74『アンナリーナの異常』
【疾風の凶刃】のクランハウスの階段を駆け下りてきたのは、本来ならこの場にいるはずのないグレーオーガだ。
その場が混乱する中、ホールの受付に近づいた彼が叫ぶように言う。
「テオドール殿を探している。
火急の要件だ! 一刻も早く連絡をつけたい」
クランの中でも彼の事を知っている数少ないものは瞬時に、彼の主人の小さな薬師絡みだと気づいて近づいてくる。
「テオドールは今ギルドに行っている。すぐに使いを出すから待っていてくれ!」
すでに、その言葉を待たずに飛び出して行ったものもいる。
「何事だ?!」
血相を変えて飛び込んできたテオドールが、イジに向かう。
その場で話すのをためらったイジに目配せされて、2人は階段を駆け上がっていく。
そして、テオドールの部屋に入り、鍵をかける。
「お前がこの部屋から出るなんざ、緊急以外のなにものでもないな。
一体どうした? リーナに何かあったな?」
「師匠、俺ら従魔では、どうしたらいいのかわからない。
どうか手を貸して欲しい」
もちろん、テオドールに否やはない。
「もちろんだ。
だがその前に、何があったのか教えて欲しい」
イジは自分が見聞きした事と、ナビから聞いた事を丁寧に説明した。
するとテオドールの顔つきがどんどん歪んでいく。
以前からリーナより、彼女が想いを寄せる男がいるという事を聞いていた。
そして、今は離れているが春には合流して一緒に暮らすことも。
今回、急に入学することになったが、テントで繋ぐか、転移点を置くなどして、何とかするのだと思っていた。
それが……
「ガキが!」
吐き捨てるように呟いた言葉に、応えるものはいない。
リーナがちらりと漏らしたところによると、相手の男はまだ10代だという。
奴とは、乗り合い馬車の護衛と客として知り合い、お互いに想いを膨らませた。
リーナが初めて冒険者登録をするために、この国に来たとき同行を熱望したそうだが、地盤も何もない状況での同棲は拙いだろうという事で、春まで別行動になったと聞いている。
その僅かな間も耐えられなかったのか……?
同じ男だから、その生理は理解出来る。だが、好いた女がいるのだ。
どうして我慢出来なかったのか。
これが若さだと言うなら、愚か以外の何者でもない。
そしてこれはおそらく、相手の女に誑かされた可能性が高いだろう。
イジが他の従魔から聞いたところによると、リーナは離れて暮らす前、その身を案じてかなりの数の魔導具や、武器や防具を渡していたという。
思うにそれは、ずいぶんな過剰性能だったのだろう。
そんな貴重な品々を持つその男に、すり寄ってくる女も少なからずいただろう。
「本当に馬鹿なガキだ」
リーナとは望めない秘め事を、豊満な身体の女に溺れ、孕ませた。
「最低だ……」
「師匠?」
2人はテントに入り、イジがツリーハウスに向かっていく。
すぐにアンナリーナを抱いて戻ってきて、そっとベッドに降ろした。
「リーナ?」
降ろされたまま、身じろぎもせず座っているアンナリーナ。
その目は虚ろで、目の前の自分を写していない。
「一体、どうした? リーナ??」
その華奢な肩を掴み、力一杯揺さぶっても、アンナリーナはされるがまま揺れていた。




