第三章 1『領都ハンネケイナ』
以前と同じパターンで薬師だと確認され、一瞬で態度が変わる。
もう慣れたとはいえ、くすぐったく感じるのはしょうがない。
「えーっと、そんな大層なものじゃないですし。
……あっ! 通行料、幾らですか?
いやその前に、私、従魔持ちなんですよ。登録しなきゃ駄目ですよね?」
「薬師殿、先ほどはご無礼致しました。従魔の登録は当方でも受け付けております、が……?」
召喚獣と違って、従魔は常に同行しているはずだが、目につくところにそれらしき魔獣はいない。
「ああ、ごめんなさい。
セト、アマル、出ておいで」
ローブの合わせを開くと、特徴的な黄色のアイテムバッグが覗いた。
兵士がつい、バッグに視線を囚われていると、首のあたりから30㎝ほどのトカゲと、内ポケットから見たこともないヒラヒラしたものが現れた。
両方とも、トカゲは眉間に、ヒラヒラはお椀をひっくり返したような天辺に、文字のようなものを組み合わせた印が浮かんでいる。
だが、従魔と言われて構えていた兵士は脱力する。
「……ペット?」
「はい、こっちはリザードのセト。
この子はジェリーフィッシュのアマルです」
「リザードの仔か……
こんなチビなら危険はないでしょう。
こっちのジェリーフィッシュ?は観賞用?」
フヨフヨと浮いていたアマルが、アンナリーナの頭の上に止まる。
長い触手の一本がアンナリーナの頬を撫でた。
「契約印があるから魔導具の首輪は免除になります。
……薬師殿、下世話な話で悪いのですが、通行料銀貨2枚と、登録料2匹で金貨2枚、従魔の通行料、同じく2匹で金貨1枚……合計金貨3枚と銀貨2枚でお願いします」
ずいぶんな金額になってしまい、恐縮している兵士に、アンナリーナは別に気にした様子もなく硬貨を渡した。
「確かに頂きました。
薬師殿、これからどちらに?」
「冒険者登録をするためにギルドに行こうかと。
あ、ここには商業ギルドもあるんですか?」
「この、領都ハンネケイナはこの国で2番目に大きな都市です。
もちろんありますよ」
それから彼は、2つのギルドの違いを説明してくれて、魔獣に関するものはすべて冒険者ギルドに卸す事を教えてくれた。
最後に宿について聞いてみる。
「それならギルドから出てすぐの道を右にまっすぐいくと【緑の牧場亭】という宿があります。あそこなら女の子1人でも安心でしょう」
それにペットにしか見えない、アンナリーナの従魔たちを連れていても問題ないだろうと言う。
アンナリーナの入国の書類と従魔登録の書類を揃えて、兵士は手を差し出してきた。
「ようこそ薬師殿。
このハルメトリア国、ギィ辺境伯領、領都ハンネケイナに」
握手をして立ち上がる。
さて、これから本日のメインイベント、ギルドでの冒険者登録だ。
冒険者ギルドは有事に対応するため、どこの町でも中央門の近くにある。
ここも、兵士が指差した先に特徴的な建物があった。
「では薬師殿、お気をつけて。
ギルドでカードを作られたら、一度見せにきて下さいね」
「わかりました、色々ありがとう」
手を振って門を後にする。
いくらも歩かないうちに冒険者ギルドの表玄関に到着した。
「ラノベでよくあるウエスタンドアじゃないのね」
普通に両開きの扉……それもオークでも通れるのではないかという大きさの扉を押し開いた。
途端に中の喧騒が聞こえてくる。
アンナリーナが前世で、ファンタジー小説などで仕入れた知識では、朝夕が混む筈だったのだが、昼過ぎの今も随分賑わっていた。
ぐるりと眼差しを巡らせて、周りを見回すと、これもまたテンプレの酒場が全体の半分ほどを占めている。
ほとんどの喧騒がここを源としていて、今も昼日中からエールを飲んで盛り上がっていた。
次は正面のカウンターに目を移す。
そこには3人の女性事務員が次々と冒険者たちをさばいていた。
他に【新規受付】【依頼受付】や【鑑定】などの窓口がある。
アンナリーナは無意識に【悪意察知】と【危機察知】を発動させていた。
「次の方どうぞ……あら、お嬢さん依頼かしら」
その受付嬢を見た途端【危機察知】がビリビリし始める。
悪意ではないのだが、どちらにしても良い感情ではなさそうだ。
「いえ、冒険者登録をしに来たのですが」
アンナリーナのその言葉を聞いた途端、彼女の顔になんとも言えない仄暗いものが浮かんだ。




