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天使のチョーカー  作者: 福森 月乃
つばさかがやく
14/19

それぞれの希望

掟を破りこれから未来の展望を閉ざした男と両親を失い孤児となった少女。

失ったものの大きさに、二人は心の支えを必要とした。

壊れ、欠けてしまった心を慰める存在として。

記憶は失われ共に過ごした時はキメラの中にはない。

しかし、永遠の約束はダージリンの心の中に消えることなくあった。

あの日の約束はいつまでも色褪せることはないだろう。

 言葉も無くダージリンを見つめる二人を一瞥して、青白い顔を歪めた。

菫色の瞳は暗く陰り憎しみに満ちた視線をストラスアイラに投げ、口元は笑っているのか泣いているのか奇妙な形に歪み嘲笑した。


「僕はあなたが母親だと知った後、疑念が僕の頭の中で渦巻いた。最年少で学び舎を卒業できたのも、昇進がすんなり通ったのも、母親としてのあなたの手心が加わっていたんじゃないかってね」


感情を露わにする彼の言葉に忽ちストラスアイラの顔が強張った。

「!」言葉を飲み込んだ彼女に明らかに傷ついた表情がありありと浮かんだ。

ダージリンは構わず言葉を続けた。


「僕の中の自信というものがことごとく砕けたよ。あなたの子供だと知って自分の歩んできた足跡に疑いを持つ気持ちはいまも消えない。だが、正直、母親の能力を全て受け継いで生まれたことに感謝した。人側だったらきっとあなたに捨てられていた。なぜなら、あなたは異常なまでに人間を憎んでいる」


 怒りのあまりダージリンの唇は激しく震えていた。彼は何年もこの疑問に封をして何食わぬ顔で過ごしてきたのだ。聞くに聞く勇気のなかった事を口にしてゆっくり息を吸い込んだ。

ストラスアイラも彼と同じように震えており青ざめた顔に赤い紅を挿した唇が色鮮やかに映えている。彼女は弱々しい足取りで花鳥紋柄の帳を押しやり 御帳台から出ると怒りに駆られた様子で彼を指さした。


「何を申す。妾が手心じゃと?誰よりも公平に裁きを下し、法を重んじる妾がかっ。戯言を申すな!そなたが我が息子であろうとなかろうと特別扱いなどするものか!我が種族全てはバースから生まれてきたのじゃ、差別など仕様があるものか!!この愚か者!」

「人と我らは差別しているでしょう。その証に彼女のことをキメラと名付けたのはあなただ!」

「人と我等とは全く違う生き物なのだ。差別ではなく区別しているのだ。例えるならば人と犬のように」


ストラスアイラは意地の悪い笑みを浮かべて蔑む視線をキメラへ投げた。

明らかに狼狽するストラスアイラにダージリンは吐き捨てるように言った。


「キメラとはキマイラの略で異なる生き物を人工的に融合させた生き物のことを俗に言います。まだ幼かった少女にそんな名前をつけるとは。人とあなたの間に何があったかは知りませんが、ひどすぎます」


悔しげに目を伏せ彼はキメラの手に手をそっと重ねた。彼女を見ると困惑した面持ちで葡萄色の瞳を向けて居心地悪そうに体を揺らした。

ここに居ていいとダージリンは目で訴えている。

立ち入った話の内容にキメラはどうしようもなく落ち着きのない気持ちに駆られていた。次々と明かされる真実に頭の中は少々混乱気味だ。

怖ず怖ずと顔を上げると怒りに顔を赤くしたストラスアイラが二人に迫り、 ダージリンの手首を掴み上げるところだった。


「この娘に触るな!お前が汚れるではないか」


尋常じゃない彼女の様子に一瞬気後れしたがダージリンは掴み上げられた腕を振り解こうと左右に振った。それでも離さず長い黒髪を振り乱し、目は最大限に見開き歯を食いしばっているストラスアイラの姿がある。キメラは胸が詰まり悲しみが心をじわじわとお菓子始める。汚いと罵られ凍りついた視線を投げられ瞳から涙が溢れてきた。

 ダージリンは唇を噛み締めるとストラスアイラと額を突き合わせた。


「とうとう本音が出ましたね。汚らわしいだと?」


部屋の中が緊張に震え空気が張り詰め室内だというのに天井に深く暗雲が渦巻き始めた。端々に静電気が走り眩しい閃光が辺りを照らし部屋を照らしていた高灯台の灯りが心許なげに揺れ付いたり消えたりしている。

険悪な雰囲気が漂い始めた時襖がゆっくり引かれ、一人の女性が敷居を跨いできた。女性は透き通るような白い肌をしている。艶やかなアイボリー色の長い髪は腰まで伸び緩く波打っている。

薄っすらとベージュ色が主体の女性らしいラインの民族衣装はAラインのワ ンピースでチョコレート色のラインと紋様があしらわれている。


「二人共、もうよいでしょう。おやめなさい」


諭すように放たれた言葉と裏腹に濃い深緑の瞳はどこか慈愛に満ちた色を伺わせる。

険悪だった部屋の空気が一変し、芳しい甘い花の香と春の日差しの暖かさに満たされた。どこか儚げでミルクティと面影のよく似ている女性をストラス アイラとダージリンは言葉も動きも忘れたかのようにただ見つめている。


「あ、あなたは?」


明らかに安堵した表情のキメラは小首を傾げ曖昧な笑みを浮かべた。彼女は小柄で線が細く華奢な体つきをしている。まるで花びらが舞い散るように柔 らかく微笑みながら女性は口元に手を添える。


「ふふふ。分からないのは無理ないわね。いつも子供たちに会う時は御帳台の中で帳越しですもの。顔を合わせるのはごく僅かな子供たちだけ」


楽しげな様子でストラスアイラを流し見た。まるで何か物言いたげだ。白く 思ったより小さい手を彼女はキメラに差し出した。


「初めましてかしら?キメラ。わたしはバース。私の子供たちと仲良くしてくれてありがとう」


天使の微笑みを浮かべた彼女は、とうに千歳は越えているであろう女性には全く見えず、三十後半の大人の色香をほんのり漂わせていた。そんな大人の魅力とは対照的に小柄で可愛らしい容姿は、人を疑うことを知らないような純真無垢な雰囲気を持ちその瞳は生き生きと好奇心で輝いていた。

躊躇いがちにキメラはバースと手を握り合う。やんわりと握られた手をバー スは確り握り返す。


「とんでもないです。いろいろお世話になっているのは私の方です。バースとダージリンがいなければ今の私は存在しません。感謝という言葉では足りないくらいです」


目を硬く閉じバースの前でキメラは跪いた。握られた手を引き彼女を引き上 げると軽い口調でバースは言った。


「我が種族に階級はあれど、それは偉さの順位ではないのよ。それぞれが適材適所で役割を果たす場所なだけ。皆、兄弟姉妹で何の隔たりも差別もないの。私だってちっとも偉くないのよ。ただ、子を生む母として生まれその役割を果たしているの。ふふふ」


キメラは顔をあげると楽しげに微笑むバースの顔が間近にあった。まったりと和んだ空気が2人の間を流れる。

 鋭い声がその空気を震え上がらせた。


「お戯れも程々に。その娘は人間なのですよ。大昔会議が行われ、人との接触は禁じられているのです。まさか、その娘に情が移り特別な存在などと言われるおつもりではあるまいな」


ストラスアイラは横柄な口調でキメラには目もくれずバースを咎めた。バースはゆっくりキメラの手から逃れると悲しげに深緑の瞳を揺らし、目を伏せ 在らぬところを見ながら小さい声で呟いた。


「だってあなた以外の子供たちはとても彼女を気に入って、自分達と対等に育てたのよ。特にダージリンの入れ込みようは尋常じゃなかったし。あんなに慰め合い心を通じ合った二人を引き離すことはとてもできなかったわ」


染み染みと語るバースの言葉にみるみるうちにダージリンの頬は赤く染まり首から上はまるで熟れたトマトのようになった。驚いた表情でキメラは顔をダージリンへ向けた。彼はきまり悪そうにそっぽを向いている。

私達が慰め合い心を通じ合わせていた?

バースの言葉を頭の中で反芻させるとその意味が染み入るように理解できた。

今度はキメラの頬が薔薇色に染まる番だ。

そんな二人をバースは微笑ましく眺めつつ言葉を続けた。


「決まりが出来る前、私達と人は隔たり少なく、共に過ごすこともあったの。原始的に近い私達の生活より人の華やかで賑やかな生活に溺れるものが増え、次第に人と関わり交わった者たちが人の世界に流れ劇的に私達種族の数が減った時期があった。このままでは種の存続に危機が迫り滅びを迎えると私たちは人に恐れを感じた。そこで人と接する禁止事項の法案が持ち上がった。人との関わりを極力避けたお陰で随分数が回復したわ。それでも人に惹かれ恋に落ちる者は後を絶たなかった。そう、ストラスアイラ。あなたのように」


バースの真っ直ぐな視線を向けられストラスアイラは目を伏せた。バースは 切なげに笑を浮かべ手をお腹の辺りで握ると柔らかに言う。


「わたしはね。子供たちが幸せになるのだったらいいと思っているの。そんな時は彼らの意志を尊重するのだけど、人との関わりが禁止事項となってしまった今では、私達の好奇の目を恐れてか、やはり人の世で生涯を遂げるものばかりだったの」

「…妾もその者たちと同じようにあやつと共に生きるつもりであったわ。だが、あの男は妾に子が宿り事の子細を話し、本来の姿を晒すと、逃げおったわ。何度か話し合おうと逢うことを試みたが無駄なだけだった。仕方なくバースに相談した。そして、ここに残ることを薦めてくれた。妾の体面を保つため、子供はバースの子供として育てられたのじゃ。それがお前だ。ダージリン」


ストラスアイラのダージリンに向けられる視線はあくまでも冷たく、事務的でまるで他人ごとのような口調は彼にとって親子の溝を感じさせた。ダージリンは怯むことなく生みの母を見返す。

生まれて一度足りとも抱かれた覚えもなく、自分の名を愛のこもった呼ばれかたをされたこともない。

常に上から視線であくまでも仕事の上司だ。

感情が吹き出しそうになるのを堪えて彼は硬く拳を握った。先程は感情的になりすぎたまたとないこの機会に冷静に話し合わなければ。自分とキメラ、いや、紙折の今後が掛かっている。

そんな思いとは裏腹に彼の菫色の瞳は彼女への猜疑心で際立った輝きを宿していた。それを見透かしたかのようにストラスアイラは口の広角を上げ切れ 長の目が弧を描き意地の悪い笑みを浮かべた。


「なんじゃ、妾に母親らしく振る舞って欲しくて、今頃反抗期がきておるのか?」


 感情を抑えていたダージリンの顔が僅かに怒りで赤くなる。

ほくそ笑むという言葉がまさにそれの表情でストラスアイラは扇子を取り出 し口元を歪め仰ぎ始めた。 


「全くもってあの男そっくりじゃ」


あきれ果てた口調だ。我慢の一線を越えそうになったダージリンの耳に長い溜息が耳を付いた。

 三人の視線が間の抜けた表情で座り込むバースへ集まった。


「素直じゃないなぁ。ストラスアイラ。意地を張るのはよくないですよ。彼の成長を誰よりも楽しみにして自慢の息子だと語ったのを忘れたのかしら?」


流れるような動きで三人はバースの前に並んで座る。

「このような所に座り込まれてはお体に触ります。几帳の中へお入りくださいませ」


 バースの言葉を受け流しストラスアイラは几帳に手を差し伸ばした。バースは胡座をかいた膝の上で肘を立て、頬杖をつく。白く柔らかそうな頬を少 し膨らませダージリンとストラスアイラを交互に見た。


「本当は母親にたくさん甘えたかったのにダージリンは我慢してきたんですよ」


さり気なくバースはダージリンの手を取り同意を求めるように微笑みかける。ダージリンは困ったように首を傾げ曖昧に笑顔を返した。さすがに照れくさいのだろう。

 すかさず今度はストラスアイラの手を取り言葉を続けた。


「あなたは自分で息子を突き放したものの本当はこの手で触れたくて、抱きしめたくて仕方なく何度も後悔したはずです。」

「な、馬鹿なことを言わないでください」


口では否定するもののストラスアイラの表情から動揺しているのは明らか  だ。キメラはそんな三人の様子を静かに見守っている。


「キメラへの厳しい態度は嫉妬からでしょう?付かず離れず何かと一緒にいる二人が羨ましくて妬ましかった。息子を持つ母親の気持ちはわかります。しかも母親だとういことを隠していたのですから尚更です」

「わ、私、そうとは知らず。ごめんなさい」


慌ててキメラは口を挟み気まずそうに眉を寄せた。バースは困ったように小 さく笑いダージリンとストラスアイラの手を握りなおす。


「謝ることはないわ。あなたには頼れる人がダージリンしかいなかった。必然的に一緒にいるのがあたりまえです。ダージリンもあなたを見捨てることはしなかった。誰よりも愛情を注ぎあなたを守り続けたのよ」

ダージリンはバースの言葉に静かに頷いた。またしてもストラスアイラの口元が歪む。ダージリンからキメラへの愛情を面白く思っていないのは確かだ。


「素直になったら?」


バースはダージリンに目配せする。彼はゆっくり息を吐き出すと意を決した かのように腰を上げた。


「そうですね。僕の長年抑え続けてきた気持ちをあなたは知る必要がある」

そう言ってストラスアイラを見据えた。緊張でストラスアイラの表情が硬くなる。途端、ダージリンの表情が喜びと悲しみの入り混じった複雑なものへ と変わり震える声色で名を呼んだ。


「お母さん」


一言小さい声が静まり返った部屋に広まった。

次の瞬間には硬くストラスアイラを抱きしめたダージリンの姿があった。

 驚きのあまりストラスアイラは動けない。


「ずっとこうしたかった。お母さん。何度でもこう呼びたかった」


ダージリンの目尻から涙が薄っすら光る。まるで強固で混じりけのない純度の高い氷が砕け、淡雪が舞いそれが儚く溶けるようにストラスアイラを纏う空気が一変し、無心に自分を求め縋りつく息子の背に腕を回し抱きしめた。

生まれた頃のあの柔らかな感触はすでになく、男らしい骨格に程よく筋肉がついた感触が体全体に伝わる。

長い年月を経て立派な男性に成長した息子の姿にストラスアイラは涙した。

息子を抱くその表情には憎しみや妬みは一切消え、ただ一人の母としての愛情に溢れている。

 ダージリンはゆっくり彼女の背中を撫でながら耳元で囁いた。


「僕を産んでくれてありがとう。僕をあなたの側で育ててくれてありがとう」


彼の言葉にストラスアイラは嗚咽を漏らしながら喜びの涙を流した。

抱きあう二人の様子にバースとキメラは顔見合わせて微笑みあう。キメラは 貰い泣きしてして潤んだ目尻を人差し指でそっと拭った。


「さて、キメラ。あなたはこれから先どうしたいの?」


改めてきちんと座り直したバースは物憂げに問う。

キメラは彼女の正面に座り真っ直ぐ見据えた。その面持ちに迷いはない。

「私は...」


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