143『空気を読めないもの』
御者、ダマスク目線。
南部の港湾都市から出発した乗り合い馬車が、王都に向かう途中に立ち寄った何の変哲もない田舎の村の駅から乗り込んできた2人組は、最初から奇異な連中だった。
小柄な少女と見るからに高位の冒険者である大男。
見かけはいかついが、旅の間は護衛もしてくれるという、見た目によらずいい男だ。
今回の運行の客は彼らを入れて10人。
半分が小規模な行商人で、あとは王都に移住する父子、そして少女が1人。
少し扱いづらい客もいて、ここまで来る間にもトラブルはあったが、何とか20日間やってきていた。
そこに現れた2人組はあらゆる意味で目立ちすぎた。
初日は様子見だったのか、何事もなかったが、これからの事を考えると胃が痛む。
そうこうするうちに野営地に着き、各自夕食を摂ることになった時、例の2人組は自分たちのテントを張って、その中で食べていた。
御者として……正直言って、とても助かる。
このような手のかからない客は大歓迎なのだが、食事の後焚き火を囲んで話している時に、なんと差し入れまで貰って、そのあまりの美味さに感激してしまった。
そして早朝には具沢山のスープまで馳走になり、同僚の冒険者共々舌鼓を打つ。
このまま、何事もなく順調に進むと思っていたのだが、そううまくいくはずもなかったのだ。
小柄な少女が見た目より年長で成人していること、そしてふたりが夫婦だと聞いた時はびっくりしたが、よく見れば時々甘い雰囲気になっている。
2日目にして、差し入れなどで気心の知れた存在になった彼らは今日も大人しく、座席に座っていた。
「あの、ここに座っていいかしら?」
ふたりの前に立ったのは、一人旅をしている少女だ。
彼女は港に近い農村の生まれで、そんな出身の割には整った顔をしていて、それを利用して王都で働こうと旅立ったのだ。
「……」
アンナリーナはチラリと視線を上げたが、一言も発せず本に目を戻した。
無視だった。
アンナリーナは興味がないものには辛辣だ。それほどスペースのないところに無理やり割り込んでこようとする少女を無視することで拒絶したのだ。
隣で目を閉じていたテオドールも鋭い視線を向けてきて、少女はそそくさと席に戻っていった。
この場はそれで収まった。
だが、この後も彼女アデルの空気を読まない行動は続く。
「あの、お昼を一緒に……」
「ごめんなさい、食事は護衛の方たちと約束してるの」
これは断固たる拒絶なのだが、アデルは気づいていないようだ。
「ねぇ、それ……何を読んでいるの?」
アンナリーナが手製の図鑑に書き込みをしていると、また性懲りもなくアデルが声をかけてきた。
彼女はアンナリーナが自分より年下だと誤解していたのだ。
そして、アンナリーナの上等そうな着衣も、自分が読めない本を読んでいることにも嫉妬していた。