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天使のチョーカー  作者: 福森 月乃
つばさおれる
12/19

召喚指令

どうしてこんなことになってしまったのか。

キメラはクローゼットからのろのろと民族衣装を引き出した。

いずれストラスアイラに呼び出され、今後の身の振り方を聞かれるだろうことはわかっていた。

久しぶりに衣装を身に着ける。黒いタートルネックのカットソー。その上から淡い刈安色の衣装を身にまとう。新橋色のラインが淵を辿り美しい模様を描いている。

あれから一か月は経っている。呼ばれるのは遅いくらいだ。

右足はレギンス、左足は七分丈とちぐはぐな黒いスパッツが、衣装の切れ目から見え隠れして色っぽい。切れ込みの先には金色の装飾品が仕込まれており月の形をしていた。

それにしても迎えに来たのがダージリンとは、なんて気まずいのだろう。

冷静な気持ちで、顔を合わせる自身がなかった。

クローゼットから礼服となるマントを取り出す。

ひざ下まで丈がある厚手のシルクのマントは爽やかなモスグリーンだ。胸ポケットと両ポケットには濃い光沢のある深緑色の刺繍で薔薇の蔦が描かれている。それと同じ色で折り曲げられた袖の裏地は艶やかなアクセントになっていた。

キメラはそれを羽織ることなく腕に掛け扉を開けた。

シックな部屋が目に飛び込む。毛足の長い長い絨毯、品のある調度品、全体的に茶色にまとめられたその部屋は初めて来たときと何も変わらなかった。

その部屋で一際目立つ男が暖炉の前で存在感露わにいた。

首から足首まですっぽり隠す純白のコートに身を包んだダージリンだ。

袖口や裾に赤いラインと模様が刺繍してある。足元の革製の黒いブーツはいくつもベルトで固定され底も厚く高級そうだ。

ベージュのチャック付きハーフブーツをキメラは踏み出し彼の前に歩み出た。

正装をしたふたりはお互い暫く見つめ合った。

キメラを迎えに来て姿勢正しく立つダージリンの姿はどこか近寄りがたい雰囲気が今日はある。普段の物腰やわらかな様子と違い人を寄せ付けない威厳を感じる。表情は固く考えを読むことはできない。しかし彼の視線は射るように彼女に注がれている。

落ち着かない気持ちで彼女は居心地悪そうに肩を竦めた。

ダージリンは微笑むと囁いた。

「久しぶりの正装ですね。先日は何も言わず立ち去ったことを許していただけますか?」

彼の柔らかそうな象牙色の肌は僅かに不安で蒼ざめている。

差し出された手をキメラはやんわりと握り返した。

ダージリンの頬に僅か赤みが注し硬かった表情が柔らかく解れていった。

「時間です」

エントラスに続く扉を開いた。

部屋と部屋の温度差で一陣の風が吹き彼の髪を揺らした。

淡く甘い香りがキメラの鼻をくすぐる。

エントラスを抜けボロアパートの玄関口に出た。

空は気持ちがいいくらいに晴れ渡り雲がのんびり浮かんで流れている。

「いきますよ」

ダージリンは涼しい表情で手を差し出した。意外と骨ばっているが指が長く全体的に白い印象だ。何故か仕草に色気を感じる。風で彼の髪がふんわりと揺れ動いていた。

そっとチョーカーに手を触れたキメラは躊躇いがちに手を差し出した。高鳴る鼓動は指先にまで行き渡り、脈打つ全神経が手に集まったのではないかと思うくらい意識がそこへ集中した。ダージリンは力強く握り締めると息つく間もなくコバルトブルーの空へ翔ける。

「あぁっ」

小さなキメラの悲鳴は風の音に掻き消された。

これから『寝殿』へ向かうことになる。

バースやストラスイラとアドニスタという二回級の人々が暮らす場所だ。

東の果てにある湖畔のほとりにあるらしく訪れる者は少なく上層部のプライベート空間になっていた。

太陽の光がジリジリと二人を照らす。あっという間に上空高く飛び出した二人の眼下には模型のような街並みがますます小さくなりながらどんどん足元を流れていく。東京湾を越え太平洋の大海原へと出る。足元に海しかないためダージリンの案内なしではすぐ迷子になりそうだ。

「大丈夫。私に続いてください」

風にも負けない大きな声でダージリンは叫んだ。彼は彼女の手を握り直す。二人の手は少し汗ばんで髪や衣装は風に煽られ縦横無尽に暴れ少しみっともない姿だ。飛行機をいくつかやり過ごしやがて遠方にキラリと光るものを目の端に捉えた。

ダージリンはキメラの手を引き、その光へ一直線に向かった。

その正体は空中に浮かぶシルバーリングだった。近づけばその大きさは巨大で端から恥が見渡せないほどだ。まるで二本のラインが並行して走っているように見える。そのリングにキメラは見覚えがあった。

「このリングは!」

リングの真下に来ると、二人は内側を見上げた。外側に広がる空がそこに変わらずある。

「そうです。大きさは違いますがこのリングはあの島にあったものと同じものです」

捻れたハーフマット仕上げの銀色のリング、七色に表情を変える文字が掘ってある。このリングは地面に埋まっているわけでなく上空高く存在し横たわっている。二人は何かに導かれるかのようにそのリングを潜った。

急激に体が重くなり地面に足を着いた。青一色に染まっていた世界が一変し、小さな入り江の他はただ海が広がっているだけの光景が飛び込んだ。よく見ると入江に小さな桟橋があり人が三人ほど乗れる小舟が停泊している。

辺りを見回しているキメラを置いてダージリンは桟橋に向かい小舟の錨を引き上げ始めた。

「これが命の湖です。この湖の向こう岸に寝殿はあります」

湖の色は深緑と平和色の斑で入江の先は底知れない深さを感じさせる。

キメラはダージリンに助けられながら不安定に揺れる小舟に乗り込んだ。小舟は巨木の丸太を刳り、貫き形を適当に整えた簡素な乗り物だ。

足元にあったオールを手に取りダージリンは漕ぎ始めた。船は水面に緩やかな航跡を残し静かに進んでいく。辺りは怖いくらい静まりかえり、やけに水を掻く音が辺りに響いた。

キメラは水面に片手を伸ばし触れてみる。

「だめです。危ないですから手を引いてください」

彼の力強く諭すような声に心臓が跳ね驚いて手を引いた。怪訝そうに見上げるキメラにダージリンは漕ぐ手を休めるわけでもなく言葉を続けた。

「なぜ、命の湖と呼ばれているのか。それはここで黒き者と呼ばれる囚えしものが出産し成体になるまで子供を育てるからですよ。子育て中の親は気が立っている。この湖に沈もうものならあっという間に襲われて食べられてしまいますからね」

ダージリンはどこか冗談めかして説明したもののキメラは蒼い顔をして身震いをした。

鎖で繋がれた南京錠を片手に襲いかかってきた時の事を思い出す。

にこやかに笑顔を返し彼は肩を竦めてみせた。

「そんなに構えなくても。我々と彼らは上手く共存しているんですよ。見た目は美しいとは言えない姿ですが」

それっきり二人の会話は途切れ、向こう岸に渡り切るまで沈黙が続いた。岸に着くまで水面を弾く音や船底を横切る影に怯えながらキメラは早く地面に上がれるようひたすら祈っていた。

岸が見え桟橋に船を着けるやいなや彼女は迂闊にも勢い良く立ち上がる。兎に角この湖から早く上がりたかったのだ。

小舟が木の葉のように大きく揺れ足元を掬われる。体のバランスを崩し船の縁と薄暗い深緑色の水面が眼下に迫ってきた。

「危ない!」

ダージリンの鋭い声が木霊する。キメラは腕を掴まれたと思った瞬間景色がぐるりと回り柔らかく何故か蜂蜜の香りのするものの上に倒れ込んでいた。

波を立てながら船が激しく揺れる。彼女は自分の背中と腰にしっかり巻きつく腕に意識が飛んだ。

船はバランスを取り戻し徐々に揺れも収まってくる。

背中と腰に回されていた腕の力が緩み彼女は体の自由を得た。

自分の下にはダージリンの体がある。重なりあう体から自分と同じように激しく脈打つ鼓動を感じた。不意に耳元に熱い吐息と上ずった少し高めの声が囁かれた。

「すみません。体を起こしてもらえますか」

耳にかかる息に背中から這い上がるなんとも言えない感覚に彼女は狼狽えた。慌てて手足に力を入れて体を起こす。

自分の体の下に仰向けに横たわるダージリンの姿があり、船底に髪を散らしコートの上からでも分かるくらい胸を上下させ息を乱しいつもは白っぽい顔を紅潮させていた。悩ましげに細めた目から菫色の瞳が少し興奮気味に輝いている。

彼は視線を逸らしたまま体を起こし、彼女の肩に手をかけ立ち上がった。僅かにその手が震えている。

「私が降りてから来てください。手を貸しますから慌てないで」

錨が湖に投げ込まれ鎖が船の縁を擦る音が騒々しく辺りに響く。ダージリンは言った通り先に桟橋へと降りるとゆっくり立ち上がったキメラを見つめた。

いつもと変わらない感情の読めない表情だ。やや乱れた髪を掻き上げ手櫛で整えると彼女をしっかり支え船から引き上げた。

自分より数歩前を歩くダージリンの姿にキメラは気まずさを感じた。あんなに動揺していた彼を見るのは初めてだ。よっぽど驚かせてしまったらしい。

何か話して場を和ませようと彼女は口を開いた。

「あ、あの。さっきはごめんなさい。岸が近づいたからもう大丈夫かと思って。湖で君の悪い話聞いた後だし、つい」

そして軽く咳払いをして胸に手を当てた。

「それに、なんだか甘い良い香りがあなたから」

自分でも何を言っているのか思わず両手で自分の口を塞いだ。

ダージリンは頭を振りちらりとこちらを伺うと口元に笑みを浮かべて腕の匂いを嗅いでみる。

「これですね。昨日蜂蜜を採取したあと、夜通し精製してましたから。きっと蓮華の蜜の香りがしたんですね。汗臭くなくてよかった」

彼の服からは蜂蜜の匂いだけでなくキメラの芳しい独特の香りと昨日使っただろう洗髪料の爽やかな香りが鼻をくすぐった。触れ合った時移り香したのだろうかダージリンの鼓動が一瞬高まる。

彼女が湖に落ちかけた時僕はどうした?

腕を引き細く柔らかな体を抱き上げ、船底に転倒するのを避けるため咄嗟に自分の体を回転させたら、僕は倒れて彼女は僕の体の上で必死に僕にしがみついていた。

大きく船が揺れる間僕は蜂蜜色の首筋に顔を埋め、彼女の香りと柔らかい肌の感触を、顔に散らばる臙脂色の美しい彼女の髪の毛に少し触れたか?

ダージリンは息を飲み、喉を鳴らした。彼は青ざめた顔で首を摩り先程まで感じて覚えて間もない彼女の感覚を振り払うように小さく悪態をついた。

「何を考えている」

興奮したキメラの声が後ろから飛んできた。

「ダージリン!ここが寝殿ですか?すごくエキゾチックですね」

彼の呟きは幸いにも聞こえてなかったようだ。

岸辺の先には、赤松林が左右前後に立ち並びその奥の松の枝の間から黄土色の壁と瓦が顔を覗かせる。二人が松林を抜けると白川砂利を敷かれた道が現れた。

築地塀に沿ってその道は続いている。

土台の石垣は花崗岩を楔形に切り割りされ、積み石は隙間を少なくし空いた隙間にも間石を噛ませる打ち込み接ぎという手法で乱積みされ五十センチほどの高さがある。

黄土色の滑らかな泥土の塀はゆうに3メートルはあり、その上には簡単な小屋組が設けられ藍墨茶色の光沢を持った軒瓦が葺いてある。

右に踵を返し左手に塀右手に松林を見ながら五百メートルほど進むとやっと塀の角へ出た。

ここまで立派な塀だと大垣と言えるだろう。

角を曲がると幅5メートルほどの馬踏変形の敷石が塀にそってずっと先まで続いていた。鼠色の敷石の表面は平らに磨き上げられ、継ぎ目を殆ど感じさせないくらいだ。

敷石と塀の土台の間には緑があしらえてありごく自然で趣がある。

石畳を歩く二人の間に微妙な距離が生まれお互い目も合わせない。

ダージリンは船から降りた直後から何故か憮然としており怒っているように見えた。

彼の後ろから顔色を伺いながら早足で後を追うキメラの姿は可哀想なくらい気遣いをかんじられる。

何か話題をと思っているうち決然と歩みを進めるダージリンに隙はなく、かなりの距離を歩いたものの時は遅く東門前に着いてしまった。

中心に、檜を用いた本柱と呼ばれる2本の太い柱と、その前後にやや細めの4本の副柱そえばしらと呼ばれる控柱ひかえばしらで立つ四脚門が構えあった。

屋根は「切妻反り破風造り」と呼ばれる棟を中央にして前後に勾配をつけた屋根で、反りをもつ瓦葺が堂々とし威厳を感じさせる。柱や瓦の風化具合からかなりの年月を経たものだと思われる。

その両脇には鎖付きの南京錠を構えた黒き者が二体唾液を撒き散らしながら門前で彷徨いていた。鎖を石畳の上で引き釣りながら奇妙な唸り声をあげる。

一間一戸の木製の扉は観音開きになっており右側は板壁、左側は片開き潜戸が設けられていた。

扉は固く閉ざされており人の出入りを固く拒んでいるようだ。

ダージリンは黒きものの間に立ち交互にその醜き生き物に優雅に会釈した。

「いつもありがとうございます。お久しぶりですね」

黒きものを見つめる彼の視線は尊敬と感謝の念が込められていた。消して嫌味ではなく本心からのようだ。

その生き物は喉を鳴らし会釈したように見えた。

「ダージリンです。お目通り願います」

門に向かいよく通る声を張り上げた。

間髪入れず左の潜戸が引かれ扉に小さな入口が開いた。

「入れ」門の内側から女性らしきくぐもった声がした。

二人は体を屈め潜戸を抜ける。

敷居を跨ぐとそこには侍所と呼ばれる受付と宿直がある建物が目前で迎えた。

玄関先まで丸い飛び石が敷かれ、塀と家屋の間には多種多様な低木が整然と植えられており水が流れる音と気持ちのよい風がキメラの体を擽る。

 木造建てのこの家屋は更に奥へと続いているようで隣の棟や回廊に繋がっているようだ。

中に入ると広々とした土間が広がり、その先に三十センチほどの高さにある飴色の板間に女性が腰かけている。彼女は二人を見るなり立ち上がった。

 腰まである漆黒の髪、少し赤ら顔で顎が尖っている。

目の色は茶色くやや鼻よりで大きく身開かれた目は黒目が小さく三白眼だ。

鼻は小さいがツンと先が尖って上向きで口は大きく唇は薄い。

真紅の民族衣装には派手な白い椿の花が刺繍してありチャイナ服をアレンジの服だ。

太腿まで届く深いスリットが入っており彼女が動くと長い足が艶かしく顔をのぞかせた。

 受付事務所のようで来訪者名簿と筆が置かれた文机があった。

それに備え付けてある漆塗りの赤と黒の光沢のある座椅子には江戸紫色の座布団が敷いてある。

左の壁には格子窓と飴色で美しい鏡板と呼ばれる抽斗前板であしらえた和箪笥が階段状に置かれ段差の所には季節の野花が生けられていた。

部屋の奥には鳳凰と牡丹の花が描かれた屏風がありその後ろには白塗りの部屋が垣間見える。きっとそこが宿屋なのだろう。

右手奥には仕切りはなくそのまま廊へ続く入り口がぽっかり穴を開けている。

「ストラスアイラがお待ちかねだぞ」

ぶっきら棒な言い方だ。容姿と相反して声はやや低めで口調は男性に近い。

ダージリンは優雅にお辞儀をした。

「御当直お疲れ様です。キャンベルタウンお久しぶりでございます」

彼の後ろでキメラは深々と頭を下げた。キャンベルタウンはキメラを瞳の端で捉えつつ笑みを浮かべながら歩み寄った。黒い髪が波打ち彼女の肩に一房流れる。甘く濃厚な香りが鼻をくすぐる。

彼女は二階級ニスタという役職に就いておりアジア圏統括担当だ。世界の地域別に分割された部署の一つで、法に関わる権利を持っている。

「本当に久しぶりだな。学び舎のある島へ任務して以来か」

「ええ、本当に」

ダージリンは目を伏せどこか懐かしむ様子で口元を緩めた。僅かに微笑んでいるようだ。

二人を板間に座るように招きながら彼女は眉を寄せた。

「あの当時、私はてっきり数年後には我々と肩を並べる存在になると思い楽しみにしていたのだが」

キャンベルタウンを左手にダージリンとキメラは並んで腰を下ろした。

「僭越ながら私もそのつもりでした。己を過信し傲慢だったためこの様なさまになったのかと」

「んむ。しかしながら充分素質は兼ね備えていたと思っており推薦した一人でもあったのだがな。過大評価だったか?」

手で顎を摩りながら彼女は試すような視線を向ける。ダージリンは何も言わず頭を振った。

キャンベルタウンは板間に手をかざすと手のひらから小さな生き物を繰り出した。

白い毛で覆われ大きさは鼠くらい、耳が長く体の半分の長さもある。尻尾には毛はないがやはり長く上向きでくるくると渦巻状に巻かれてある。目は赤いビーズのように輝いている。

「ストラスアイラのご都合がよいか使いを出そう」

その生き物は廊へ続く入り口を素早く駆け抜け瞬きをする間もなく姿を消した。

他愛のない話を二言三言交わすうちに使いの生き物が手元に戻ってきた使いはもう一匹増えていた。姿形は同じだが金色に輝いている。忙しく駆けまわった床板に金色の文字が浮かび上がる。

その文字を見ると三人は同時に腰を上げた。

「ストラスアイラの準備は整っているようだ。すぐ行くが良い」

神妙な面持ちで二人は頷き座敷へ上がる。素早い動きでキャンベルタウンは二人の靴を玄関から向かって左手にある桐でできた収納箱に収める。

「ありがとうございます」

キメラとダージリンはほぼ同時に礼を述べた。

二人は見送る彼女を背に透渡殿と呼ばれる屋根のある四方吹きさらしの廊下へと出る。

 左右に伸びた渡殿の右手は中庭へ抜ける中門へその先は東対という家屋に続いている。

左手は納涼、観月のための池の上に在る四面吹き放しで床を簀の子敷きにした小さな建物泉殿へと繋がっていた。

建物は檜皮葺ひわだぶき屋根の木造高床野式家屋で統一され、個別の棟が渡殿と中門廊で渡してあり白砂が敷かれた庭をぐるりと三方を囲んでいる。ほぼ左右対称で庭を挟んだ向かい側はこちらと同じ造りのようだ。

渡殿や家屋などは開放的で、外部からの隔たりは蔀戸という一枚板に格子を付け室内の内側または外側に跳ね上げる雨戸のようなもので区切られていた。

これにもう一手間掛け、跳ね上げた蔀戸は天井や壁の隙間に収納できるようになっている。蔀戸を収納する際、挿入口には蓋になるパネルまで取り付けられ今は全てが跳ね上げられ見通しと風通しの良い状態になっていた。

 渡殿の脇には敷地の北東部からの湧き水の流れを導く水路、遣水が流れており流れの人工的に作られた小さな段差はちょっとした滝になっていた。水路に立石を置き白く泡立つ水飛沫を楽しめ、浅いせせらぎとなるよう工夫が凝らされている。流れは寝殿と東対屋の間を通り南にある池へ注がれる。

 寝殿造りの南には、なみなみと湧き水を湛えた池が広がり浮島が3つ、陸地と島と島との間には朱塗り木製の太鼓橋が架かっていた。

 庭は名所の風景を縮小し取り入れ作庭された縮景式で、隅の所々に岩島がおかれその周りには苔や椿、ツツジやヤマホウシなどの低木、更にその背には紫陽花、山茶花、梅など四季折々の植木が絶妙な趣で植えられ、銀杏や桜、桃などの大木は庭の景観を損なわい配置で鎮座している。

 手足が長く長身な緑色の肌の蟷螂に似た庭師達がお誂えの衣服着て寒冬を越えこれから訪れる初春を迎えるための準備をしている。

美しい景観に気を取られながら東対屋の簀の子へと出る。

対屋の屋根は切妻造でハードカバーの本を伏せたような形になっておりきっちりした斜面を作っている。屋根の庇は深く縁側の外へ付き出しており雨が多少凌げるようになっていた。

建物の北と西側は格子戸と木の壁と塗り壁に囲われ、南と東は縋破風を付けて軒を深くし、廂の外側にさらに一段低い廂の間を一間分設けた広廂と呼ばれる空間になっていた。

主に接客や饗宴や管絃かんげんをする場所に充てられている。

南側の簀の子には高欄のない階がひとつ設置されてある。

廂と広廂は格子戸や御簾で、広廂と縁側は御簾で仕切られ広廂は用途によって広廂は几帳・屏風・衝立などで区切り使用されたりする。

 対屋の間取りは中心に二部屋北側に塗籠という土壁に囲まれた衣装や小物を置いた部屋と南側に東対と呼ばれる二枚の畳を敷いた昼御座とよばれる執務室がある。高官が使用する部屋だ。

中心の部屋を囲むように障子や襖で隔たれた廂と呼ばれる事務室や休憩室など設けたいわゆるオフィス的な場所になっておりこれもまた用途により几帳・屏風・衝立で区切り使用される。そして廂の東側と南側には先程説明した広廂がある。

 同じ造りの対屋は西にもあり西対屋と呼ばれニスタの事務所になっている。

使われている几帳・屏風・衝立や様々な品の装飾は担当の国柄が色濃く反映されており東対屋は四羽の蝶が羽根を広げ、臥せて向かうような形の臥蝶丸柄や植物の冬葵の花葉を形取った小葵柄など純和風な作りに統一されているが、西対屋の事務所はデザインも色彩も鮮やかだ。

インドの雫のようなペイズリー柄。

アメリカのハイビスカス模様。

ヨーロッパの唐草や雪の結晶、花をあしらったルディック柄。

中国の七仙人の持ち物を型取った宝箱模様。

アフリカの動物をモチーフにした金色と茶色の独特な色のもの。

様々な時代と文化を融合させ調度品は日本の品だが、うまく調和したモダンなオリジナルな品物となっている。

不思議なことに統一感があり見る者を飽きさせない造りだ。

西と東の対屋の間には寝殿がありこの種の生みの親バースが日中在籍しており、ここで法の認可や種の存続や他の種族との交流や環境整備などの仕事を行使している。

 母屋は対屋と違い入母屋造りという屋根の端が反った形の屋根が葺いてあり、対屋に繋がる渡殿は北が壁渡殿南が二棟廊となっており東側に繋がる渡殿は床が反った反り渡殿で作られ遣水を通してあった。

 通常広廂の一間に通される面会が今日は妻戸を開き、更に廂を抜け、襖を通り対屋の中心部東対へと通された。

中央に御帳台が鎮座してある。四本の柱に支えられ中央に畳を重ね敷いた空間を帳という布で覆った個室になっている。部屋には収納棚や調度品が綺麗に整えられ部屋の雰囲気を一層平安絵巻の世界へと誘っている。

 正面に廻りダージリンとキメラは緊張した面持ちで正座をして頭を垂れた。


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