70『爺様たち』
アンナリーナが面接を受けている部屋に隣接した隠し部屋では、学院長とユングクヴィストがその成り行きを見守っていた。
まずはその容姿に驚きの声をあげる。
アンナリーナは決して美人ではない。
可愛い系ともまた違った、はっきり言ってしまえば地味系だ。
それが膨大な魔力を有し、その溢れる魔力によって、地味な栗色の髪は黄金色のメッシュとほぼ半々となり、焦げ茶の瞳には金粉が散ったように光り輝いている。
高位の魔法職なら望まずにはいられない……稀有な少女。
だが、その高魔力の反動なのだろうか。生身の肉体の方は発育をやめ、もうこれ以上成長する見込みはなさそうだ。
それは惜しいのか、はたまた僥倖だったのか……
「本物の【賢者の弟子】のようだな」
ユングクヴィストは無言で、ジッと見つめている。
そして、魔力測定を始めたところ、それは起こった。
ヒビがいくわけでなく、破裂するわけでもない。
閃光と共に水晶は変質し、細粉化される。そのさまに2人は思わず身を乗り出した。
「これは……」
水晶玉が、石英の粒になるなど聞いたこともない。
ユングクヴィストは続いて話に聞き入っていた。
質問というより説明といった具合になっている面接官の話が、入学手続きに必要な物に及んだ時、印章についてアンナリーナが持っていないと言った時。
「薬師とはいえ貴族ではないのだ。
それも……」
言葉を遮ったのは、アンナリーナが続けた言葉だ。
「……確か、師匠のものがあったと思いますが……」
「ちょっと待っておくれ」
ユングクヴィストは、思わず飛び出していた。
この面接のための部屋に入ってすぐ、アンナリーナは壁の向こうに部屋があり、そこからの気配にも気づいていた。
『誰か見てる?』
それもしょうがない事だとアンナリーナは理解している。
自分が珍獣扱いされている。
それは、現役の薬師でありながら学び舎に通いたいと言い出した平民のわがままに、辺境伯と冒険者ギルドを巻き込んだ、あれやこれや。
本人も自覚していた。
そして面接が進むうち、突然壁から爺さんが2人、飛び出して来たのだ。
2人と目が合う。
一瞬の逡巡ののち、アンナリーナは立ち上がり優雅なカーテシーで2人に挨拶した。
「お初にお目にかかります。
リーナと申します。
この度は受験の機会をいただき、誠にありがとうございます」
「うむ、儂はこの学院の学院長サパーじゃ。そしてこれはユングクヴィスト」
「ユングクヴィストだ。
これから儂がリーナ嬢の面倒を見る事になる」
アンナリーナは目を輝かせて、老教授を見つめている。
「で、リーナ嬢はお師匠殿の印章を持っておられるとか?」
「ええ」
アンナリーナは腰のポーチからアイテムバッグを取り出した。
そこからアクセサリーボックスを取り出す。
もうその頃にはユングクヴィストの顔色が変わっている。
そして蓋を開けた瞬間、アンナリーナの左耳の上が淡く光ったのを見逃さない。
もう、見るまでもなかった。
その “ 気配 ”だけで目の前の少女の師匠が誰か、ユングクヴィストは確信した。
それでも。
「その印章、儂に見せてくれぬかの?」
差し出された指輪を手にした瞬間、ユングクヴィストは溢れる感情に身を震わせる。
暖かい、身体のなかを喜びが駆け巡るその感情。
久々に感じる、慣れ親しんだ魔力は。
「姉弟子様」




