49『ただいま……からの説教』
何かに夢中になると、他の事が一切目に入らなくなるのはアンナリーナの悪い癖だ。
今回もそれに近い。
アンナリーナは目標に向かって邁進する。なので、近々の問題を一つずつ片付けていく。
まずは、ロビンに2日分の薬と薬草を押し付けた。
次にダンジョンの入り口に行き、兵士長に挨拶がてらの報告をし、一応請求書を置いてきた。
清算の間に、アマンダたちのところに行き、買い取ってもらえるだけポーションや状態異常回復薬を卸す。
最後に詰所に行って薬代を回収し、これでデラガルサとはお別れだ。
アンナリーナがハンネケイナを離れて10日。
熊男テオドールは毎日をイライラしながら過ごしていた。
エメラルダからは文句を言われ、クランマスターからは無言の圧力が鬱陶しい。
そんな中、今日も日課のギルドへ向かう。
アンナリーナにとっての移動とは、初めての場所以外は転移点が確保してあり、大した手間も時間もかからない。
ハンネケイナも例外ではなく、近くの森に転移してきたアンナリーナは素知らぬ顔で門に向かった。
「薬師殿、おかえりなさい。
ご無事でなによりです」
「ただいまです。ちょっと思っていたよりも長旅になりました」
うふふ、と笑いながらアンナリーナは、まずはギルドに向かった。
「ただいま〜 お久しぶりです〜」
ドアが閉まりきらないうちに、周りの景色がぐるぐる回り、あっという間に抱えあげられていた。
「きゃ?!」
焦った顔をしたドミニクスが駆け寄ってくる。
そしてアンナリーナのすぐ側に髭もじゃの、見覚えがありすぎる顔があった。
「ずいぶんと好き勝手にほっつき歩いていたなァ?
マジでトンズラこいたかと思ったぜぇ?」
ニヤリと笑うが全然目が笑っていない。
「えっと、ただいま。
ちょっとトラブル続きで長引いちゃった。えへへ……」
小首を傾げてみたが……怒りは治らないようだ。
そこにドミニクスが助けの手を出してくれて、とりあえず3人で別室に移る事になった。
「で? 今まで一体、何処で何してたんだ?!」
熊男から発せられる怒りが半端ない。
肌がピリピリするほどの怒気など今まで体験したことがない。
……これは正直に話すしかなさそうだ。
「んーっとね、ちょっとダンジョンに行ってたの」
ちなみにこの領都の近くにダンジョンはない。
「ダンジョンって、お前」
突然、訝しげになった熊男テオドールの前に、ダンジョン産のミノタウロスの首を差し出した。
「これ、ツノとか買い取ってもらえるかと思って取っといた」
もちろん肉は美味しくいただいた。
目の前にミノタウロスの生首を出されて、大の男2人が固まる。
このあたりでミノタウロスが出現するのは隣国のダンジョンのみ。
ちなみにそれはデラガルサではない。
「心配かけてごめんなさい。
どうしても欲しい素材があって、ちょっと足を伸ばしたの。
そこで遭難騒ぎに関わっちゃって、帰ってくるのが遅れました」
真実に偽りを混ぜて、説明するとドミニクスが難しい顔をしている。
「リーナ、これはどこのダンジョンで獲ってきた?」
「ないしょ」
「リーナ!」
「怒んないでよ。
ちゃんとお土産、持って帰ってきたからぁ」
「とりあえずリーナさん、ギルドに納める、回復薬や傷薬、ポーションなどをお願いしたいのですが」
仏頂面なのは怒りだけではないのだろう。血の気の失せた唇を噛み締め、ドミニクスが商談を始める。
その遣り取りを、未だ己の気持ちの整理がつかない熊男が、髭に埋もれた顔を顰めて睨みつけていた。
「リーナ、今日は何があっても俺とクランに行ってもらう。いいな?」
アンナリーナは渋々といった体で、頷いた。




