86『雪の日』
初冬の入学試験からふた月。
それから、さほど寒さが気にならなかった日々だったが、今朝起きてびっくりする。
「どうしたの、この寒さ。
魔導暖炉の温度を上げるね」
この部屋にいるのは今、アンナリーナが起きたのに気づいたアラーニェだけである。
そして昨夜は、テオドールが不在の為、テントの寝室ではなく寮の寝室で寝たのだが。
「主人様、外は雪が降っております」
「雪?!」
ナビの指摘に素っ頓狂な声をあげて飛び起きた。
慌てて服を身につけようとして、アラーニェに止められた。
この、寮の部屋には窓がない。
これは全室がそうであって、防犯の為しょうがない事なのだ。
アンナリーナが雪を見るためには、一度外に出なくてはならない。
「リーナ様、申し訳ございませんが、そろそろ支度を始めないと授業に間に合いません」
「そっか……そうだね」
シュンとした姿は年相応のアンナリーナだ。
制服の下にいつもよりやや厚手の下着……【異世界買物】で購入した○ートテックを着て、薬師として許されたオフホワイトのローブを羽織り、教室に向かう。
アンナリーナは入学式を経て第一学年生になったわけだが、必須とされてたいくつかの学科が免除された。
そのひとつが算術だ。
空いた時間は自由時間となったが、公式なユングクヴィストの内弟子であるアンナリーナは、彼の研究室である【塔】に行く事が多かった。
「雪が深くて教師が来れない……?
それで休講?」
ユングクヴィストのように、校内に住んでいる教師は稀だ。
今朝はあまりの雪深さに馬車を走らせる事が出来ないらしい。
アンナリーナは、今日一日すべての授業がキャンセルになったのを確かめ、嬉々としてユングクヴィストの元へ向かった。
「おう、リーナ。久しぶりじゃの」
「お師匠様、今日はお土産を持って参りました」
アンナリーナはユングクヴィストの事を【師匠】と呼ぶ事を許されている。
「ほう、リーナからの土産とは嬉しい。どのようなものだろうか」
アンナリーナは、腰のポーチからアイテムバッグを出し、その中から先日狩ってきたコカトリスを取り出した。
「おおっ!」
さすがのユングクヴィストもびっくりしたようだ。
「血抜きは済んでます。
コカトリスは美味しいですからね。
皆様で、どーぞ」
その場で礼を言い、自身のアイテムバッグに収めたユングクヴィストが、アンナリーナに椅子を勧め、自分も座った。
「で? それだけではあるまい」
「うふふ……
大した事ではないのですよ。
ツベルクローシスの感染経路についてと【雪割草】の原生地を教えていただきたいのです。
私は、この辺りには詳しくないですから」
「なるほど……
まずはツベルクローシスの件は、大きな進捗はないようだ。
強いて言えば、伯爵家の周りから感染者は出なかった、ということ。
王都に来てから接触したものもすべてシロ……今は領地にその探査を広めているようだが、はてさてどうなる事やら」
時間がかかりそうだという事。
「雪割草の原生地は、どれ地図を描いてやろうの」
これで貴重な雪割草の採取に行ける。
アンナリーナは密かにガッツポーズをした。




