掃いて掃除するもの。
近くに小川などがあれば、水汲みや洗い物をするもの。
もちろん見張りに立つものもおり、彼らの夕食は、とっぷりと日が暮れて乗客たちが寝支度を始める頃になるのが常だった。
「あの、皆さん、今夜は夕食をご一緒しませんか?」
ここ数日、何かと差し入れしてくれたアンナリーナの言葉に、皆は期待する。
そしてその期待は外れる事なく、馬車のすぐそばに張られたテントから持って出てきたのはそれなりの大きさの鍋だった。
あたりはもう闇夜で焚き火だけが唯一の光源だ。
アンナリーナならいくつもランプを出す事が出来るが、今日は出来るだけ暗い方がよいだろう。
「各自、お皿を出して下さいね」
鍋の蓋をあけると湯気が立ち上がる。
その中はミノタウロス肉がゴロゴロ入ったビーフシチューだった。
「凄え!」
思わず歓声をあげたのは誰だろうか。
「これはデラガルサダンジョンのミノタウロスを使ったシチューです。
遠慮しないでたくさん食べて下さいね」
子供の拳ほどの肉が3つ、皿に盛られただけで興奮している。
アンナリーナは盛り付けを各自に任すと、またテントに戻っていった。
「お待たせ〜 パンを持ってきたよ」
シチューとともに食べるため、しっかりと目の詰まったミッシュと言う種類のパンを用意していた。
あと、ロメインレタスとカリカリベーコンの温サラダを添えて、アンナリーナもテオドールの横に腰を下ろす。
アンナリーナとテオドール以外の者が一言も話さず、ただひたすら食べている姿を、灯の消えたテントからジッと見つめている姿があった。