62『心配性なテオドール』
とうとうアンナリーナが、王都に向かう前日になった。
このギリギリになってもまだ、テオドールが難色を示している。
王都での受験のあと最低、合否が確認するまで滞在し、合格すればそのまま寮に入る事になる。
今回、アンナリーナが受験することを知った領主が後見に付いた為、貴族の客分として受験することになった。
「紐付きになった気分だけど、利用出来るものは利用しなくちゃ、ね」
溜息つきつつ準備を進めるアンナリーナは、先ほど大量の薬類とポーションをギルドに納品し、ドミニクスに挨拶を済ませてきた。
あとはクランにも収めて、それで終わりだ。
そして夕刻から、アーネストとエメラルダを呼んで暫しのお別れ会を開いた。
「これは私とアーネストからの餞別よ」
高レベル冒険者の彼らはアイテムボックスを持っている。
鞄型のそれから麻袋を取り出し始めた。
「色々考えたんだけど……リーナにはこれがいいかなって」
どんどん取り出されていく袋を手にして……ずっしりと重い、それを開けてみると。
「わぁ! 白草石だ。こんなにたくさん?」
「ノンノン、まだまだあるわよ」
ポーション作製に不可欠な白草石をこんなに。どれほどの手間がかかっただろうか。
「私からはこれを」
アーネストが差し出してきたのはンゴルンゴの実だった。
これも魔力回復ポーションには欠かせない、貴重な素材だ。
「ちょうど季節が良かったです。
今度帰って来るまでに、また集めておきますね」
彼らをモニターにしている魔力回復ポーションの実験結果は、今のところ上々だ。
体力回復ポーションのように、病気や瀕死の怪我などとの因果関係やその仕組みなどと違って、こちらは単純に足し算なのだ。
個々の、元々の魔力値までしか回復しないが、それだけでも画期的なことだ。
多少、値段は張るだろうが、このポーションがあれば魔力切れを恐れず、目一杯魔法を使うことが出来る。
ただ、この画期的なポーションは目下、アーネストとエメラルダにしか提供されていない。
「本当にありがとうございます。
私にとって、何よりの贈り物です」
薬草自体はかなり潤沢なストックがある。
これで、王都でもコンスタントに調薬することができるだろう。
アンナリーナが作ったローストビーフに舌鼓を打ち、高級ワインに酔いしれた魔法職2人はご機嫌で部屋に戻っていった。
そして、残されたアンナリーナとテオドールは。
「俺はまだ認めたわけじゃねぇ」
髭に埋もれた顔を不快感に歪め、唇を尖らせる様子は、最早拗ねた子供……
「ちゃんと毎日顔を見せるって言ってるじゃない」
「それでも俺はっ!」
惚れた女の傍にいたい。
片時も離したくない。
駄々っ子のようだと、テオドールは自分でもわかっていた。
だが、どうにもならない。
小さな身体を抱きすくめてキスをする。
これ以上の事は……自重するしかない。
「約束だ、無茶な事はするな」
「うん」
アンナリーナの本拠地は魔獣の森のツリーハウスである。
そこに繋げたテオドールの部屋のテントはそのままに、最近はもうひとつ手頃な広さのテントを使用していた。
テオドールとイジが森で狩りや鍛錬の時に使っていたテントである。
このテントを、今回の旅では入り口として使うことにしたのだ。
ギィ辺境伯領、領都ハンネケイナから王都まで通常ひと月かかる。
だがアンナリーナは【飛行】していくので数日で到着するだろう。
その辻褄合わせではないが、魔力の強い森などではゆっくりと採取しようと思っている。
「じゃあ、熊さん。行ってきます」




