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20『イジ』

 ゴブリンの村では、彼は常に最下位に位置していた。

 強者が上位に立つ、ある意味人間社会よりシビアな人型魔獣の世界。

 弱肉強食は当たり前、ゴブリンは同じ種族を共喰いしないが、弱者はどんどん切り捨てていく。


 腕っ節も強くなく、特別な技術も持たない彼は、本当は今日死ぬはずだった。

 突然始まった私刑は、まず彼の唯一の取り柄と言える目を片方奪った。

 それからは嬲り殺しまで一直線。

 かろうじて意識があり、痛みも感じる、一番残酷な時間がもうすぐ終わる……その時。



「ゴブリンさん、あなた……生きたい?」


 人間の、女の声が聞こえてきて、だがもう頷くこともできなくて、かろうじて瞳を動かすと……


 助けてくれたのは人間の女の子。

 彼女は今日から “ ご主人様 ”となる。




 アンナリーナはしばらく考えて、北欧神話より名を選んだ。


「汝はこの私アンナリーナと契約し、従魔となることを誓うか?」


「ギャァ」


 返事をして頷いたゴブリンの、たったひとつの目は期待に輝いている。


「あなたの名前はイジ。

 ある世界の神話に出てくる巨人の名前だよ」


『オレになまえ?』


「そうだよ、あなたは今日からイジ。

 イジ、ようこそ」


 イジがギョッとしてアンナリーナを見る。


「従魔契約を結んだら “ 念話 ”で話せるようになるの。

 だからイジも伝えたいことがあったら話しかけて?」


『ごしゅじんさま』


「なあに?」


『いのちを助けてくれて、ありがとう』


「いいえ、どういたしまして。

 これからみんなで楽しく暮らしていきましょう。

 私はこれからあちらに戻るけど、イジはゆっくりしていてくれたらいいから」


『はい』


 そこにふよふよとアマルが近づいてきた。


「ギャ!!」


 イジが飛び退り、顔の前で腕を交差させ防御の姿勢を取る。


「ああ、イジ、ごめん。

 大丈夫よ。アマルはあなたと一緒、仲間なの」


 しげしげと見つめ合うイジとアマル。

 アマルの方が先には触手を持ち上げ、握手を求めるように差し出した。

 イジも恐る恐る手を伸ばす。


「はじめまして、の挨拶だね」


 2匹は握手をして、そしてアマルがその場を離れていく。


「アマル、イジをお願いできる?

 私は一度、女将さんたちに顔を見せて、それから戻ってくるよ」


 心細そうにアンナリーナを見送って、所在無げに周りを見回していると、アマルが盆を捧げ持って戻ってきた。

 水差しと杯、そしてアンナリーナが焼いたソフトクッキーを机に並べる。

 イジは初めは何のことかわからずポカンとしていたが、アマルが杯に水を注ぎ、クッキーを口許に近づけられてはじめてその意図を理解した。


 それこそ手が震える。

 促されるまま口を開けると、そのままアマルに口の中に放り込まれた。


「!!」


 森で舐めたことのある、蜂の蜜ほども甘いもの。

 イジは夢中で貪り食った。

 間に水を飲み……これも美味い水だ。


 暖かい服に美味しい食べ物。

 イジは幸せを噛み締めた。


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